第4話 性悪? いえいえサキュバスとドワーフ

『『いらっしゃいませ』』



 店内に3人の声が響いた。


 入り口を見ると体が小さく逞しい白髭を蓄えた老人が入ってきた。



 マサムネは眼鏡を右手の人差し指で押さえ直し笑顔で迎えた。



「これはこれは。ドワーフの『ゾラ』さん。リリムをお呼びしましょうか? 」



 ゾラと呼ばれた老人は片手を上げ挨拶に応えるとカウンターの椅子に座った。



「頼む。この時間は空いてるじゃろうと思うてな」



「セイラ、氷芽。リリムを呼んでくれ。二人はそのままお客様が来るまで休憩で良いぞ。ビラ配りから休んでなかっただろ」



「は~い。ゾラさんもゆっくりしてって下さいね」


「おぉ。セイラ、少しは胸が大きくなったんじゃないか? 育ち盛りか? 」



「だからエルフは見た目より大分、年だからね。ゾラさんよりも少し年上だから私! あと精一杯寄せて上げてるのよ。どうせリリムさんとは違いますよぉ」


 セイラは舌を出しながら控え室に入っていった。



「ゾラ。いらっしゃい。良い子にしてた? 私は好きなの飲んで良いわよね? 」



 控え室からやたらと胸の谷間をアピールしたリリムがやって来ると、ゾラは目尻を下げ嬉しそうに声を掛けた。



「おぉ。リリム。今日も綺麗じゃのう。好きなので良いが今月は使いすぎてのう。ほどほどのにしてくれ」



 リリムは長い黒髪をかき上げカウンターの上に腰掛けると、ゾラの白髭で覆われているアゴを細く長い綺麗な指で軽く持ち上げ、耳元で挑発するように囁いた。


「ギャンブルで負けるくらいなら、この私に貢ぎなさい」



 リリムは妖艶な笑みを浮かべるとゆっくりと指をアゴから離し、ワインクーラーに近付いてシャンパンを取り出した。ゴールドのボトルにはスペードが刻印されており、市販価格でも3~4万程するもので店で出すなら7万になる。



