第3話 ゴブリンプレイヤー

 お店の事を少しの間思案していたマサムネが煙草を消すと、着替えを済ましたリリムが控え室からバックバーにやてきては、ワインセラーから慣れた手付きでワインを取り出し開けるとグラスに注ぎ始めた。



 リリムは黒の胸元スリットセーターニットを着ており、その綺麗な胸の谷間に視線が釘付けになる客は非常に多かった。横目でリリムの一連の流れを見ていたマサムネは呆れたように軽くたしなめた。


「また、お前は始まる前から……」


「お金は払ってるわ。こんなのジュースと同じじゃない。駆けつけ一杯よ」



「もういい。それより19時になる開店の時間だ」



「お客様が来るまで何もする事ないし、四季。お話ししましょ」

 

リリムはワインをしまい、カウンター越しに四季の前に立ちお喋りを始めた。



 開店してから10分ほどでドゥルキスのドアが開いたかと思うとセイラのいつもよりも高い声が届いてきた。


「2名様入りま~す。カウンター席へご案内致しま~す」


 客が来ると四季はカウンターの椅子から降りて控え室へとトコトコ消えていった。


「いらっしゃいませ。当店は初めてでございますね」

 セイラはマサムネに目配せをしマサムネは挨拶をすると客をチェックした。



 セイラと氷芽が連れてきた2名の客はゴブリンだった。1人は若く筋肉質でもう1人は中年の小太り。



 ゴブリンたちがカウンター席に座るとマサムネは、システム表を2枚取り出しゴブリンに説明し始めた。



「ドゥルキスへお越しくださいまして、ありがとうございます。当店のシステムですが60分飲み放題メニューに限り3000円になります。女の子へのドリンクは一杯500円になり、こちらに書かれているドリンクは別料金になります。また、空いている場合に限り、女の子の指名が出来ますので、ご用の際はお気軽にお声掛け願います。混んでいる際はローテーションで女の子が付きます。何か質問等は御座いますか? 」



「いや、ないよ。今日の会計は全部俺持ちだから安心しろ」

 小太りゴブリンは慣れてそうな感じで筋肉質ゴブリンに言うと、筋肉質ゴブリンはこういう店は初めてなのか緊張からか黙って聞いていたようだ。


「とりあえずお飲み物は何になさいますか?」

 バックバーにセイラと氷芽も移動して、メニューをセイラが伺うと、筋肉質ゴブリンはおそるおそるメニューに記載されてある生ビールを指差した。



「俺もビールで。セイラちゃんと氷芽ちゃんも何か頼みなよ」

 小太りゴブリンはいかにも慣れてます。といった感じで二人にドリンクを促した。


「では頂きま~す」

「ありがとうございます」


 セイラはレモンライムを氷芽はスパークリングワインを頼んだ。


 マサムネは承るとそのままビールをグラスに注ぎ氷芽に手渡すと、邪魔にならない様に距離を離れ氷芽がビールをゴブリンのカウンターに置いた。



 同じくバックバーにいたリリムはマサムネの所まで来ては耳元で呟くと控え室に戻っていった。

「私ゴブリン苦手。次のお客様は相手するからゴブリンは二人に任せて待機しているわ」



 乾杯をしながらもバックバーから控え室に移るリリムを、筋肉質ゴブリンは凝視していたのをセイラは見逃さなかった。



「シュワルツは、ああいうセクシー系なサキュバスが好みなの? 」



 シュワルツと言われた筋肉質ゴブリンは、すぐに顔を赤くして俯いてしまった。


「セイラちゃん。こいつイケメンなのにずっとダンジョン暮らしだったから、こういう店も初めてだし女慣れしてないんだよ」



「えぇー 。もったいない。ってか、ダンジョン暮らしって何? 面白そうなんだけど」



 シュワルツは本気で恥ずかしいのか、慌てたようにビールを口に含んでから初めて言葉を口に出した。


「サ サモハンさん。あんまり言わないでくれよ」


 サモハンは豪快にビールを飲み干しシュワルツの背中を叩くと説明を始めた。



「ダンジョン暮らしってのは一種のアトラクションだよ。よく冒険者や荒くれ者がレベル上げやら興味本意やらでダンジョンに来るんだよ。俺たちゴブリンは三下の雑魚扱いされているから、勝てると思ってんだろうな。そんな奴らを逆に倒してお金を頂くのさ。何でも俺らの進化前大昔には『小鬼殺し』って、本当に俺たちを殺しまくる奴もいたみたいだけどな」



「それは平和な世の中になって良かったですわね。でもお金を奪っていたら、逆に荒くれ者になってしまいますわ? 」

 

氷芽が冷静に答えるとシュワルツは慌てて訂正し始めた。



「サモハンさん。語弊があるよ。それじゃあ僕は犯罪者みたいじゃないか。ダンジョンに入るにはそこそこ高い入場料が必要なんだ。そして僕たちを倒せれば経験値が貰える。その経験値をある程度貯めて職業認定所に持っていくと、決められた経験値以上であればその人の役職と言うか呼称が変わって、より高レベルな仕事の依頼が来たり尊敬を集められるんだ。逆に僕たちに負けてしまうと入場料の倍の料金を支払わなければいけんないんだ」



