第9話 ケットシーと魔王と時々勇者

 稼ぎ時でもある忘年会シーズン真っ只中。ここ『ドゥルキス』でもテーブル席までが満員になり、バックバーからマサムネは従業員の女の子に目を光らせていた。

 ドリンクがなくなれば自分からもう一杯頂いて宜しいですか?と、客にお伺いを立てないといけないが、今日は気前が良い客が多く女の子のドリンクがなくなれば、客の方から催促してくる具合であった。



「店長、ボーナス出た後だからか別料金のお酒を頼むお客様も多いね」



 客を見送った後のエルフのセイラが満足そうな笑顔で隣に近付いてきた。

 マサムネは周りを見渡しながら答えた。



「そうだな。これで女の子のバックも多く出せる。みんなよく頑張ってくれている」



「美雨ちゃんなんか前のお客様から現金ボーナスだっじゃん」



 マサムネは視線をセイラに移した。今日のセイラは髪の毛先を緩く巻いているので、いつもよりもフェミニンで髪から、ちょこんと飛び出た耳がキュートだと、初見のお客様からの受けが抜群に良かった。



「あれは美雨と、あのお客様にしか分からない過去の精算もあっての事だろ」



「だよね。あまり聞けないしなぁ。辛かったら話してくれれば良いのに」



「まっ。美雨が話したくなれば話すだろ。お前は次のお客様が来るまで少し休憩入っていいぞ」



「はーい。化粧も少し崩れてきたから直してくるよ」



 セイラは返事を控え室へと入って行った。




「てんちょー、端っこのお兄さんから、さっきと同じシャンパンのオーダー入ったにゃ」



 マサムネが振り向くと、ケットシーの『アイリ』が端のカウンター席に座るお客様を指差しながら立っていた。



 アイリは褐色の肌に、もとから目鼻立ちがハッキリとしていたがメイクも派手で、髪の毛はコーンロウとブレイズをしておりダンサーとしても活動している。『ドゥルキス』では唯一と言って良い黒ギャルであり胸の大きさもNO1で、あのサキュバスのリリムよりも巨乳であった。ただ、アイリの猫耳と尻尾が可愛さを出しており、巨乳黒ギャルと萌えの絶妙なバランスが成り立っていた。



「またか。すぐに持っていくよ。あのお客様はよほどお前を気に入ったのか、お金を持っているのか分からないが、尋常じゃないオーラがするな。悪い仕事してる人だったら嫌だな」



 マサムネは失礼にならないようにシャンパンを注文し続ける客を横目で見た。

 黒のニットセーターに黒デニムと、全身を黒で包んだコーデに烏の濡羽色した長い髪。細面ながらも切れ長の目に鼻が高く顎はシャープで間違いなく美形であった。



「アイリだけじゃ、もう飲むのキツイから、てんちょーも来るにゃ。お客には、てんちょー連れてくる。言ってOKもらったにゃ」



「そうだな。お前が潰れても困るし、お客様の了解を得ているのであれば、俺もご馳走になろう。すぐ行くから待ってろ」



 マサムネはワインセラーまで近付き、銅の輝きを持つオレンジがかったピンク色の優雅な雰囲気を出しているボトルを静かに取り出しては、シャンパングラスとともに持ち運んだ。



「お待たせ致しました。『ドゥルキス』の店長をしております。マサムネと申します。私もご一緒して宜しいでしょうか?」



 男は静かに微笑むと、低く艶のある腹の底に響いてくる声で静かに口に出した。



「もちろんだ。私は『ディアボロス』呼び捨てで構わない。一緒に飲もうではないか」



 マサムネは目を見開くと引きつった笑顔になった。



「じゃあ、でぃあちんの為にてんちょーシャンパン開けてー」



 マサムネはアイリの猫耳に耳打ちした。



「ちょ。てんちょーくすぐったい。にゃに?」



(静かに! お前『ディアボロス』って、この国の叙情詩にもなっている。伝説の魔王じゃねーかよ)



 アイリの耳がピクピクと前後に震えた。



(はにゃ。魔王ってにゃに? アイリ知らにゃい。早くシャンパン開けて飲もうよー)



