第43話 決着 4
モニターに光が広がる。青白いそれは粒子の奔流だ。それがモニターを埋め尽くした次の瞬間には実に味方機の反応が半数ほど消えていた。
「今のをあの艦がやったってのか?」
黒いセカンド・アリアのコックピットで渡が信じられないとでもいうような表情でこぼす。アレではもはや拠点に備え付けられた兵器並の出力だ。いくら大型の艦と言えどあそこまでの火力を持つなど聞いたことがない。
「やはり……。やはり五菱は、スケアクロウは倒すッ!」
五菱との戦闘区域の外れにいた渡は鞘に納めていたロングソードを引き抜き、辺りを漂う僚機の残骸からライフルをいただくと、一直線にファランクスを目指す。
しかし、ほかの機体たちはファランクスの主砲の威力に呆気に取られているようで、戦場は数瞬の間ではあるが戦闘の光が消えた。
「そこの、戦えるならついてこい!」
辺りにいた僚機たちへ指示を送り、部隊を再編する。渡はこの手のことは苦手だが、セカンド・アリアたちには自身がスケアクロウと戦っている間の時間稼ぎをしてもらわねばならない。
≪指示を≫
「3機編成で3方向から包囲、攻撃。撃墜は狙わずに時間を稼げばいい!」
周辺に残存するセカンド・アリアはちょうど9機。自衛軍の相手をしている部隊はいくらもいないだろうが渡の目的を達成するには十分な戦力だ。ここまで戦力を揃えておきながら大したダメージを与えられていないのは五菱の戦力が見かけ以上なのか予想以上にこちらの手勢が使えないのか。それも今となってはどうでもいい。
「捉えたぞ、スケアクロウッ!」
モニターがカスタムされたカッシーニを映し出す。長い戦闘でいくらか傷ついているそれは、しかし圧倒的なまでの強者の雰囲気を纏っている。少なくとも渡にはそう感じられた。
まずは手始めの一撃。腕部に装備されている多少改良された電磁ストリングを放つ。有効射程距離が大幅に伸びた攻撃にスケアクロウはまだ気づいていない。他の機体への対処で手一杯なのだろう。
「よし!」
渡の攻撃にスケアクロウが気づいたのか、回避行動を取ろうとするがすでに遅い。どう行動しようとも被弾は免れない状況だ。
***
≪鮫島さん、後ろ!≫
突如コックピットに響いた声に反応してセレンは鮫島機の方を見る。通信の状態は徐々に良くなってきており、それはセプト反応炉を動力とする機体が少なくなってきているということを示している。
鮫島の駆るカッシーニのカスタム機に向かい狙いを定めたカラスのように急接近した黒いアーリアタイプが何かを仕掛けた。それが何なのかは鮫島機から幾らか離れているセレンにはわからない。
姉のテミスの乗るリノセウスが鮫島機の盾になるような形で割って入り、背部のバインダーを盾とした。それは飛び道具の対策としては至極当然の行動だ。しかし、盾に接触したのは弾丸ではなく電磁ストリングの先端。
≪駄目だ、テミス!≫
鮫島が回避を促そうと声をかけるが、間に合わない。金属製のワイヤーを伝ってリノセウスへ電流が走る。それはコックピットの中も例外ではない。
≪あ……うぁ…………≫
「姉さん!」
≪おいセレン!持ち場離れんな!お前が抜けたら維持できねえって!≫
反射的に姉の元へ駆け寄ろうとするセレンを常盤が抑える。ただでさえ数で負けているのにここでセレンに抜けられては戦線維持などしようがなくなってしまう。
「でも!」
鮫島のスケアクロウがライフルでワイヤーを切断するが、攻撃の主、黒いセカンド・アリアは攻撃をやめない。ライフルを連射し、リノセウスが動く隙を与えない。バインダーで受けざるを得ないリノセウスだが、防御用に設計されているとはいえロードの携行武器を受け続けるほどの防御力は持たない。バインダーはビームの熱によって変形し、穴が開き、守っていたリノセウス本体にまでダメージが及んでしまう。
≪テミス!下がれ!≫
≪無理です。主砲の衝撃にやられてだいぶ損傷してますから。このまま守らせてください≫
リノセウスを下がらせようとする鮫島を制し、スケアクロウの盾になる形で前進をする。全速力で前進を始めたリノセウスは、損傷して出力が落ちているとはいえあっという間に黒いセカンド・アリアへと近づいていく。
≪待て!死に急ぐなど……!≫
リノセウスの動きに合わせる形でスケアクロウも動き始める。しかしそれは鮫島が牽制していた敵機が自由になるということだ。これは五菱にとって非常にまずい。
≪滝沢!友軍の状況はどうだ?≫
≪先頭はすぐにでもこちらに着きそうだ。彼らには伝えてある≫
ファランクスから友軍である自衛軍の位置情報が送られてくる。目視で確認した座標を手入力で入力しているため大雑把ではあるが、それでも友軍の動向を知れるのはありがたい。
≪セレン、常盤君。艦を頼むぞ≫
艦からのデータでは自衛軍の機体が3機ほど、あと十数秒あたりのところまで来ている。その十数秒の間リノセウスが撃墜されないとは限らないが、これで多少は常盤やセレンにも余裕が出る。
「援護が来たら姉さんのところに行かせてください」
≪ならせいぜい俺が死なないように祈ってくれ。どっちにしろここを抜かれたら後がないことに変わりないんだからな≫