「そういうこと。このシュワルツは最高位のゴブリンだから倒せばめちゃくちゃ経験値は貰えるが、そうそう負けないからお金を稼げれたのさ」



「大家族の長男で稼がないとだったし、ダンジョン以外は知らないけどあそこが僕にとっては天職で生き甲斐だからね」

 シュワルツは眉を潜めると一瞬だけ唇を噛み締めた。


「大家族は抜きにして、と言うことはシュワルツはお金持ちかぁ」



「セイラ。最低ですわね、目がお金マークになってますわよ」



 サモハンは大袈裟に笑うとシュワルツの背中を再度叩き真剣な表情に変わった。


「こいつは本当に良い奴だよ。ゴブリンの未来はシュワルツに託されている。第一俺たちは嫌われ過ぎてないか? 」



「そんな事ないですわよ。ゴブリンの響きも『リン』を強調して上げて言えば可愛いわ『ゴブ・リン⤴️』」



「氷芽ちゃん。それ意味分かんない。逆に可愛すぎるのも良くないから『ゴブリエル』ってしたらどうかな? 」



「何かやたらと神々しくなっちまったな」



「勝手に三世とか付けとけばそれっぽくない?『ゴブリエル三世』もしくは最初に『聖』を付けて『聖・ゴブリエル』とか」


「ぽいですわね。今、気付いたのですが『ゴキブリン』とかはいかがですか? 」


「おぉ。氷芽ちゃん。『き』付けたね。なんか強そう」


「それは余計に嫌われたりしないのか?」


「僕は先祖から受け継がれている『ゴブリン』に誇りを持っているからこのままで良いよ」


 サモハンは小さく何回か頷いた。



「だな。『ゴブリン』は『ゴブリン』だ。思ったんだがセイラちゃんのエルフの耳と、俺たちの耳は似ていると思わないか?氷芽ちゃん」



「どうでしょう。セイラがゴブリンの耳を付けても稀少種エルフで可愛いと思いますわ。サモハンさんがエルフの耳を付けたら奇妙種ゴブリンだと思いますわね」


「そうか。それは嫌われるだろうな。イケメンゴブリンのシュワルツが羨ましいぜ」



「シュワルツはいつまでダンジョン暮らしなの? 」


 セイラが話を振るとシュワルツは困ったように苦笑いした。



「もうダンジョンでは暮らさないよ。と言うか暮らせないんだ」


「え? 何かあったの? 」

 セイラは空気を感じ取り真面目な表情で問いかけた。



「ダンジョンにはルールがあってね。最高位では1ヶ月間の勝率が8割を切ると強制引退なんだよ」



「でも、それはお前が後輩ゴブリンたちを庇って、怪我をしても唯一ダンジョンに居続けたからだろ」



 サモハンは慰めようとしているが、根が真面目なのかシュワルツは自分を責めているようだった。



「負けは負けさ。ダンジョンを引退しても、僕には特にやりたい事もない」

 

沈黙が続き場の空気が沈みそうになった。



 セイラは何とかしようと一生懸命話した。


「今まではダンジョンしか知らなかったんだからこれからだよ。だってこの世界はダンジョンの何倍も何倍も広いんだよ。そしたらシュワルツのやりたい事とか興味を引かれるものが絶対に見つかるよ」



「そうですわね。大体ダンジョンでずっと暮らしてたら、このお店にも来られなかったですわよ。シュワルツさんと出会えて嬉しいわ」

 

氷芽にしては珍しく感情を込めているようだ。



 やりとりを遠目に見ていたマサムネは時計に目をやり、サモハンに近付き終了の時間を知らせるとチェックを済ませ、シュワルツには柔和な笑顔で名刺を手渡した。


「職業柄、多種多様な仕事仲間が多いものですから、もし力になれる事があれば言って下さいね」




「シュワルツ。何かに本気で頑張れた人は、他の事にも頑張れるよ」


「ありがとう。セイラちゃん。けっこう元気出たよ」

 シュワルツは笑みを浮かべた。


「けっこうか~。私たちの実力不足だね氷芽ちゃん」


「そうですわね。次回までにもっと学ばなくてはいけないですわ」


「うん。シュワルツもサモハンも次回は、今日よりも良かった。って思えるようにしとくからいつでも来てね」



 シュワルツとサモハンが席を立ち出口に向かっていくと、バックバーからセイラと氷芽も出てきて頭を下げながら見送った。




「あ~ ダメダメだなぁ。何か良い感じに楽しくなってきたかなぁ。思ってたら私、シュワルツの地雷踏んじゃったよぉ」

 

セイラは椅子に座るとそのままカウンター突っ伏せた。



「そうですわよ。イケメンゴブリンの下りから何でダンジョン暮らしにトーク広げようとしたのよ」

 

氷芽は不満げにセイラに投げ掛けたがセイラから返事はなかった。



「まぁ。何事も努力だな。セイラ。ダンジョンの話をした時に、一瞬だけシュワルツさんの表情が曇ったいた。そういうのを見逃さなければ避けられた問題だぞ。お前は最初の距離感を詰めるのは上手いが、その後はノリだけだからな。あとドリンクをお願いしろ。話に夢中になりすぎだ。俺たちの店にリピーターが少ないのは、俺を含めての実力不足だ、悪いとこは認めて改善していくぞ」



 カウンター席からは気の抜けた返事だけが聞こえてきた。




 そして、また次のお客様が来られたのです

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る