 マサムネは小さな声でリリムに注意した。


「リリム。今日はこっちにしとけ」



 リリムはマサムネからダークブルーのシャンパンを受けとると、チッと舌打ちをしては不満気な表情でマサムネを睨み付けた。



「これ甘いし、アルコール度数少ないのよ」



「お前は舌打ちをするな。2年程前から通ってくれている、大切なリピーターさんだぞ。長く付き合って貰わないと困る」



「大丈夫よ。私もそこまで馬鹿じゃないわ」



「そこまでの馬鹿だから言っている」



 リリムはあからさまな舌打ちを2回しては、シャンパンを片手に回すように振りながらゾラの元へと戻った。



「ゾラお待たせ。今日はこのスパークリングワインにするわ」



「ほぉ。キラキラ光ってて珍しいのう。で、値段はいくらじゃ? 」


「たったの20000円よ」


 ゾラは腕組みをして唸っていた。


「う~む。市販価格では4000円位か」



「何よ。私と飲めるだけでもプライスレスだわ。ありがたく思いなさい。ご不満なら私は戻るけど」



 ゾラは慌てたように笑顔を取り繕った。



「リリムよ。行かんでくれ。ワシはリリムに会うために来ているのじゃ。あの6番のユニコーンが1着だったら一番高いのでも屁でもなかったわい」



 ゾラはブツブツ呟いていたが、リリムはため息を付きグラスにシャンパンを注ぎ始めた。ボトルの中のシャンパンは綺麗に輝いていた。



「で、ゾラは何を飲むのよ? いつもの焼酎でいい? 」



 ゾラは突然、真面目な顔になったかと思うと、目に力を込めリリムを見つめた。



「酔ってはリリムを口説けないから今日はホット緑茶じゃ」



 プッウゥーー



 リリムはシャンパンを盛大にゾラの顔に吹き掛けると腹を抱えて笑った。



「ゾラ。笑わせないでよ。まぁ、精々頑張りなさい。あまりに面白かったから今のはご褒美よ」



「ゾラさん。すみません。服も濡れているではありませんか。クリーニング代はお渡ししますので」

 マサムネがすぐに飛んできておしぼりで吹き始めた。


「店長さん。気にせんでも大丈夫じゃ。見てみぃ、リリムの笑顔がシャンパンのようにキラキラ弾けとるわい」



 プツッウウウゥーー



「リリム! 俺が拭いたのにお前がまた吹いてどうする? 」



「ちょ。ゾラ、少し黙っててよ。笑いすぎてお腹が痛い」


「また、ご褒美かいのう。今日のゾラちゃんは調子が良い」



 リリムはあまりにも笑い過ぎてしまい、膝から崩れ落ちても、まだしゃがみこんだまま笑っていた。



「はぁ。笑いすぎて疲れた。酔っても酔わなくても同じだからゾラも好きなの飲みなさいよ」



「まぁ。簡単に落ちてはつまらないからのう。じゃあ、氷芽ちゃんの作った氷でウイスキーを」




「オン・ザ・ロックスですね。本当は別料金ですが先程の件もありますので、今回はサービスでグラスも氷芽が冷やしたもの致します」



 マサムネは注文を取ると手早く作りゾラに差し出した。



「このチェイサーも氷芽のオリジナルになります」


「おぉ。それはありがたい。氷芽ちゃんが作る氷も冷やすグラスも、水も何故か他のとは違う奥深い美味さがあるのじゃ」



 ゾラはウイスキーを、一口飲むと噛み締めるように言葉を口に出した。



「美味い。この寒い季節ならこそ冷たいウイスキーが美味い」



「良かったわね。ゾラ。私の胸をつまみに飲むお酒は最高でしょ? 」



「何もワシは胸ばかりが好きなのではないぞ、リリムのビジュアルは勿論じゃが、話してて楽しくて、自分も若返った気になるのじゃ……」



「たまには嬉しい事も言ってくれるのね。タバコ失礼するわ」



 リリムはまんざらでもない顔をすると、細長いタバコを吹かし始めた。



 ゾラは伏し目がちになり、グラスを軽く揺すると少し溶けた氷が『カラン』っとドゥルキス内に響いた。



「鍛治職人としてワシを良く支えてくれた幼なじみの妻が亡くなってから明日で2年たつが、今だに後悔しているのじゃよ。本当にワシと一緒にいて幸せじゃったのか? 取り柄もなく毎日を火と向き合い、黙々とハンマーで武器を叩いてたワシ以外の男と結婚していれば、もっと幸せじゃったのではないか? 幼なじみで何となく一緒に成長して、何となく結婚して、何となく生活してたんじゃないじゃろうか? 」



 リリムは黙ってタバコを吹かし続けていた。



「一人になると改めて分からされるんじゃよ。あいつがいないと何も出来ないのはワシじゃったと。鍛治は出来ても家事は一切してこなかったワシじゃ。何処に何があるのかも分からんかったわい」



 リリムは上を向いてタバコの煙を吹かすと、シーリングライトに勢い良く昇った煙は、やがてゆらゆらと漂い消えていった。



「ゾラ。女を勘違いしてるんじゃない? 何も男に幸せにしてもらわなくても、自分で自分の幸せ位は分かるものよ。奥さんは長年貴方といたのならそれが奥さんにとっての幸せだったんでしょ。幸せな時は幸せな事にあまり気付かないものよ。それが当たり前みたいになるもの。あなたが鍛治職人として火と向かい、丹精込めてハンマーを打ち下ろす姿を奥さんは見ているのも幸せだったと思うわよ。唯一の失敗は感謝や愛している。って、表現をしっかりとしなかった事ね」



 ゾラはウイスキーを一気に飲み干しグラスを置くとまたも氷は『カラン』っと、音を出しては徐々に小さくなっていった。

 様子を見ていたリリムはさらに言葉を続けた。



「その氷も形あるものから水になり蒸発して消えるし、煙だって最初は目で見えるけど、だんだんと見えなくなるわ。当たり前がいつまでも当たり前な訳じゃないのよね。目には見えないけどそこには間違いなく『あった』のよ」



 ゾラは伏し目がちだった顔を上げた。



「今度は失敗しないようにじゃな。『リリム大好きじゃ。感謝してもしきれんわ。次もお前さえ良ければ、いや、次もお前と一緒に生きたい。今更すぎじゃがこんなワシにずっと付き添ってくれてありがとう。愛している』」



 リリムは優しく笑うとゾラの頭を優しく撫でた。



「やれば出来るじゃない。それを明日奥さんの墓前で奥さんの名前で言って上げなさい」



 マサムネは時計に目をやると終了の時間を告げていた。ゾラに近づきチェックを済ませるとゾラは背が小さい分、立ち上がりづらそうに椅子から離れ出口へと向かっていくと振り返った。



「リリムよ。大好きじゃぞ…………嫁さんの次にじゃがな」



 リリムはバーカウンターから微笑むと片手を振った。



「あら、私は元々No.2が似合っているし好きだわ。本命とかは重くて嫌なのよ」



 ゾラも笑顔で応え、また来るよ。と言い残しドゥルキスを後にした。



 店を出るゾラにリリムは右手を唇に当ててから離すと、手のひらに置いたkissを『ふぅ』っと、艶やかにゾラの後ろ姿に向けて飛ばした。



「何よ、マサムネ。見ているんじゃないわよ。たまにはのサービスよサービス! 」



「別に俺は何も言ってない。それにマサムネじゃなくて、店長だ」




 さぁ。時刻は21時近くになっておりここからはドゥルキスも忙しくなるお時間です。

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