第5話 雪女とイフリータとジャック・フロストにジャック・ランタン
21時ギリギリにドゥルキスで働く、あどけない顔に猫耳が付いてあり尻尾を可愛く振って歩いてくるケットシーの『アイリ』
黒髪を綺麗なツインシニョンでまとめた九尾狐の『美雨』
真っ赤な髪のフェミニンショートが小顔を引立させているイフリータの『ルナルサ』が相次いで出勤してきた。
ドゥルキスでは比較的シフトは自由に近いが当日欠勤や遅刻には厳しいのである。
3人は挨拶もそこそこに急いで控え室へと向かっていった。エルフのセイラは休憩で気持ちを切り替えてやる気を取り戻し、またビラを配りに外へと出ていった。
時間も過ぎていくとお客様も徐々に入り始め常連さんからは、座敷わらしの四季もお呼ばれされては、フルーツジュースを飲みながら一生懸命話しているようだった。あちこちのカウンター席からは賑やかな笑い声が起こっている。
『いらっしゃいませ』
ドアが開き入り口にマサムネは目をやると一瞬唖然とした。
一見さんだがお客様としてやって来たのは、ジャック・ランタンとジャック・フロストである。見た目が子どもの様な二人は仲良さそうに入ってきては物珍しさに店内を見回していた。
ジャック・フロストの子が少しオドオドしながら隣のジャック・ランタンに話し掛ける。
「『デストラ』凄いね。何か綺麗なお姉さんが沢山いるし見たこともないお酒が沢山並んでるよ。緊張するね」
「『シニストラ』落ち着け、俺らは今日がデビューだが紳士たるもの落ち着いた気品ある振る舞いをしなくては」
マサムネは会話が丸聞こえな、一見さんの二人に失礼ながらも確認するために身分証の提示を求めた。
「身分証なら国民カードで良いですよね? 顔写真付きですし」
「ええ、大丈夫ですよ。因みに種族はジャック・ランタンとジャック・フロストにお間違いないですよね?」
「見りゃ分かるだろ! ほら確認しろよ」
ジャック・ランタンの男の子は虚勢を張りたいのか必要以上に声を荒げ、国民カードをマサムネに見せた。
「デストラ! ダメだよ。紳士たるのもをもう忘れているじゃないか。ごめんなさい。国民カードに書いてある通り僕たちは今日で18歳です」
「それはおめでとうございます。失礼しました。種族によっての立ち入り出来る年齢が違いますので念のため確認させて頂きました」
マサムネは頭を下げるとカウンター席が空いてなかったので、少し離れたテーブル席へと誘導した。
デストラとシニストラがテーブル席に並んで座ると、マサムネはメニュー票を2枚取り出し一見さんへの説明を開始した。
「…………と、なります。アルコールに付いても、お二人の種族であれば年齢的に問題御座いませんが、初めてであればアルコール度数は低いものをオススメします。お酒をお選びになっている間に女性を呼んできますので楽しんでいって下さいね」
マサムネはバックバーにいるケットシーのアイリを呼ぼうとしたが、常連さんと仲良くやっているようだった。セイラもビラ配りで捕まえてきた、いかにもお金を持ってそうなニンゲンにドリンクを頼み飲んでは次々とおねだりしていた。
マサムネはセイラの肩を後ろから軽く叩き、振り返るセイラの耳元で小さく囁いた。
(お前鬼のように飲んでは、妖精のようにおねだりするな。ちょっと別のお客様に付けないか?)