(知らなくても良いから、もう少しお客様に気を使ってくれ。俺は死にたくない)



 マサムネはそう言うと器用にシャンパンを開けアイリに手渡した。



「はい。でぃあちん。ねぇー。でぃあちんはお仕事なにしてるにゃ?」


「投資と経営コンサルティングだ。自慢じゃないが前職では部下が何百万といたからな。それなりにマニュアルやハウツーを持っているのでな」


「でぃあちんは頭が良いんだにゃ。アイリ、バカだから羨ましいにゃ」

 

 ディアボロスは長い黒髪をかきあげるとグラスを回した。



「頭の良し悪しは問題ではない。いかに目標を立て、効率良く進めていくかだ。後は出来るまで辞めない。根性や努力だよ。私が一番嫌いなのはチャレンジしない奴だ。ハナから諦めて行動をしない奴や、外的要因ばかりを探して、己の未熟さには目を背ける奴」



 アイリはカウンターに身を乗り出して真面目に聞いているので、ネックレスが胸の谷間に挟まっているのを、目の前でディアボロスは見てしまうと、顔を赤くし不自然に横を向いた。



「あれ? でぃあちん。どうしたにゃ? 横向いちゃったにゃ」



 さらにアイリは身を乗り出してくると、ネックレスは完全に胸の谷間に隠れてしまった。



「い いや。何でもない。ここは少し暑い。と思ってな」



 ディアボロスは片手をパタパタと顔に仰ぐと、シャンパンを一気に流し込んだ。



「でもー。なんで前職辞めちゃったにゃ?」



 マサムネはディアボロスのグラスにシャンパンを注いだ。ディアボロスは眉間にシワを寄せ喋り始めた。



「私の力不足で、多くの部下を失ってしまってな。何とか仇を返そうと思ったが、時代の流れには勝てずに廃業を決めたんだよ」



「にゃるほど。部下思いなんだね。でぃあちん」



「部下思いか……彼らには悪いことをした。私の我が儘で立ち上げた組織だったが、組織がどんどん大きくなる度に、我々を倒そうとする奴らも多くなってな。私はとんだ大罪人だよ」



「そうですね……じゃなかった。違う違う。今のは間違いです。あなたの為に散っていった彼らも本望だったのでは? カリスマ性がある人に付いて行きたくなるのは当然ですからね」



 マサムネは慌てて否定し、小さい頃に読んでいた魔王討伐の本に書いてあった、カリスマ性を上手く利用した。



「カリスマ性か……。私は彼らと同じ夢を共有し、彼らと共に成し遂げたかった。彼らと一緒に同じ景色を見たかっただけだ…………それをあと一歩のところで、1人の男にやられてしまった」



「1人だったんですか? 5人組のパーティーだと歴史の授業で教わりましたが……じゃなくてそれは悔しいですね」



「悔しい気持ちはあったが、それは自分の非力さを思ってだ。私には私の正義があり、彼には彼の正義があった。どっちが正しいかは関係ない。勝った方が正義だからな」



 アイリは頷きながら真剣に聞いていた。



「ちょーわかる。中身何か関係にゃい。結局は顔だ。顔ありきでの、中身である。みたいにゃ」



 マサムネはまたも肩パンをアイリに決めた。



「全然ちげーよ。勝てば官軍負ければ逆賊!ディアボロスは最初から逆賊だったけど。悪魔側から見たら、勇者側が逆賊だったんだよ…………じゃなくて、それは悔しいですね」



 アイリは肩をさするとマサムネを睨み付けた。



「てんちょー。今日おかしくにゃい? いつもの落ち着きがにゃいし、目が少し泳いでるし、てんちょーの目でクロールくらい出来るにゃ」



「やっぱ今日の俺はおかしいよな。書き入れ時で少し疲れちゃったのかな? ディアボロスすみません。何か変なことばかり言ってしまいまして」



 ディアボロスは顔をあげ マサムネに笑顔を向けると少し照れた様に話した。



「マサムネ。私はこういう所は初めて何だよ。前職では勝手に女共が寄ってきては勝手にハーレムを作り、私の権力のもと好き勝手やっていたが、私が廃業をすると一気にいなくなった。結局は私と云う個よりも権力に群がっていただけだろう。だが、アイリは私の詰まらない話にも真剣に耳を傾けてくれているし、何よりも☆♂%♂∞」



