第42話 決着 3
艦とロードが入り乱れる主戦場。数と性能に物を言わせて押していたセカンド・アリアたちは開戦当初と比べ、戦術や動きに精彩を欠いていた。守りの薄い箇所、比較的練度の低いパイロットの機体を狙った攻撃を仕掛けていたものが、いまでは力任せに突破を図っている。それは別動隊として五菱が送った戦力が敵指揮官機を無力化したためか、五菱側と違い艦を持たないため一切の休憩なく戦い続けているゆえ疲労しているからか。どちらであろうと、とにかく戦況は五菱側にほんの少しだが有利に傾き始めていた。
そのような状況で五菱の艦、ファランクスから信号弾が上がった。それはこの膠着した状況を変えうる作戦の開始を合図するもの。当然信号弾は友軍にも見えている。
「艦長、見えたな?」
苦戦している友軍の援護に入りつつ包囲網の突破を図っていた四宮が母艦に近づきつつ艦長へ問う。戦闘に入る前に行った事前打ち合わせで説明のあったプランの1つを実行に移そうという合図を見逃したものはいないだろうが、念のためだ。
≪ああ、バッチリだ。この状況、少しの犠牲は覚悟せねばならんがその分リターンも大きいというものだ≫
今から実行するプランは五菱と合流しなければ友軍にすら被害が及びかねない。とはいえ、包囲網を突破して合流するわけだから後ろに敵を引き連れることとなる。これはこれで作戦上都合がいい。
「俺たちが突破口を開く。五菱も呼応していくらか合流しやすくはなるはずだ」
≪では殿は棚坂の班にさせる。前は任せたぞ≫
艦と僚機が陣形を変えていく中、四宮が駆る紅のヴォイジャーが五菱の艦への道を阻む敵機へと急接近する。そのすぐ後ろに2機の珀雷がそれぞれ、ビームブレードとライフルを手に追従する形をとっている。珀雷の標準装備である打ち刀を装備していないのは四宮のヴォイジャーと武装を使いまわせるようにするためだ。規格が同じのため必要に応じて部隊内でやりくりできるように、ということだ。
「了解。右井、左記。まだいけるな?」
≪問題ありません≫
≪こちらも、まだまだいけますよ≫
四宮機が振り下ろしたビームソードが手負いのセカンド・アリアを襲う。消耗したセカンド・アリアは盾でそれを受けきるが、そこへ左右に回った二機の珀雷がライフルでとどめを刺す。セカンド・アリアは回避行動を取ろうとするが、疲労によって動きに精彩を欠いた状態ではそれは叶わない。
「それじゃあ、行くぞ。俺たちで包囲を突破する!」
***
「セレン!鮫島さん!」
≪ええ!≫
≪了解した≫
ヴォイジャーを駆る常盤の声にセレンが応え、互いのポジションを入れ替える。そしてそれに合わせてスケアクロウも前へ出る。
格闘戦、射撃戦ともにバランスの良い常盤が敵の注意を引き付け、近接戦闘に長けたセレンが仕留める。その他敵の牽制は艦の対空防御と鮫島のスケアクロウ、テミスのリノセウスが担当だ。
今そのポジションを変えたのは、ヴォイジャーの補給のためだ。一番激しい攻撃に晒されるポジションにいるヴォイジャーは応戦するだけで推進剤と弾薬を消費し続ける。推進剤が切れてもリアクターから生成される反重力を利用して動けないことはないが、動きが単調になってしまう上に繊細な操作が要求される。そのため定期的に補給しなければ長期戦闘は不可能なのだ。
≪このままではらちが明かないぞ、艦長≫
≪分かっている。少し待ってくれ。……各員へ、主砲を使う。主要部以外の電力をすべて主砲へ回せ!信号弾発射の10分後に友軍側に回頭、敵を一掃するぞ!≫
艦長である滝沢が部下へ指令を下す。それはファランクス艦首近くに設置されている主砲の使用準備。
なぜこのような過剰な火力を乗せる必要があったのかと開発責任者を問いただしたいが、今はこの武装に感謝せざるを得ない。この武装は一撃で戦況を変えうる。