(『妖精のように』ってか、私は可憐な妖精エルフだから。無理無理無理のカタツムリ。ニンゲンから頼めるだけ頼むんだから)
(もういいや。頑張ってくれ)
マサムネはため息を付くとイベント用の氷を作り過ぎてしまい、疲れて控え室で休んでいる氷芽の元へと向かった。
「氷芽、もう十分休んだろ? お客様に付いてく うわぁ」
マサムネは氷芽を見て珍しく驚きの声を上げてしまった。
「今日はコンタクトの調子が悪いわ。それに女性の顔を見て悲鳴を上げるなんて最低ですわね」
白目全開の氷芽がマサムネを非難した。
「申し訳ない。慣れてなくてな。今日が誕生日のお客様が2名いらっしゃってるが女の子が足りなくて、後で誰か行かせるから最初だけは氷芽だけで頑張ってくれ」
氷芽は鏡に向かってコンタクトを入れ直す。
「良いですわよ。明日からチーズケーキが待っていると思うと、さすがの私もテンションが上がりますわ。今日が誕生日なら何か作って差し上げましょう」
マサムネには上がってるのかどうか微妙なラインでしか分からなかったが、ホッとするとバックバーへと戻っていった。
「初めまして『氷芽』と申します。お二人は今日、誕生日と聞いてこれを差し上げますわ。おめでとうございます」
氷芽は氷で作られた花を二人にプレゼントした。
デストラは氷芽の美しさに魅了されたのか、氷芽から目をそらせずに受け取った氷花を右手で掴んだまま、氷芽を見つめている。
「これは持ち帰りと暫くは保存が出来る様に、私が作ったものですから簡単には溶けないですわよ……」
「わぁー。デストラ! 氷が水になって垂れてる垂れてる!!」
シニストラが人差し指で氷花を指すと、慌てたデストラは氷花を離してしまい氷芽の顔にべちゃっと、半分溶けた氷花は見事にぶつかり、そのままゆっくりと垂れ落ちテーブルに着地した。
「ごめんなさい。今すぐ拭きます。デストラも早く謝って」
シニストラに促されたデストラは、ハッと我に返ったがとんでもない言葉を口にした。
「はっ ブスにはお似合いだぜ」
氷芽は席を立ちマサムネの元へと去っていった。
「デストラ! どうしちゃったんだよ? 紳士どころかただの糞ガキだよ」
デストラはテーブルでしなだれいている、氷花を悲しそうに見つめていた。
「ちょっとマサムネ! もう無理、無理無理無理のちょー普通に無理」
氷芽がここまで感情的になるのを初めて見たマサムネは、氷芽の顔に付いた水滴を軽く拭き取ると出来るだけ優しい声音でなだめた。
「せっかくの美人が台無しだな」
「あのジャック・ランタンにやられたのよ」
「あの子たちは今日がデビューと言っていた。誕生日を迎えたばかりだからな。遠目から見ていたが決してわざとやったようには見えない。良い思い出になるのか、悪い思い出になるのかはお前次第だ。可愛い青少年に思い出をプレゼントしてやれ」
氷芽は落ち着きを取り戻すと化粧直しに控え室へと下がった。
マサムネは帰るお客様を見送ったルナルサに声を掛けた。
「すぐで悪いが氷芽と一緒にあちらのお客様に付いてくれ」
ルナルサはマサムネの示した方に顔を向けるといたずらっ子の様な笑顔を浮かべた。
「ボクで良ければ……ジャック・ランタンにジャック・フロストか。こっちは雪女とイフリータ。氷対炎ね。これは面白そうだ」
「いや、別に対決をして欲しい訳じゃない。お前の好きな勝ち負けはないから。今日が誕生日のお客様たちだから、目一杯楽しんでいって貰えるように頑張ってくれ」
ルナルサはそのままテーブル席へと向かい二人に挨拶をした。
「どうも。ボクはイフリータの『ルナルサ』だ。今日が18の誕生日だってな? プレゼントってか、思い出にボクの胸でも揉んでくか? ただしジャック・フロストの君は火傷して溶けてなくなるかもな」
ルナルサは一人で笑うと萎縮してしまった二人を睨み付け、テーブルを叩くと前のめりになりいつもより低い声を出した。
「黙ってないで笑え」
二人のひきつり笑いが同時に小さく響いた。
「ルナルサ。苛めないの。そんなんで笑える訳がないですわ」
化粧直しから戻ってきた氷芽がルナルサをたしなめるが、ルナルサは意に介さない様に足を組むとデストラとシニストラに飲み物を聞いた。
「僕は親から少し貰って飲んでたからウォッカで」
「おぉ。お前飲めるのか?良いねぇ。氷芽に冷やして貰ってから飲むウォッカは上手いぞ。後でボクと勝負だな。五臓六腑まで焼け切る熱い勝負をしよう」
ルナルサが目を輝かせるとシニストラはまたも萎縮してしまった。
「はいはい。そんな勝負はしませんわ。安心して飲んでください。『デストラ』だっけ? 君は何を飲むの?」
氷芽に名前を呼ばれたデストラは少しソワソワしていた。
「そうだなぁ。俺はワインを」
「ワインなら赤と白あるわよ。グラスで良いわよね?」
「大丈夫だ。白にするかな」
シニストラがデストラの耳元に顔を近付ける。
(大丈夫なの? 飲んだことないんでしょ?)
