第40話 決着 1

「お前も邪魔をするっていうなら……!」


 ミハイルはモニター越しに姿を確認した白い機体を睨む。初めて出会った時と比べいくらか機体のシルエットが変わったような気がするが、印象は変わらない。不気味で、しかしどこか既視感のある佇まいだ。


≪――――≫


 通信回線を介したノイズとともに白い機体が動く。右腕を機体の目線の位置まで上げると、背部の装備が展開して平たい円筒状の装置がいくつか白い機体の周りに漂い始めた。


「ライサさん、何か来る……!」


 直感的に何かを感じ取ったミハイルはライサに警告する。しかし、それはライサも分かっていたようで。


≪分かってる……わよ!≫


 少々辛そうな声で返答するライサ。その声色にミハイルは不安を覚えるが、それ以上考える前に敵が動く。

 

「クソ!俺の方に攻撃してこい!」


 白い機体の2つのアイセンサーが光ると、周りの装置がまるでそれぞれに意志を持っているかのように動き始めた。レグルス・ベルセは手元に残ったショートソードにエネルギーを最大まで送り、単身突撃を敢行する。


≪ちょっと、ムーンレットはあなたひとりじゃ!≫


「ライサさん、薬の量増えてるでしょ?俺が食い止めるから、その隙にチャチャっと薬飲んじゃってくださいよ」


 白い機体が放出した装置が意志を持ってベルセへと向かう。それに構わずベルセは白い機体へ肉薄する。ワーカーの腕大の大きさの装置はその片側が銃口のようになっており、それがベルセの方を向いている。それは粒子の光をたたえると、それを放った。間一髪でそれを感知したミハイルは急な機動で回避に成功するが、見えづらい敵の装備の威力と効果を十二分に痛感した。異様な兵器だが、当たり所が悪ければ一撃で撃破されるだろう。

 しかし、これで自身は大丈夫だとライサに行動で示せたはずだ。


≪余計なお世話!≫


 ファルケに乗るライサが彼女なりの感謝の言葉を返すと、身をひるがえして近くのデブリ帯へその身を隠していく。ミハイルの言った通りここ最近のライサの体調は決して良くない。そして戦闘中に発作が来てしまえば自分だけでなくミハイルの脚を引っ張ってしまうのは誰よりもライサ自身が分かっているはずだ。だから素直に引き下がった。


「さて、お前は俺の相手をしてもらうぞ!」


 ライサの発作は戦闘はおろか日常生活にすら支障をきたすレベルのものだ。一度起こってしまえば戦力としては使い物にならなくなってしまうし、何より戦場で動きを止めることは死に直結する。その最悪の事態を回避するためにもライサには一度退いてもらう必要があった。

 

「ムーンレット……、見覚えがある!」


 先ほどからそれぞれが独立した動きをし、ビームの粒子を撃ってくるムーンレットと言うらしい装置。その攻撃を避けるたびに記憶が戻ってくる。昔被検体として生かされていた頃の記憶だ。昔は大分大きい装置であったが、遠隔操作できる武装の試験が行われていた。その時は大きな盾のような形状や、槍のような刺突に長けた形状をしていたが、その時から随分と進化を遂げている。それなりの使い手が使えばまさに一騎当千ともいえる戦果を挙げるだろう。

 そんな兵器が今ミハイルを攻撃している。四方から何の予兆もなくビームの光が襲ってくるのだ。彼はその攻撃を寸でのところで何とか躱している。と言っても何発かは避けきれずにかすり傷程度ではあるが損傷を負う。


「これくらい、出力を上げれば!」


 ベルセに内蔵された炉の性能を十分に発揮できるほどに出力を上げると、機体の所々から粒子の光がさらに漏れる。青色だったそれは徐々に色を変え、ついには血液のような深紅へとなった。それと同時にサブモニターに文字が表示される。


