第7話 座敷わらしと河童ラッパー

  ドゥルキスのドアが開きオドオドと周りを伺うように1人の河童が入ってきた。



「あのぉ。まだ、やってますでしょうか……」



 マサムネは接客スマイルで新規客の河童を誘導した。



「いらっしゃいませ。えぇ。小一時間位であれば大丈夫ですよ。カウンター席のこちらへどうぞ。子どもが座ってますがここに住んでいる者なので気にしないで下さい」




 閉店近くで客もいなかったこともおり、キャストもほぼ帰ってしまっていた。残っているのはドゥルキスに住んでいる座敷わらしの『四季』と、お小遣い稼ぎに掃除をしようと残ってた『セイラ』のみになっていた。



 カウンター席、閉店時のいつものポジションである端っこの椅子に四季は座っており、四季が着けていたヘッドホンからはビートが漏れていたが没頭してるのか、何かを口ずさみながら四季はノートにペンを走らせていた。



 マサムネは四季の頭をカウンター越しからポンポンと叩くと、四季はようやく気付いたのかヘッドホンを取り外し、隣に座る河童に右手でハイタッチを求め挨拶をした。



「わっさっぷ めーん」



「……はぁ……」



 河童は見た目は前髪パッつんの可愛い女の子の言っていることがいまいち分からなかったがハイタッチは理解し、遠慮がちにハイタッチをすると四季はそこからハンドシェイクに持ち込み、互いの肩をぶつけ合うように河童の手を引き寄せた。



「わたしは『MCザキワラ』これがここのあいさつだからな、おぼえておきな『WCカッパ』」



 河童は明らかに困っていたが、マサムネはセイラを呼びに控え室にいたので、誰も助けには来ない。河童は挙動不審になりながらも四季と対峙した。



「お嬢ちゃん。私は河童だけども『三郎』と云う名前が有りまして。後『WC』はトイレの事じゃないのかい?」



「そーりー。水にながそうぜ。トイレとカッパだけにな! これが『カッパのトイレ流れ』ってやつだな。ゆなむせーん?」




「いえ、全然分かりません。ちょっと店長さーん。最近は会社で嫌なことが続くから厄払い的に来てみたのに……」




 三郎は大声を上げてマサムネを呼んだ。



「そのあたまに、のっけてる皿といっしょで器が小さいなぁ。それとも何か?その皿回して、ここをクラブと化しちゃうか? おまえの皿はどんなビートを刻むんだろうな」



「もう、私の心に深く傷は刻まれたので、これ以上はホント勘弁して下さい……」



 ようやく控え室からはセイラを連れたマサムネが出てきた。



「大変お待たせ致しました。本当はガールズバーでは隣に座っての接客は禁止ですが、この子は従業員ではないので。四季、お客様に失礼しなかったか?」



 四季は膝を揃えてマサムネに体を向けると、幼女らしい無邪気な笑顔で答えた。



「うん。こちらは『三郎さん』普段は来ないけど、会社で最近は辛い事があったから、今日は何となくで来たんだよ。ねっ。三郎さん」



 首を少し傾げて三郎を見つめてきた。三郎は先程の態度と言葉遣いとは違う四季に驚いていた。



「え えぇ。お恥ずかしい限りですか今も残業を終えて帰宅前に一杯飲もうかと思いまして、こちらの方にはあまり来ませんから道路沿いの端っこにあるこの店に来たのです」



「初めまして『セイラ』です。それは疲れちゃうし大変だね。私には無理だから三郎さんは凄いなぁ。まずは飲んでスッキリしようよ!」



 金を持ってない客にも接客には絶対に手を抜かないとこがセイラの一番良いところでもある。金を持っている客には誰でも熱が入るが、金がなさそうな客にも手を抜かずに接客する事は意外と出来ないものである。




 マサムネは新規客用のマニュアル説明をし注文を聞いた。




「じゃあ温燗で。あと、モロキュウお願いします。セイラちゃんと、えぇ。と……四季ちゃんは?」



「やっぱ、キュウリ好きなんだ。あっ、私はレモンライムお願いします」



「コカレロをエナジードリンクで割ったので」



 マサムネは四季に軽くデコピンをすると、四季は両手でおでこを擦った。



「セイラのレモンライムは了解。四季はホットミルクな」



 マサムネは手早くモロキュウとアルコールを用意しカウンターから離れた。マサムネから受けとるとセイラは四季と三郎の前に置いた。




「じゃあ乾杯しましょう。四季が言って良いわよ」



 四季はホットミルクのカップを持ち上げ、コホンと小さく咳払いした。



「れっつ めいく あ とーすと とぅ あうあ success!」



「え? ちょっと四季! 何処のタイミングで乾杯すれば良いのか分からないんだけど」



「それもですが、私は最後の発音だけやたらとネイティブだったのに驚きましたが」



 セイラは微笑むと、三郎の持っているお猪口に軽くグラスを合わせる仕草だけした。



 三郎は鼻で匂いを楽しんでから、クイッとお猪口を口に付けると、味を確かめるように目を閉じた。




「このお酒は香りが良いですねぇ~ 上手い! モロキュウも良い味してるし、嫌な事が吹っ飛んでいくよ」




「それは良かった。どんどん飲んじゃおう!」



 三郎は四季にお酒を手酌してもらうと、またもクイッと飲み干し四季にお礼を言った。



「四季ちゃん。ありがとう。そうですね……ちょっと愚痴らせてもらいます。私はダムの工事現場の1責任者ですが、中々、私の班だけ工事が進まずに進捗が大分遅れてまして、上からはいつまでに終わらせるのか? 下からは他にやり方がないのか? と、板挟みで誰も私の話を聞いてくれないのです。そりぁ私だって落ち込みもしますよ」




