第6 話 這いよれジャック・ランタン
店内の一部分だけが白銀世界に囲まれていくのを、カウンター席の客やバックバーにいるキャストは楽しんで見ていたが、マサムネだけはため息を吐いていた。
「申し訳御座いません。あちらのお客様方が誕生日との事でサプライズをしております」
セイラが接客しているニンゲンは、マサムネの言葉を聞くと飲んでいたシャンパンを片手に取って立ち上り、スーツの胸ポケットからパンパンに膨らんだ財布を出すと陽気にマサムネに告げた。
「店長さん。今日の俺は機嫌が良い。誕生日の客にも俺から、飲んでるシャンパンと同じのをプレゼントしてやろう」
セイラはすかさず泣きそうな顔をして、立ち上るニンゲンを上目遣いでおねだりを始めた。
「私には誕生日プレゼントなかったじゃん……」
「え? セイラちゃんも今日誕生日なの?」
驚くニンゲンにセイラは小さく首を振ると今度は伏し目がちになり、ニンゲンが着ていてるスーツの袖をちょこんと掴み恥ずかしがる様に告げた。
「誕生日は半年前だったけど、今まで出逢えてなかった分の誕生日プレゼントが欲しいな。そしたら出逢えてなかった分の時間をあなたとならすぐに埋められそうなの」
「よ~し。今まで出逢えてなかった分の誕生日を祝ってやるぜ! 何歳分だ?」
セイラはニコッと満面の笑みになった。
「163年分くらいかな」
「…………163年分??」
すぐさまセイラは真顔になり当たり前感MAXで答えた。
「見た目の通りエルフだからね。エルフは長命だからさ」
ニンゲンは我に返ったように椅子に座ると、マサムネに助けを求めるように目で訴えた。察知したマサムネは店の売上と自分の良心とお客様の財布を見て助け船を出した。
「お客様このエルフの精神年齢は3歳なので、お客様さえ宜しければ3本のプレゼントでお釣りが出ます」
ニンゲンは少しホッとした表情をしたが、セイラは追い討ちを掛けてきた。
「カードも使えるから大丈夫だよ! 163年の時を時空と云う名のシャンパンであなたと埋めたいなぁ」
マサムネはセイラの尖り耳を引っ張ると、お客様の死角に入りセイラに耳打ちした。
(お前を時空と云う名の土中に埋めてやろうか? あのお客様はお前を気に入っているから長く付き合ってもらえ)
(パワハラ最低。冗談で言ってるんだから大丈夫だよ)
(お前の目は本気の目だった! パワハラ上等だ。3本用意する。お客様に説明してこい)
セイラ頬を膨らませ口を尖らせながら、掴まれていた耳を労るように擦るとニンゲンの元へと戻っていった。
「っとに、あいつは……」
マサムネは長くなりそうな愚痴をすんでで飲み込むとテーブル席に目をやった。
「氷芽、落ち着いてくれよ。イフリータのボクでもこの雪を火事にさせずに蒸発まで持っていくのは神経を使うんだよ。飲んでいれば尚更加減が難しい」
イフリータのルナルサは、力を使ったせいでおでこらへんに汗を浮かせていた。
「ルナルサには申し訳ないけど、このデストラは許せません」
デストラは悪びれた様子もなくテーブルにほほ杖をついて、そっぽを向いていた。
「デストラ! 氷芽さんに謝ってよ。何でそんなに氷芽さんばかりに悪戯するんだよ」
シニストラは必死にデストラに訴え掛けた。
「だってさぁ。シニストラ、この女がさっきからカボチャスープとかちょっかい出してくるから……」
「デストラは氷芽さんに惚れたんだろ? 好きな人に振り向いて欲しくて悪戯するなんて、それこそ紳士とかけ離れてるよ」
デストラはシニストラに顔を向けると真っ赤になり怒鳴り付けた。
「そんなわけねーだろ! こんなブス、俺が好きにな」
「お前らいい加減にしとけよ。他のお客様にも迷惑だ。2体まとめて灰になりたいのか?」
ルナルサの威圧にデストラとシニストラは一気にしゅんとなり場は静かになった。
氷芽は冷たい目でデストラを見据えると無感情のまま呟くように言葉を口に出した。
「そ。デストラは私に惚れてるのね。生者と死者の間をさ迷い続けるだけあって、妄想と現実の間をさ迷っていたのね……」
氷芽は言葉を溜めると今度は勝ち誇った様な不適な笑みを浮かべた。
「残念。君に出口はないわ。私は一生、君を好きにはならないでしょうからね。第一、年下は恋愛対象外だわ。雪女とジャック・ランタンとか『うなぎと梅干し』『天ぷらとスイカ』『氷とカボチャ』くらいに相性最悪だわ」
イフリータは笑いを堪えきれずに笑い声が少し漏れたが我慢しつつ答えた。
「最後のは良く分からんが一般的には最悪なのかな?」
デストラは勢い良く身を乗り出すと早口でまくし立てた。
「そんなこと分かんねーだろ! 普通に年の差や身分差があっても結ばれる奴はいるし、この国では他種族の結婚も多い……」
シニストラはニヤニヤしながら肘でデストラの脇腹をつついた。
「ほらぁ。やっぱデストラは氷芽さんの事が好きなんじゃん。最初から魅了されてたっぽいもんね。一目惚れかなぁ」
デストラは顔から湯気を出していたが黙りこみ静かに座り直し、氷芽が一息つくとマサムネに目で合図した。
マサムネは氷芽からの合図に気付き、ニンゲンからプレゼントされたシャンパンとグラスをテーブル席まで運ぶと、氷芽に小さな声で囁いた。