 最後の方はディアボロスの顔が真っ赤になり、ごにょごにょ言っていたので聞き取りずらかったが、口の開き方から(何よりも『胸がでかい』)と言ったようにマサムネには見えた。



「アイリうれしーにゃ。でぃあちんにそう思われてるなんて」



 アイリはディアボロスの右手を両手で握ると、大きなアイリの胸が寄せられて並々と深くなった胸の谷間がディアボロスの眼に入ってきた。

 ディアボロスは凝視したいが、プライドと恥ずかしさが混沌とし上を見上げると叫んだ。



「あわわわ。神聖なる頂きか邪悪なる至宝か。我には判別付かず! マサムネ!! 今宵の我は機嫌がよい。ここにいる者共に最高級シャンパンを開けてやってくれ」



 ドゥルキス内が一瞬、静寂になったかと思うと大歓声が巻き起こり、あちらこちらからディアボロスを賛美する声が上がった。



「黒髪長髪の旦那。ありがてー。最高だよあんた!」



「イケメンの兄ちゃん。やるじゃねーか。ありがたく頂戴するぜ」



「きゃー。バックは全部私に付けといてね」



 マサムネは最後の声に反応した。



「セイラ! お前控え室で休憩してたんじゃないのか?」



 セイラは小走りにやってくると、ディアボロスにウインクした。



「エルフの耳は優秀なんだから。そうじゃなくても大歓声が凄かったからね」



「そなたも飲めば良い。だが%♂▽☆」



「ちょっと、私の胸が荒れた大地のようだと言ったわね。そこまで凹んだりしてないわよ……多分。」



 また、ごにょごにょと聞こえなかったがエルフのセイラには、はっきりと聞こえたのか、セイラは自分の胸を確かめるかの様に、襟を引っ張ると顔を下に向けて確認していた。



「セイラにゃん。でぃあちんは、アイリのことが好きだにゃ」



 ディアボロスは赤面するとマサムネにシャンパンの用意を催促した。

 まだディアボロスの発言に熱気が冷めないドゥルキス内では誰も彼もが浮かれていた。



 カランコロン



「おぉ~お。何か凄い盛り上がってるじゃん」



 興奮状態が続く中ドアが開くと1人の男性客が入ってきた。



「初めてくる店だが、可愛い子が多いじゃねーか。まっ。今日はここで我慢するか」



 突然の失礼な客の来訪にドゥルキスは落ち着きを取り戻した。マサムネはすぐさま駆け寄り、新規客をカウンター席の唯一空いてる席へと案内した。テーブル席の横で、ディアボロスとは真逆の端である。



「ここに座ればいいんだな。 おっ。あの、金髪はエルフか? 良いね~。俺のタイプだ。そこの『エルフ』相手してくれよ。金なら腐るほど持ってるぜ」



 セイラは嫌な顔を1つせずに、お金。お金。と呟き男の方へ歩いていった。その光景を見ていたディアボロスが突然立ち上がると、男はディアボロスを見て笑い始めた。



「あぁん。何だ。誰かと思ったら、ディアボロちゃんじゃないですかぁ。いやぁ久しぶりですね~」



 ディアボロスは男から目をそらさずに睨み続ける。



「そんなに睨むなって。俺はあんたのお陰で大金と名誉職を貰って良い暮らしをしてんだから、感謝してるよディアボロちゃん」



 ディアボロスが殴りかかろうとするのを、アイリはカウンターテーブルに身を乗り出しディアボロスを抱き締めた。



「あばばば。お胸が☆…★∞」



 ディアボロスは糸が切れた様に椅子に座った。



「初めまして『セイラ』です。宜しくお願いします」



 男はディアボロスから視線を目の前にいるセイラに移すと、セイラの髪の毛の先を触り始めた。



「『セイラ』か。良いねぇ。髪の毛といい、顔といい俺の好みだよ。俺は『アベル』吟遊詩人にも語り継がれ、数多くの歴史書に名を残す。魔王を倒した勇者だ!」



 またもドゥルキス内が一気に騒がしくなった。

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