「10分持たせればいいんだな?艦長」
≪ああ、やれるな?≫
補給を終えた常盤のヴォイジャーがカタパルトを使わずに格納庫から出撃する。応急とはいえ損傷個所を修理したものの、肩部シールドはもはや形を成していないためパージされ、真四角なバイザーの下に動く3つのセンサーの内1つが死んでいる状態だ。
「やれと言われればやりますよ。セレン、交代だ。鮫島さん、テミス。援護よろしく!」
艦から脚が離れたヴォイジャーはセレン機を援護する形で戦線に戻りつつ、そのポジションを交代する。敵の動きは確かに疲労が見て取れるものになりつつはあったが、個人の腕前がひっくり返ったわけではない。連携が乱れた瞬間に守りは崩れてしまうだろう。
≪常盤君、撃破は考えるなよ。あくまで10分間を守り切る。これが目的だ≫
「分かりました。セレン、俺から離れるなよ」
≪了解しましたー。常盤さんも偉くなったものですね≫
≪今回は常盤さんが一番頑張っているのですから大目に見てあげなさい、セレン≫
相も変わらず常盤には棘のある物言いをする姉妹に小さくため息をつくと、「口よりも手を動かしてくれると助かるんだけど」と大きなひとり言を姉妹に向けた。
***
上下から残った最後のセカンド・アリアを逃すまいと2機の珀雷が斬りかかる。他の僚機と違い刀身がビームのそれは、ただのロングソードでは致命傷を与えるに至らなかったセカンド・アリアの装甲を溶かし、切り裂く。続けて紅のヴォイジャーがとどめとばかりに正面から胴を蹴り、そして吹き飛ぶその機体にライフルを数発撃ち込んだ。
「これで敵は蹴散らしたな?」
≪進行方向の敵機、完全に排除完了。ほとんどが両脇へ逸れていきました≫
≪五菱の援護もあったとはいえこうもうまくいくとは≫
五菱の援護を受けて合流までのルートを何とかこじ開けた四宮たちはそこを通って合流できようかといったところまで進む。しかし左右、そして後方からは敵機が追いすがってきている。このまま合流しただけでは状況は好転しないだろう。
≪各機、上昇開始!≫
母艦からの通信が入る。各艦がレーザー通信を使用して各リーダー機へ送っているのだろう。それと同時に艦を含めた全機が急上昇を始めている。
「右井、左記!」
≪やってますよ!≫
≪こちらも≫
四宮たちも遅れずに上昇する。その時視界の端に急速にこちら側へ回頭し始めたファランクスが見えた。その艦首の装甲の間からは粒子の光がわずかに漏れているのが遠目でも確認できる。
「粒子砲を発射したのか!?」
四宮が驚愕の声を上げるのと、ファランクスが主砲を発射したのはほぼ同時だった。
***
「まもなく回頭完了。主砲、出力50%まであと20秒!」
クルーの一人が叫ぶように報告する。ブリッジを見渡せるよう室内の中心かつ少々高い位置にある席に座る滝沢がすぐさまそれをパイロットたちへ伝えるよう指示を出す。今のところは順調だ。友軍はうまい具合に敵を引き付けてくれているし、こちらの損害も比較的軽微だ。しかし、こういう時こそ思いもよらぬトラブルが起こるものだ。それはいつも、まるで誰かが図ったかのようなタイミングで起きる。
「社長!艦首部の装甲に異常!展開できません!」
「なんだと!?」
覚悟はできていたとはいえ虎の子の兵器が使えないかもしれなくなるほどのトラブルに、滝沢は思わず席を立ちかけた。しかし、まだあきらめるわけにはいかない。座り直すと各員に指示を飛ばす。
「主砲の出力を55%で撃つ。その間に何とかならんのか?」
「ダメです!こちらからの操作では……。物理的に展開する以外無理だと思われます」
「しかしそんなことをしていたら主砲のエネルギーは……」