デストラは黙って頷いた。
「ん? ワインで大丈夫なのよね?」
氷芽はもう一度確認をすると、デストラはまたも声を荒げた。
「早く持ってこいよ!」
「デストラ! だから紳士を忘れちゃダメだよ。ルナルサさんと氷芽さんは何飲みますか?」
「私もウオッカをい……」
「カボチャスープ」
ルナルサが言い切る前に氷芽は、デストラの方を向いてハッキリクッキリと言った。
『『え?』』
デストラとシニストラが驚いていると氷芽はまたも言葉を繰り返した。
「カボチャスープ。カボチャスープ。カボチャスープ。カボチャスープ。カボチャスープ。カボチャスープ。カボチャスープ。カボチャスープ。カボチャスープ。あぁ 私、凄い今カボチャスープが飲みたいわぁ」
デストラは何か言いたそうにしてたが、シニストラに抑えられていた。
「じゃあ僕たちはウォッカで白ワインでお願いします。ワインはこの列に書いてあるものなら何でも大丈夫です」
バックバーでグラスを磨いていたマサムネはルナルサから注文を受けると、直ぐに作り出し苦笑いした。
「ジャック・ランタンの目の前でカボチャスープって氷芽は相当怒っているな。問題が起こらないように頼んだぞルナルサ」
「へぇーい。ボクもウオッカ勝負に負けられないからな」
「ダメだ。お前はお客様を潰しすぎる。アルコールでもお金の面でも」
ルナルサはペロッと舌を出すと、酒が作られるまでその場で待機した。
名前の紹介から進展がなく、どことなく険悪な雰囲気のテーブル席に少しするとマサムネとルナルサがお酒を持ってきた。
「お待たせしました。こちらはウォッカと白ワインになります」
クリスタルのショットグラスとワイングラスがデストラとシニストラの前に置かれた。
「これは私のウォッカと氷芽のカボチャスープのカップ」
「やっと来たわ私の『カボチャ』スープ」
氷芽はやたらとカボチャに強いアクセントを置いていた。
ルナルサはショットグラスを持つと四人は乾杯をした。
『二人とも誕生日と夜の世界デビューおめでとう。乾杯』
『『『乾杯』』』
「あ、シニストラ。そのショットグラスをお貸しください」
シニストラは不思議そうに氷芽にショットグラスを渡すと、氷芽はショットグラスを両手に包むように持つと目を閉じて力を込めた。そして数秒たってからショットグラスを返した。
「はい、これで良いわよ。誕生日の特別ですからね。飲んでくださいな」
シニストラが一気にウォッカを流し込む。
「なにこれ? 何かトロミが出て今までにない口当たりがする。美味しい!」
「そうだろ! 氷芽が冷やすと酒は上手くなるんだよ。で、もう一杯飲むか? シニストラ?」
ルナルサも氷芽にショットグラスを渡してきては、シニストラとの酒の話で盛り上がっていた。
氷芽は同じ様にショットグラスを両手で包み込み目を閉じると、デストラは向かいの氷芽のカボチャスープを取り、同じ様に力を込め直ぐに氷芽の手前に戻した。
「はい。ルナルサも出来たわよ。私も『カボチャ』スープ飲もう」
氷芽がカップのスープに口を付けると、デストラはニヤけだした。
「アツッ。何でこんなに熱いのよ! いつも冷ましてくれているのに」
デストラは大声を上げて笑い出した。
「引っ掛かった~。それはお前がショットグラスを冷やしてる間に俺が熱くしたんだよ」
氷芽は静かに押し殺すようにデストラに告げた。
「悪戯にも程がありましてよ。私を本気で怒らすとどうなるのか知りたいようね?」
氷芽の体からは白い湯気みたいなものが漂い始め、テーブル席にだけ一気に雪が積もり出した……
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