 セイラはキュウリを食べながらもしっかりと話は聞いていたようで、相槌をしっかりと打っている。



「落ち込む程、頑張ってるんだから偉いよ。頑張り過ぎも良くないし、肩の力でも抜きなよ。ささっ、飲みましょう」



 セイラも手酌をすると、四季はキュウリを箸でつつくと三郎の頭の皿を引っ張った。



「ごめんなさい。わたしの取り皿がなかったから、てぢかにあったので良いかなぁと。そのお皿はとれないんだね」



「辞めてください。少し位なら取っても平気ですが、このお皿は生命力の象徴なんですから」



「四季、悪戯しないの。まぁ、愚痴ならいつでも聞くし思いっきり話してよ」



 セイラの言葉に三郎は感激すると涙をこぼし始めた。



「こんなに優しい子がいるなんて。河童は臭いだのダサいだの言われてましてね『鬼』や『天狗』よりも人気がないのも悔しいのですよ」



 セイラは腕組をして考えているようだが四季は迷いなく答えた。



「見た目がたんじゅんにダサい。『おに』や「てんぐ」はワイルドでつよそうだし『ワル』って感じがして格好いい。ラスボス感もある。カッパは『ワル』っぽさもないからはんぱで下っぱっぽい」




「そうですよね。河童っていまいち何がしたいのか分かり辛いのですよ。目的意識というかビジョンがないように見えるみたいですね」




 考え込んでいたセイラはピンと来てなかったようだ。



「四季ちゃんと三郎は近い国と言うか、同じ所から派生したので分かるかもだけど、私には『鬼』も『天狗』もダサいよ。鬼は金棒があるし天狗も羽団扇があるけど、河童は水掻きしかないから一番弱そう」



 言ってからセイラは取り消そうと思ったが遅かった。三郎は感激の涙から悲しみの涙になり二人に訴えた。



「どうしたら、悪そうで格好いい河童になれるでしょうか? 河童のイメージを変えたいです」




 四季は指をパチンと鳴らす仕草をしたがスカッとした音しか鳴らなかった



「それはラップしかないよ。WC三郎」




「この子。私の事を馬鹿にしてますよね?」



 セイラは申し訳ない表情を作り胸の前で両手を合わせた。




「ごめん。水に流してよ。トイレだけに! これが河童のトイレ流れ。ってやつね」




「あんたもかい! 私の事は流さないで下さい」




 そうこうしているうちに、四季はヘッドホンを着けて体を揺らしながらリズムキープし始めた。



「見た目と同じ子供騙し いやいやリアルな心・魂 伝えるのは何処の名無し? 覚えとけ私がドゥルキス代表戸締まり役座敷わらし のMCザキワラ 記憶に残るわらべ歌 今からこいつが奏でるさ 時計の針はtwenty to four 隣にはアウトロー に憧れるWC三郎 見せとけいつもと違うとこ ほらぶっかませ」




 三郎は意を決した様に思いの丈をマイクの変わりのお猪口に込めた。



「おかっぱ頭から繋げる河童はグラップラー三郎 先祖代々からない『品』と『危機』と『劣化』

 つまりは屁の河童 このヒント聞きとれっか? アーイ?

 

 毎日がダム工事ダム工事 上司の手の鳴る方に チート納期と格闘技 もはや現実逃避 からのエンディングストーリー ウォシュレット で流したい乙エンド 私は何を欲しがる? 休みと癒しだけ これが河童のリアル」



 三郎はお猪口をカウンターに置くと、四季と最初の挨拶を見事に交わした。




「ながっ。結局は休みが欲しくて癒されたい。ってだけじゃん」



 セイラは呆れた顔をした後に笑みを見せると三郎に優しく語りかけた。



「まぁ。お仕事は大変だよね。運とかタイミングもあるしさ。三郎の力だけでも出来ないものは出来ないよ。ここに来れば少しでも、楽しんでお酒が飲めるように、このセイラちゃんが待ってて上げるからさ、気負い過ぎずにね」




 マサムネは閉店の時間になったので三郎に近づきチェックを済ませた。



「先生! また私にラップを教えてください。店長さん、素敵なお店ですね。また来ます」



 三郎は四季にも頭を下げると最初のオドオドした感じがなくなり、堂々とドゥルキスを後にした。



 マサムネは1日の終わりにタバコに火を付けると三郎の去り際の言葉を噛みしめ、1人ほくそ笑んでいた。




「なに? マサムネ、ニヤニヤしてんのよ気持ち悪い」



「見てんじゃねーよ。早く後片付けしろ。そしてマサムネじゃなくて、店長だ」




 本日のドゥルキスは閉店になります。

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