ファランクスに備え付けられた主砲は、その圧倒的な火力と引き換えに艦のいくつかの機能を停止させなければまともに稼働さえできない。それに加え、一度チャージし始めれば発射しなければこちらが自壊するという欠陥兵器もいいところな特徴を備えていた。
しかし、装甲を展開せずに撃てば艦にダメージが入ってしまう上に拡散してしまうだろう。
「出力55%まであと数十秒といったところか……」
滝沢の表情はさらに険しくなる。いまブリッジにいる人間ではどうしようもない問題だ。今から整備班を向かわせても到着すらできないだろう。仮に到着できたとしても主砲のエネルギーは発射しなければならない。その余波の中で生存は困難だ。
出力が限界になるまで発射を待ち、その間に解決できないかとも考えるが駄目だ。それだけ引き延ばしてしまえば友軍の被害が甚大になり、作戦が成立しなくなってしまう。
幾つもの案が滝沢の頭の中で浮かぶが、解決策と呼べるものはいまだ見つからない。
≪社長、私が行きます。リノセウスなら外部からの操作も行えます≫
「テミス、しかしだな……」
いつからその話を聞いていたのか、リノセウスに乗り艦上で迎撃をしているテミスからの通信が入る。確かにリノセウスならば可能だが、発射までに作業が完了できるかどうかは分からない。もしかすると主砲の砲撃に巻き込まれる可能性すらある。
≪もう遅いです。向かってますから。……到着しました。作業を開始します≫
彼女の声が聞こえたと同時にブリッジ付近を通り過ぎていくリノセウスが視認できた。確かに現状最も素早く艦首に向かえるのはテミスのリノセウスだ。他の機体は艦を守っているとはいえ持ち場を離れては艦を守り切れないし、その点もともと艦上で支援行動をしていたリノセウスが適任ということだ。
渋々テミスの提案を滝沢は飲むが、納得はしかねる。ワーカータイプを操縦できるまでに回復しつつあるとはいえ彼女はまだ怪我人なのだ。
「わかった。無理はするなよ。あと30秒。やり方は分かっているな?」
≪ええ、もちろん≫
艦首に到着したリノセウスは迷いなく装甲の展開作業を開始する。テミスはパイロットではあるが、セレンと比べ勤勉な性格が影響してか艦の整備も度々手伝っていた。「自分たちの帰る場所なのですから手入れの仕方は覚えないと」とは彼女がその時口にしていた言葉だが、不幸中の幸いか今回はその経験が生きている。
「エネルギー充填率53%!社長!このままではテミスさんが!」
「分かっている!装甲の展開状況は!?」
「第1から第3ブロックの装甲展開完了確認。残るは第4ブロックの装甲のみです!」
「充填率54%!発射準備完了してます!」
「テミス!」
≪私は大丈夫です!このまま撃って!≫
最後の装甲に取りついて作業をしているテミスが、迷う滝沢へ決死の表情で通信を送ってきている。
≪今を逃せば作戦が失敗するわよ!≫
テミスの言う通りだ。今を逃せば敵を一網打尽にするという今回のプランは台無しになってしまう。作戦のためならば多少の犠牲も払わねばならない場面もあるということだ。頭の中では分かっていたが、それに直面するのは今回が初めてだ。部下に死ねと言わねばならない事実は、滝沢の頭の中に形容しがたい感情を生んだ。
「……。主砲、撃てッ!」
それを振り払い、意を決した滝沢はクルーに指示を下す。火器管制を担当するクルーは躊躇いを含んだ目で滝沢を見るが、「責任はすべて自分が取る」という意味を込めて頷いて見せた。
「出力55%、主砲発射!」
その言葉が聞こえると同時に青白い粒子の光が、その姿を露わにした主砲から放たれた。
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