第2話 ガールズバー『ドゥルキス』遊びに来て欲しい

「マサムネ。最近、お客様減ってない? 」

 開店前のガールズバー『ドゥルキス』の天井からシーリングライトを浴びているエルフであるセイラは、バッグバーのカウンターに背もたれながら、様々なボトルが並んであるガラス棚に向かってため息を付いていた。



 マサムネはセイラに視線を送ったが、すぐに戻してはグラスを一つ一つ丁寧に磨き始めた。

「マサムネ。じゃなく店長だ。ここもライバル店が増えてきたからな。内装がキャバクラ並に豪華だったり、料金がリーズナブル過ぎる店もあるし多少は仕方ない」



 セイラは頬を膨らませて、やる気無さそうにカウンターを拭くと悪態をついた。


「エルフの私はマサッ。じゃなかった店長の5倍は年上何だけど、それに少しは企業努力とかしないの? 」



 グラスを磨き終わったマサムネは、右手の人差し指を使い眼鏡を押すと、飽きてしまったのかカウンターにしなだれかかるセイラに告げた。


「適当にやるな。カウンターは俺が拭く。リピートがないのは何でだろうな? そしてお前は今から企業努力として、昨日作ったビラを氷芽ヒメと一緒に配って客を呼んでこい」



 セイラは気だるそうに姿勢を戻すと、恨めしい顔でマサムネを睨んだ。

「リピート客が来ないのは立地だよ。 中心街でも端っこなんだもん。それに今どき従業員のキャッチなんてやってないよ。なんだか氷芽ちゃんも冷たいし……」



「雪女だから当たり前だろ。場所が問題ではない。氷芽は夏には多いにリピーターを増やして売り上げに凄い貢献してくれたぞ」



「でも、今の季節は全然じゃん! 氷芽ちゃんクールビューティーだからビラ配り向いてないよ。出来たらリリムさんと行きたかったな」



「ダメだ。あいつはサキュバスだからキャッチするとガールズバーではなく、もっといかがわしいお店と勘違いされる。ここは健全なガールズバーだからな」



 セイラは長い金髪の髪を丁寧に櫛でとかすとビラを受け取った。

「ハイハイ行けば良いんでしょ。あ~やっぱり今の季節は静電気が溜まりやすいなぁ。エルフって静電気体質なのかな」


「それは『老化』だ」


「違いますぅ。このニットのワンピが静電気をためるんですぅ」



 セイラは頬を膨らませながら控え室へと向かった。



「氷芽ちゃん。店長が私と一緒にビラ配って客を呼んでこいだってさ」



 氷芽は控え室にあるテーブルに鏡を置き人差し指で目の下押さえ、ちょうどカラコンを着けている所だった。

「私は行かないわ」

 鏡越しに白銀の長い髪をポニーテールで結び、右目だけにカラコンを装着した氷芽と目が合った。シルバーのカラコンは瞳を大きくするタイプでもあったので氷芽はシルバーがちな瞳になっていた。



「雪女って基本は白目何だよね? シルバーのカラコン入れるのは賛成だけど、もうちょっと裸眼風なコンタクトでも良いとおもうけどなぁ……なんちって…………」



 氷芽はセイラの言葉を無視して再度、感情が感じられない声音で呟いた。

「私は行かないわ」



 ビラをテーブルに置くと胸の前に手を合わせてセイラは頭を下げると懇願した。

「氷芽ちゃん。お願い! 今いるの氷芽ちゃんと四季ちゃんだけなんだもん」



 左目にもカラコンを装着した氷芽が振り返るとセイラはもう一度頭を下げた。



「四季と行ったらどうかしら? 座敷わらしだからって、ずっとお店の中にいるのも駄目だと思うわ」



 ニットワンピの袖で涙を拭く振りをしてセイラは涙声で懇願した。

「ダメだよ四季ちゃん。見た目も中身も子どもだからビラ配り何かさせたら憲兵におこられちゃうよぉ。お願いだよぉ氷芽ちゃあぁぁん。今月は遅刻多かったから罰金分稼がないといけないんだよおぉぉぉ」


「それ、私に関係ないですわ」


 セイラは氷芽の手を取ると顔を氷芽の耳元に近付けて呟いた。



「ビラ配り一緒にしてくれてお客さん連れて来られたら、一週間氷芽ちゃんの好きな王室御用達店『ライ』のチーズケーキ買ってきます」


氷芽は大きくなった瞳をパチリと二回まばたきをするとセイラに手を差し出した。


「そういえば私、ちょうど外の寒気を浴びたかったのよ。セイラ行きますわよ。そのビラも寄越して下さいな」



 セイラは鏡に映る尖り耳が震えて、ニヤッと笑ってる自分と目が合った。



 氷芽の化粧と着替えが終わるのを待ち二人は控え室を後にした。



「早く行ってこいよ」


 セイラと氷芽が店内に戻るとカウンターも椅子もピカピカになっていて、活けてある花の水をマサムネは取り替えており、ドゥルキスの開店時間が近付いているのを知らせていた。



「四季、私と氷芽ちゃんはビラ配りに行ってくるから何かあったら頼むね。もうすぐリリムさんも来ると思うから」

 

セイラはカウンターのお客様用の椅子に座って、ノートに何やら書いている女の子に向かって話し掛けた。



 話し掛けられた女の子はカウンター椅子が高いのか足をぶらぶらさせて、無邪気な笑顔を見せては手を振っていた。



 セイラと氷芽が店を出ると水を取り替えたマサムネが、四季の前髪パッつん頭を撫でながらノートを覗き込んだ。



「一生懸命ノートに何書いてんだ? 」


 四季は恥ずかしそうにノートを両手で隠していたが、意を決したように目を瞑りながらノートを開いてマサムネに見せた。

少ししてから四季は目をそ~っと開けると丸い目はいつもより大きくなっており髪に手をやりながら答えた。


「うんとね。魂のこもったリリック。わらべ歌には飽きちゃった『MCザキワラ』って言うんだよ」



「お、おう『座敷わらし』から取ったんだろうけど死ぬ気で、いや『し』抜きで。って感じだな、どこの千石ちゃんだよ」



 四季の頭の上にいくつもの?が浮かんでいるように見えた。



「まっ まぁ。四季も色々と経験してきただろうが、リリックなんてのは経験談を込めた方がリアルだからな」

 四季は大きく頷くとリズムを取り出し、ブツブツ呟きながながらノートにペンを走らせた。



「おはよう」

 ドゥルキスの赤い扉が開いたかと思うと、サキュバスのリリムがコートを脱ぎながら出勤してきた。



「おはようリリム。お前その格好で寒くないのか? ってかバカなのか? 」

 リリムはコートを脱ぐとガーターベルトのセクシーランジェリーセットだった。



「最初がyesで次はNoよ。シャワー浴びてランジェリーを着けて鏡に映る自分の肢体をなめ回していたら、服を着る時間なくなっちゃったのよ」



「最初がyesで次もyesじゃねーかよ」



 リリムは四季にウインクで挨拶するとバックバーに入り控え室へと向かった。


「別にコートを着ていれば分からないし、お店にも貸衣装置いてあるから構わないじゃない」



「いやめてくれ。お前とすれ違ってきた男どもは、精気を取られて今頃は脱け殻になってるだろうよ」



「それは私のせいではないわ。勝手に吸いとられる弱い男が悪いのよ」

 

控え室のドアを開けるとリリムはマサムネに捨て台詞と投げキッスを残して入っていった。



 マサムネは少し休憩するように煙草に火を付けると深く吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出した。

「さて、あの二人はお客様を捕まえているかな?」


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