第41話 決着 2

 東条は17歳まで、少し人よりも手先の器用なだけのただの高校生だった。佐伯という親友と呼ぶにふさわしい友がいる、少しだけ幸運なただの高校生だったのだ。佐伯は体が弱く性格も穏やかであったが、航空ファンという共通点から東条とは馬が合っていた。

 しかし17歳の夏、些細なことが原因で二人は大喧嘩をしてしまう。


「だから!何をしようと俺の自由だろうが!」


「そういう物言いが身勝手なんだってなんで気づかないんだよ!」


「何を分かったような口を……!」


 それが二人の最後の会話。喧嘩の後、東条は佐伯を避けるようになり、佐伯はほどなく大病を患い入院した。妙に頑固だった東条は一度も彼の見舞いに行くことはなく、次の年の春に佐伯は息を引き取った。彼との別れは今も東条の中にしこりとなって残っている。


「佐伯……。責任の伴わない自由は身勝手……か」


 東条は今一度敵機を見据える。敵、メイオールとそれを守る2機のワーカータイプ。それは左腕を失ったヴィルヘルムにとっては少し荷が重い。


≪戦いに集中しろ!≫


「言われなくとも!」


 ヴィルヘルムに2機のワーカーが迫る。片腕を失った以上同時に攻撃を受ければ防御しきれない。相手の手数を減らすか、本命を叩くかして状況を少しでも好転させなければならないだろう。しかし、ビーム兵器主体のヴィルヘルムではビーム偏向装置を持つメイオールを叩くには近接戦闘を仕掛ける必要があり、それを実行するには周りのワーカータイプが邪魔だ。となれば、実行すべきは前者。


「雑魚を倒してから本命を叩く!」


≪さあ来い!≫


 2機のワーカーを主軸とした攻撃を仕掛けるメイオールのパイロット、アルテ。ワーカーが付かず離れずの距離から攻撃させ、ヴィルヘルムが仕掛けて来ようものならメイオールからの援護射撃でそれを制す。まさに鉄壁だ。ワーカーを2機落としてしまったのは迂闊だったが、このまま消耗させられれば負けは確実。何か策を考えなければ彼女の思う壺だ。


「あれだけの図体、その死角をカバーするためのワーカー……。そうか、それならば!」


 強引にメイオールに近づけば、ビーム偏向装置による迎撃はされない。近づくまでが苦労するわけだが。

 図体の大きいメイオールは近接戦闘の距離まで近づかれれば、その大きな腕を振るうか、ワーカーに頼るしかなくなる。ワーカーもメイオールに弾丸を当てぬよう慎重にならざるを得ないため、ワーカーも必然的に近接戦闘の距離に入ってくるはずだ。

 そう考えた東条はすぐに行動を起こす。常人なら数秒と経たずに目を回してしまうような3次元的な動きでワーカー、そしてメイオールの迎撃を避けつつメイオールに接近するヴィルヘルム。装甲の表面は接敵時と比べ焼け焦げ、抉れ、所々熱影響で溶けたような箇所すらある。そのような苛烈な攻撃の中で、それでも腕1本で済んでいるのは運がいいとしか言いようがない。


≪くっ……!なぜ当たらない!≫


 ワーカー2機がメイオールに触れさせまいと脚部にビームの刃を纏わせ、接近する。予想通り、とばかりに東条は笑う。少しでも気を緩めてしまえば撃墜されてしまうであろうこの状況で、自然とこぼれた笑みだった。相手の動きを完全に掌握できている、とすら感じる。

 ワーカーを相手にしない、といった雰囲気の挙動をヴィルヘルムに取らせて、まず1機のワーカーの脇をすり抜ける。ワーカーの刃が機体のすぐ後ろを切ったのがサブモニターに映った。


「当たってたまるかよ!」


 2機目のワーカーが迫るヴィルヘルムに合わせるようにして蹴り上げる。ヴィルヘルムの速度ではそれを躱すだけの時間がない。しかしこれも織り込み済み。片腕のシールドでビームの刃を受け、その勢いを借りる。ワーカーの頭上を側転するようにして飛び越えたヴィルヘルムはその間に胸部のビーム砲でワーカーを貫く。正確には照射時間が足りず貫くには至らなかったが、それでも胴体の半ばまで4本のビームが達する。それはワーカーが機能を停止するには十分すぎるほどのダメージ。


「くッ……!ぐぅぅぅ!」


 経験したことのないほどのGが東条の体を襲い、意識を失いそうにさえなる。すでにかなり消耗している東条だが、そのまま意識を手放したいという欲求を抑え込み自身に活を入れる。


「もう一発!」


 シールドライフルの銃口をを先ほど無視したもう1機のワーカーへと向ける。正確に狙っている暇はない。掠ろうが直撃しようが戦闘不能になる大火力の一撃を放つ必要がある。

 一瞬のうちにおおよその狙いをつけて放ったそれはワーカーの右わき腹付近に着弾。いや、掠めた。しかし、ワーカーの4分の一ほどの大きなビームの塊はワーカーの右半身を削るようにして通過し、そしてワーカーは小爆発を起こして機能を停止した。


≪ええい!≫


 すぐさま体勢を整えると同時に、メイオールがその巨大な腕を突き出してきた。予想していたよりも反応速度が速い。


「チィッ!」


 シールドで何とか受け流そうとするものの、圧倒的な質量差でシールドごと機体が持っていかれそうになる。東条は咄嗟に残った右腕の接続を切り、何とか機体の大破を免れた。メイオールの腕が脇を通り過ぎていき、パージした腕がバラバラになっていくのがサブモニターに表示される。