≪出力の規定以上の上昇を確認。フェイズ2に移行≫


「いきなり何の話だよ!?」


 機体からのメッセージに困惑しつつも、十分に接近したベルセは紅色に染まったショートソードで白い機体のコックピットを狙った鋭い突きを放つ。しかし、それは予測されていたかのような動きでいとも簡単に避けられてしまう。身を回転させるようにして避けた白い機体はそのままカウンターの回し蹴りを放つ。ベルセは右腕を盾替わりにして即座に防御態勢をとるが、勢いの乗った蹴りの威力を殺しきることはできなかった。


「アウスト……リウス……ッ!」


 蹴りによって吹き飛ばされる直前、白い機体の頭部側面に刻印されたそれをミハイルは思わずつぶやいた。 




***




「ムーンレットの運用データ、アウストリウスの運用データ、メイオールの運用データ……。これだけ揃ってもまだ足りないというのか!」


 戦闘区域からはそこそこ離れたデブリ帯の中にロード3機は積み込めそうな大きさの輸送機が、デブリに紛れるようにしてあった。その中でキールがモニター越しに映る機械のように表情のない男に怒鳴る。彼は手元の計器類が破損しかねない程の勢いで拳を叩きつけた。


≪被検体同士の交戦データが必要だ。どちらかが撃破されるまでのな。従わなければアウストリウスにはこちらからが?≫


 一瞬キールの反応を面白がるように男は口元をゆがめた。キールはその言葉と表情の意味を理解してそれ以上の抗議をやめる。ここでこれ以上反抗したところで、状況は好転しない。

 キールが大切に扱っているアウストリウスのパイロット。それは少々特殊な状況下にあり、"上からの指示には従わざるを得ない"。それならば素直に従った方が利口というものだ。


「……分かっている。指示は私からする。余計な手出しは無用だ」


≪データは随時送信しろ。以上だ≫


 まるで返答が分かっていたかのように、キールの返答にくぎを刺すと通信の主は一方的に通信を切った。暗くなったモニターに向かってキールは思わず拳を突き出す。


「私たちが下手に逆らえないのをいいことに……!ふざけるな!」


 怒りを抑えつつ、アウストリウスへ回線をつなぐ。


「すまないが、戦闘続行だ」


≪……≫


 パイロットは返事をしないが、キールは続けた。彼の声色は徐々に感情がこもっていく。


「だがこれきりだ。なにがあっても。そう、何があってもだ」



***



 レグルス・ファルケがデブリ帯に漂う岩石の一つに脚をつける。それと同時にそのパイロットであるライサはヘルメットを脱ぎ捨て、息苦しさをどこかに追いやるようにして深呼吸を何度もした。


「はぁっ……はぁっ……」


 遠くにはいまだ戦闘の光が輝いている。始まったばかりのころに比べいくらかは落ち着いているが、それでも激しい戦闘が続いていることは遠目に見ても明らかだった。

 ライサは息を整えつつ発作を抑える薬を取り出し、飲み込む。プラスチックの容器から幾らか錠剤がこぼれるが、そんなことを気にしてはいられない。


「機体状況は……。各部損耗率およそ11%、リアクターは正常に稼働。残弾は……よし。まだいける」


 サブモニターを操作し、ファルケの状況を確認すると次は周囲の確認に移る。デブリに着地する際に一度行ったが、姿を消したバランの件もある。どこから敵が出てきてもおかしくはない。

 ファルケの左肩に装備された有線式光学センサーを射出し、ファルケ本体からは死角となっている部分の索敵を行う。本来はトリニティによる射撃を観測するためのものだが、ある程度の索敵性能も兼ね備えているためこういった場面でも役に立つ。


「あれは……」


 射出したセンサーから送られてくる映像を確認すると、ファルケの死角に位置するデブリの影に何かが映っていた。急ぎ拡大すると、ロードが2機は収容できようかという大きさの輸送船の姿が確認できた。ライサが逃走に使ったものと同型だ。それに片腕を失ったバランが着艦していくのが見える。