常盤機が近接戦闘を仕掛けてくる敵機の攻撃をロングソードで受け止めつつ、動きの止まった自機を狙うもう1機をライフルで牽制する。そこに間髪入れずにセレン機がランスで鍔迫り合いをしている敵機を仕留めにかかる。
が、敵も簡単にやられるというわけにはいかないらしい。先ほどまでの捨て身の戦術とは違い、生存重視に切り替えたようで素早く身を引いた。そして今度は3機目のセカンド・アリアが遠距離武器を持たないセレン機への射撃を開始する。
≪さっきよりやりづらくなってるな≫
「こんな小手先の連携で!」
セレンは平静を保つよう心掛けるが、姉が気になって仕方がない。一刻も早く目の前の敵を撃破して満身創痍の姉の元へ駆けていきたい気持ちでいっぱいだ。
そんな焦燥感にとらわれつつあるセレン機のコックピットに、いや、五菱の機体すべてにある機体からの通信が届いた。
≪五菱諸君、お待たせした。自衛軍が援護に入る!≫
***
自らの損傷など気にも留めない動きで、ワーカータイプが突撃してくる。渡は後退しつつライフルでそれを狙い撃ちにするものの、一向にスピードすら落としてくれない。乗っているパイロットの運がいいのか、コックピットや炉に致命的なダメージを与えられていないようだった。
「ワーカーの癖に硬過ぎだろうがッ……!」
ライフルでは時間がかかりすぎると考え、連結剣に切り替えた渡はその特性を十分に生かし、中距離からリノセウスを斬る。鞭のようにしなりながら叩きつけられたそれは機体へのダメージもさることながら、衝撃によってパイロットにもダメージを与えている。
「来いよ、スケアクロウ!」
体勢を崩したリノセウスへ急速接近し蹴りを加えると、その後ろからリノセウスを追ってきていたスケアクロウに連結剣の突きを放つ。内蔵されたワイヤーによって射程が伸びたそれはスケアクロウを確実に捉えていた。
≪これ以上うちの若いのを傷つけさせはせん!≫
「どの口がそれを言う!」
連結剣はスケアクロウの盾によって受け流され、反撃のロングソードがセカンド・アリアを襲う。しかし、それをただ食らう渡ではない。ライフルを犠牲に攻撃をかわすと、機体の装甲がへこみかねない勢いでスケアクロウへと体当たりをした。
≪貴様とはここで決着だ!≫
「まともに勝とうなど……!1部隊、こちらの援護をしろ!」
それなりに経験を積んだロード乗りであることを自負している渡であるが、スケアクロウに正面から挑んで勝てるなどと思い上がってはいない。これまでの戦闘でそれは嫌というほど学ばされた。
だから渡は唯一勝っている数の有利を押し付ける選択をした。攻撃の手が増えるというのはそれだけで相手に対する圧力になる。ましてセカンド・アリアに乗るパイロットたちはその辺の傭兵よりよっぽどな能力を有している。
≪そこまで私を仕留めることにこだわるか!≫
「そうさせているのはお前だ!」
渡の指示に呼応して最も近い部隊が援護に入った。ライフルによる牽制射撃によりスケアクロウの動きを制限させつつ、自らは近接戦闘を仕掛ける。幸い渡のセカンド・アリアは連結剣によって通常の近接武器に比べ距離を取って戦うことができる。味方の援護射撃を受けつつ戦闘が可能だ。
「まずは左腕!」
動きの鈍り始めたスケアクロウの左腕を狙い連結剣を伸ばす。いくらその名を轟かせたパイロットと言えど終わりの見えない戦いをまともな休憩なく続けているとなれば動きに鈍りが見えてくる。スケアクロウとて人だ。
伸びた剣先がカッシーニの左腕を確実に捉えた。はずだった。
≪敵増援確認。ヴォイジャー1、珀雷2。指示を≫
「なんなんだ!もう少しのところで……!」
僚機からの通信とほぼ同時に連結剣の軌道が何かに弾かれたように変えられた。その何かを放ったものの方を見ると、そこにあったのは紅いヴォイジャーであった。
***
紅いヴォイジャーが黒いセカンド・アリアに肉薄する。その後を追うように現れた2機の珀雷が援護のセカンド・アリア3機を抑え込んだ。
≪鮫島!≫
「四宮か。助かる」
体勢を立て直したスケアクロウがリノセウスを下がらせつつ、背部のサブアームを展開し、保持していたサブマシンガンを左腕に持ち替えた。
「この黒いのは私が相手をする。四宮たちは向こうの戦線を頼む」
≪あなたの機体もかなり損耗してないか?俺だけでも……≫
「増援がくるんだろ?なら常盤君たちの方を頼む。ついでにあの目障りな3機を引き付けてくれれば助かるが」
≪了解。左記、右井、聞こえたな?あの3機を仕留めて別の場所の援護にいくぞ≫
数度切り結び、一度距離を取った紅いヴォイジャーは援護射撃をするセカンド・アリアを抑えていた僚機に合流して攻撃を開始し始める。数は同じ3機であるが、連携を生かした攻撃で敵を圧倒するその動きを見れば、心配の必要はないだろう。
「さて。正真正銘、ここからが私とお前の最後の戦いだ」
仕切り直しと言わんばかりに追加装甲をすべて外し、本来のカッシーニの姿となったスケアクロウが相対するへとその剣先を向けた。
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