(やったと収まったな。とっくに準備は終わっていたが、いつ出ていけば良いのかと思ったぞ)
(すみません。時間かかりましたが乾杯のタイミングでお願いします)
マサムネは頷くとシャンパンを開けてグラスに注ぎ戻っていった。
ルナルサは全員がグラスを持つのを確認するとグラスを軽く持ち上げた。
『乾杯』
場のわだかまりを解消したかの様なグラスの合わさる『チン』とした音が心地よくテーブル席に響いた。かと、思っていると店内は薄暗くなり、何処からともなくhappybirthdayの歌が聞こえ、ケーキを持った座敷わらしの四季が落とさない様に、少しずつ少しずつ近付いてきた。
「なにこれ? 僕たちの為に??」
シニストラは興奮を抑えられないように、目を輝かせていた。
四季はテーブルにケーキを置くと、右腕でおでこを拭い笑顔でお祝いをした。
「雪だるまとカボチャ。お誕生日おめでと」
四季はそう告げると(雪だるま作ろう~。カボチャをくりぬこう~……)
謎のオリジナルミュージカルを口ずさみ、カウンターへとステップを踏みながら戻っていった。
「あのガキ、俺をくりぬこうとしてる」
デストラ以外の3人は笑い声を上げた。
店内は元の明かりに戻り、マサムネはケーキを装い配ると改めてお祝いを述べた。
「お誕生日おめでとう御座います。こちらのケーキは氷芽が作ったアイスケーキになりますので、氷芽からお二人へのプレゼントになります」
「えぇ。氷芽さんこんな短時間にフルーツが色々乗っているケーキ作ったの?」
シニストラは驚きの声を上げるとまじまじとケーキを見つめた。
「先ほど化粧直しの時に作りましたわ。フルーツはバーですから取り揃えてありますし、私の特技でアイスケーキも簡単に作れますよ。改めてお誕生日おめでとうございます」
「ふん。こんなの店でも売ってるじゃん。フルーツとアイスなら誰が作っても美味しいに決まってる」
デストラも先程までの勢いはなくなってきており、プライドで毒づくのが精一杯になっていた。
「あら。じゃあ、君はお店のを食べなさいな。これはシニストラに食べさせて上げるわ」
氷芽はスプーンからアイスケーキを救うとそのままシニストラの口まで運んだ。シニストラはドキマギしながらも、横からデストラが口を開けてかっさろうとした。氷芽はそのタイミングでスプーンに少しだけ力を込めた。
「冷てーー! ってか、冷たすぎて痛い!」
店内にいる誰もが今までに見たことのない笑い声を氷芽は上げていた。
「氷芽、珍しいね。そこまで笑うなんて」
ルナルサも少し困惑していたが、氷芽は余程ツボに入ったのか、しばらくお腹をお抱えて笑っていた。
デストラは少し火傷したのか舌を出しながら何か言っているようだが、正確には誰も聞き取れなかった。
「はぁ。こんなに笑ったのは生まれて始めてですわ。あぁ、何て面白いのかしら」
「くっ。客を火傷させるなんて、何て奴だ」
デストラはようやくちゃんと喋られるようになり氷芽に告げると、氷芽は鼻で笑い返した。
「君と同じことをしただけよ。少しは自分の行いを反省しなさい」
「そうだよ。デストラ。ちゃんと氷芽さんに謝りなよ。僕らも今日で年齢の上では大人になったんだ」
「……そうだな。もう18か……」
デストラはボソッと呟くとルナルサと氷芽に頭を下げた。
「今日はすまん。子どもと馬鹿にされないように振る舞ってたつもりが、余計に子どもだと分かった。俺は大人になる。ダンディーで懐の深い男にな」
氷芽はいつものクールビューティーに戻った。
「別に急いで大人にならなくても、そのうち嫌でもなりますわ。年齢が大人にしてくれるのではなく、行動や考えが大人にしてくれるものだと思いますけどね」
ルナルサも深く頷くとデストラとシニストラの頭をワシャワシャと触り、二人のほっぺをつねった。
「まだ胸も揉んだ事がないようなお子ちゃまが、大人ぶっても背伸びしてるだけだ。お前らの年齢には有りがちだが、そんなもんはすぐにメッキが剥がれる。氷芽に追い付きたいなら中身から鍛えていけ。そして、がむしゃらに目の前の勝負に勝て! 勝ったものが正義だ!!」
最初は真剣に頷いていた二人も最後の方は話半分で聞いているようだった。
マサムネは時計に目をやるとデストラとシニストラの終了の時間に近づいていた。
テーブル席までマサムネがやってくると、二人は笑顔でチェックを済ませた。
そのまま氷芽とルナルサに誘導され、出口までやってくるとデストラは氷芽の目を力強く見つめた。
「雪女か何か知らねーが。俺の想いはそんじゃそこらじゃ溶けやしないぜ!」
氷芽は一瞬だけ目を丸くすると笑顔を浮かべウインクした。
「溶けやしないってより、どんなに待っても君への想いは雪解けにはならないわよ。私雪女だから、つまりは『春』は来ないってことね」
デストラはなにも言わずに、シニストラとドアを開けて帰っていったが、ドアが閉まると同時にドア越しに声が漏れ聞こえてきた。
「シニストラ! 今の笑顔とウインク、めちゃくちゃ可愛かったな! な!!」
そして閉店間際のドゥルキスにまたもや一見さんがやって来ました。
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