第10話 ご注文は魔王ですか
アベルが声高らかに告げると店内は興奮覚めやまぬまま、アベルはみんなの視線を釘付けにした。
マサムネは異様な店内を一端落ち着かそうと、ディアボロスからのオーダーであるシャンパンを店内にいる客とキャストに注ぎ歩いた。
「ディアボロちゃんよ。俺も貰って良いんだよな?」
アイリの胸に放心状態だったディアボロスはアベルの声でようやく我に返った。
「店内にいる者、全員だからな」
マサムネはシャンパンを配り終わると、バックバーに備えてあるマイクを手に持ち、ディアボロスに向けて手を広げ説明をした。
「みなさんに注ぎました。シャンパンは、こちらのディアボロスさんからの差し入れになります。ディアボロスさんに拍手とお礼をお願いします」
店内ではディアボロスに向けて拍手と感謝の言葉が飛び交った。
「では、せっかくなので僭越ながら乾杯の音頭を取らせて頂きます。伝説の勇者と魔王が混在し、同じ時を同じ場所で同じシャンパンを分かち合う不思議な今宵に『乾杯』」
乾杯の大合唱と共に店内は、いつものドゥルキスに戻りつつあった。
カウンター席では魔王と勇者に挟まれた可哀想な3人の馴染み客が、様子を伺うように縮こまりながらシャンパンを口にしていた。
「マサムネ、ちょっと来てくれ」
ディアボロスはマサムネを呼ぶと何か指示をしているようだった。聞き終わるとマサムネは、カウンターテーブルの下に付いてある引き出しから紙を取り出しディアボロスに手渡した。
ディアボロスは紙を受けとると一瞥し今度はアイリに耳打ちをしては、その紙をアイリに渡した。アイリは頷くとセイラの隣まで来て、カウンター超しにアベルの手前に紙を置いた。
「あちらのお客様からにゃ」
アイリがまた戻っていくとアベルは紙を手に取り立ち上りディアボロスに叫んだ。
「てめー。伝票を俺に寄越すな! さっきのシャンパン代まで書いてあるぞ」
挟まれた3人は突然の大声にビクッと肩を震わせた。
ディアボロスは静かに笑うと大人の余裕とでも云うように独り言のように呟いた
「若者は大声を出して下品だな。もっと静かに飲めないものか」
アベルは悔しそうな顔をして椅子に座り直すと、隣に座っている男に悔しさを滲ませながら耳打ちをしては、この言葉を隣に回せと手でジェスチャーした。
(お前のシャンパン20本で、名誉職でもらう給料がスッカラカンだ)
3人目の男が伝わってきた言葉をディアボロスに伝えた。ディアボロスは軽蔑するようにアベルを見ると、アイリに伝えアイリは言葉を復唱した。
「お前の婆ちゃん色っポイね 。性欲そそる熟女が素っ裸だ」
アベルはカウンターを両手で叩くと侮蔑の目で見てくるセイラに弁解を始めた。
「いや。ちょっと待て、全然合ってねーよ。俺はロリコンだ! 熟女に興味はねー」
セイラは合コンで注目を浴びたいが為に、わざと遅刻をしてくるあざとい女子を見る冷めた目をしていた。
「いや、違うんだ。くそ! お前ら3人の誰が間違いやがった」
アベルは間に座る3人を睨み付けた。
3人は金をカウンターに置いて、悲鳴と一緒に店を猛ダッシュで出ていった。
「アベルが大声で怒鳴るからお客さん帰っちゃったじゃん。間が空くの嫌だから、アベルそっちに詰めてよね」
セイラは不貞腐れた表情でアベルに要求すると渋々アベルは従い、アベルとディアボロスは隣同士になった。
「よし、じゃあ四人で仲良く飲もっか」
セイラは仕切り直し。と、言ったように、みんなの空いているグラスにシャンパンを注いだ。
「四人で何話そうかー?」
アイリが質問してもアベルもディアボロスも喋らずにシャンパンを飲むだけだった。
「もう。お互いに意識し過ぎだって! 仕方ない。最近心理ゲームにハマっててさ。アベルとディアボロスに質問するから答えてよ」
ディアボロスが分かったと言うと、頬杖をしてディアボロスと逆の方向を向いていたアベルも軽く手を上げた。
「じゃあ質問です。夫の葬儀中、そこに来た夫の同僚に一目ぼれをした未亡人。その夜に息子を殺害した。その理由とは?」
ディアボロスは少し考えて答えた。
「無論、自分の新たな恋路に息子が邪魔になったからであろうな。恋をするのは素晴らしいが、けしからん母親だ」
アベルはそれを聞くと鼻で笑い答えた。
「ちげーよ。息子を殺しゃあ、息子の葬儀でまた、その男に会えっからだろ」
ディアボロスは、合コンのカラオケで『私、本当に音痴だよ……』って言いながら超絶難しい6分以上も有りそうな、バラードを見事に歌い上げる女を見る目でアベルを見た。
「じゃ、じゃあ次の質問。あなたはある人を恨んでいる。家に忍び込んでその人を殺害した。それだけでなく、無関係な子供とペットをも殺した。いったいなぜか?」
ディアボロスは当たり前の様に答えた。
「もちろん顔を見られたからであろう。現場を見られたり、ペットが騒ぐと面倒だからな」
アベルは溜め息を吐くと、頬杖をしたまま答えた。
「んなもん。決まってるだろ。可哀想だからだろ。子どもとペットも殺して、仲良くあの世で再会させてあげようとしたんじゃねーか。優しい奴だね」
アイリは合コンが終わってからの、酔っちゃたよ~。もう歩けない~。○○君、送って~。と、狙った男の腕を掴み、あざとく甘えてくる女を見る目でアベルを見た。
セイラは困ったように、髪をかくと、診断を下した。
「え~と。ディアボロスは普通で、アベルは……完全なるサイコパスだね。これ、有名なサイコパス診断だから」
ディアボロスの眉がピクッと動くと、腕組みをしてはなるほど。と、呟いた。
「私がお前に負けた訳が分かった気がする」
アベルは頬杖を崩して、キッとディアボロスを睨むと声を荒らげた。
「俺は99回負けて1回勝っただけだ!」
ディアボロスは驚いた顔をした後、表情が緩んだように見えた。
「その1回の勝ちが、99回の負けを上回ったのであろう」
アベルは涙を流し始めると、その光景にセイラもアイリも、戸惑っていた。
「どうしたの? アベルっち。何で泣くのさ?」
アイリはしゃがむと泣いているアベルの顔を覗き込んだ。
「うるせー。泣き上戸なだけだ」
ディアボロスは優しく微笑むと懐かしむ様に喋り始めた。
「私がお前に敗れてから、30年が経つのか。大きくなったなアベルよ。ニンゲンと神族によるハーフのお前が私の前に現れたのは、まだ14歳かそこらだったろ?子どもと呼んでいい、あどけない少年が、私に向かって来てはがむしゃらに、剣を振り回していたな。本当に大きくなった」
アベルは何度も腕で涙を拭っていた。
「そうだよ。俺は44になったが神族の血も入ってっから、見た目は20歳位だけど確かに成長した。あんたは全然変わらない。30年前と何一つ変わってない」
ディアボロスは3人を見回すと落ち着いた声で言葉を口にした。
「少し昔話をしよう。多少、長くなるかも知れないがな」
セイラはアイリに小さい声で(やった。これで延長料金入る。心ぴょんぴょんしてくるね)と耳打ちした。
ディアボロスはシャンパンから、自分の呼称でもあるニホンシュに変えると、静かに話し始めた。
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