≪いくら近づこうとも!≫


「うるせえ!」


 メイオールはその大きさから、至近での攻撃に対する迎撃手段を持たない。しかし、それはオーバードアーマーを纏っているからであって、それを捨てるのであれば本来のロードとしての戦闘は可能だ。

 メイオールの胴体のいくつかの装甲が内側から吹き飛び、中のコアが露わになる。様々なセンサーを複合したような頭部に必要最低限の装甲。メイオール・コアとでもいうべきその機体は装甲がほとんどなくフレームがむき出しだ。両腕にあるレーザー通信用機器、迎撃用として装備している小さなサブマシンガン以外には何もなく、そのコンセプトが情報処理、オーバードアーマーのテストベッドというのが見て取れる。

 メイオール・コアはアーマーをパージすると、垂直に上へと逃れることによってその場を離脱する。その数瞬後に両腕を失ったヴィルヘルムの胸部のビーム砲がメイオール・コアがいた場所へと放たれた。


≪こうなっては!≫


「奥の手かよ!」


 距離を保ちつつヴィルヘルムへサブマシンガンを撃つメイオール・コア。しかしロードとして最低限の機能のみを持たされた機体では、両腕を失い消耗しているとはいえ高速戦闘を目的にカスタマイズされているヴィルヘルムを振り切るだけのスピードがない。その性能差を埋めるべくメイオール・コアはデブリ帯へとその身を隠す。スピードで勝てないため意表を突いた攻撃で撃破するつもりなのだろう。


≪しつこい……!≫


 一度姿を隠そうとするメイオール・コアにしつこく食い下がるヴィルヘルム。それを操る東条は障害となるデブリを足場にして、逆に加速していく。とはいえそこら中に浮かんでいるデブリをすべて把握するのは不可能なため、デブリ帯を移動しているにしては速いという程度ではあるが。

 とはいえメイオール・コアを見失わない程度の速度を保っているヴィルヘルムは、一瞬障害の少ないエリアに入ったのと同時に仕掛ける。


「いい加減!」


≪チッ……≫


 サブマシンガンで飛び掛かるヴィルヘルムを狙うメイオール・コア。しかし、ヴィルヘルムはそれを意に介さないといった速度で弾丸をその身に受けながら迫る。弾丸は胴体など装甲のある部分には大したダメージを与えるには至らないものの、比較的耐久性のない頭部には有効だったらしく、メインセンサーを守るカバーを破壊し、センサーに致命的なダメージを与えた。

 それでもヴィルヘルムは止まらない。メイオール・コアを蹴り飛ばし、追撃に胸部ビーム砲を叩き込む。


≪ぐっ……。貴様!≫


 吹っ飛ばされたメイオール・コアはデブリの1つへと激突し、その動きを止める。コックピット内ではアルテが負傷したのか、苦し気な声を上げた。


「俺の……勝ちだァァァッ!」


 ビーム砲によってメイオール・コアは左腕を残して四肢が切断される。メインセンサーが死んでいるせいか、狙いは精彩を欠いており、切断した後も青い粒子が空を切っていた。



***



 メイオール・コアのコックピットが開かれる。そしてその外にパイロットスーツの男の姿がある。いつか見た光景だ。


「私はまた負けたのか」


 コックピットの中でメイオールのパイロット、アルテが呟く。オーバード級の性能をもってしてもロード1機にかなわなかった。それも一介の傭兵に。

 それは彼女の今までの人生を否定されたようなものだった。拾われてから戦闘に特化した存在となるべく育てられた彼女にとって、戦場で勝利することこそ存在意義。それが得られなければ意味がない。


≪この戦い、それは俺の勝ちだ。だけどよ……≫


 逆光で顔は見えないが、目の前のパイロットがアルテのヘルメットに何かをペタリと貼る。彼女のヘルメットは戦闘の衝撃でヒビが入っていたらしく、それを保護するための応急処置をしたのだ。


≪俺も色々考えたわけよ。確かにお前の言ったことも一理ある。俺は身勝手だ≫


 そのパイロット、東条はアルテをもはや動かなくなったメイオール・コアのコックピットから手を引いて出してやると続ける。


≪今の居場所はそれを分かってくれている人がたくさんいて、だから俺もそれでいいって思ってた。だけど、俺の勝手のせいで中途半端に終わっちまった関係もある。もう取り返しのつかない程時間が経っちまってるが……≫


「結局何がいいたいんだ?」


 はっきりしない物言いの東条にアルテはしびれを切らして問う。彼が自ら導き出した答えは何なのかを。


≪まず、俺はお前に勝った。だからお前は俺についてこい。その戦争のことしか頭にない考え方を変えさせてやる≫


 アルテは彼との会話を思い出す。"自由"という言葉にこだわる彼にとってアルテは義務や生い立ちに縛られているように見えたのだろう。


≪次に、俺は今まで放棄していた責務を果たす。まあつまり生き方を変えるって宣言だな。今まで逃げていたことに向き合っていくって感じか≫


 逆にアルテには東条は自由という言葉を盾に様々なことから逃げ回っている男、というふうに見えた。


「"身勝手"なお前にできるとは思えない。その言葉が果たされるか、見物だな」


 気まぐれなのか、その時のアルテは東条という男の言葉に付き合ってやってもいいと思った。なにもかもが自身と違うこの男がどのように生きていくのか、興味を持ったのかもしれない。

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