「敵?だとしてもなぜここに潜んでいる……?こちらファルケ。デブリ帯に敵機を確認。悪いけどベルセはもう少し一人で持ちこたえて」


≪え――!――――き一人じゃ無――――って――せに!≫


「うっさい。もしヤバい兵器だったら見過ごせないでしょ。今使われるにしても運び出されるにしても」


 通信が阻害されているとしてもミハイルが言わんとしていることは、ライサには分かる。大方文句を言っているに違いない。だからそれは突っぱねる。


≪よ――――ない――、言っ――――ないだ――し分か――よ≫


 そしていつも大体ミハイルは折れてくれる。彼が持ちこたえてくれる保障はないがライサは彼を信用しているし、それにどうしてもあの輸送機を捨て置くことはできなかった。


「悪いわね」


 センサーを回収しつつ視界に輸送機を捉えたファルケは、悟られぬように動き出した。デブリの影に隠れつつ、バランが完全に収容されたのを確認するとトリニティを構えつつ一気に距離を詰める。


「死にたくなければ何もしないで!新型機も、妙な真似はしないことね」


≪おおっと、ここがバレるとは偶然か必然か。どちらにせよ面白くなってきたな?≫


≪何をふざけているんだ君は。セラ、なんだろう?なぜここまで来てしまったんだ。私は君たちを戦わせたくはなかった≫


 輸送機からの声は一人は聞き覚えのある声だった。幼い自分たちを世話してくれていたキール。もう一人は恐らくあのバランのパイロット。


「キール?いや、今はそれよりも……。武装解除なさい。話はそれからよ」


 ライサは質問をしたい気持ちをこらえると、輸送機のブリッジにトリニティの銃口を突き付けた。



***



「ええい、うっとおしい!」


 ベルセの周りをまとわりつくようにして攻撃してくる自立兵器、ムーンレットを狙い空いている右腕から漏れ出る粒子を制御して、それをぶつける。赤黒い分厚いビームの塊に接触したムーンレットは爆炎を上げて機能を停止した。

 しかしこの迎撃方法はそう何度も使えるものではない。本来防御を目的とした調整を行っているため形状を制御し難いのだ。


「あと10機は残ってるか!でも!」


 先ほどから一定周期でムーンレットは親機であるアウストリウスに収まり、そしてしばらくの後に再びベルセを狙い始める。恐らくはムーンレットのエネルギー補充のため。その性質のおかげで一斉攻撃に晒されることはないが、尋常ならざる動きをするアウストリウスとムーンレットを同時に相手にするのはミハイルにとってかなり厳しい。 


「いい加減直接戦えよ!」


 ムーンレットの帰還のタイミングを見計らい、再びアウストリウスを肉薄する。出力が限界まで達しているベルセは乗り手であるミハイルの知識と経験によってアウストリウスの反応速度に追いすがるだけの性能を得ている。あとはやる気の問題だ。

 両の腕で前面からの攻撃を防御しつつ深紅のショートソードを構え、そして防御を解くと同時に連撃を加える。右、左、上……。ムーンレットを制御する暇さえ与えてはいけない。守ったら負ける。

 アウストリウスは即座に抜いたサーベルで受け止めるが、ベルセの勢いに若干押し負けているようであった。しかし、それでもムーンレットはベルセを迎撃しようと動きを見せる。


「俺が何も考えずに攻撃してると思っているのか!」


 バックパックのスラスターを全開にしてアウストリウスごと機体をぶっ飛ばす。ムーンレットから一時的にでも引き離すという狙いもあるが、一番の狙いは攻撃の手数を増やすことにある。


≪――――!!≫


「鮫島さんのおかげで戦場を把握する能力は身についている!」


 加速中に先ほど弾き飛ばされたハーフクレイモアを手に取り、そのまま近くのデブリに突撃する。いくら反応速度に優れていると言っても動きを取れなければ意味がない。アウストリウスは成すすべなく岩石に打ち付けられる。しかし――


≪……!≫


「なっ!」


 失念していた。この白い機体には隠し腕があったのだ。その腕が伸び激突の瞬間、青色の刃がベルセの右脚を切断する。ミハイルは自身の行動を悔やむ。攻撃に固執するばかりに敵の武装を考慮しきれていなかった。しっかりやっているようでどこか抜けがあるのがミハイルの欠点だ。しかし幸いにもここは宇宙。脚が一本切断されたところで戦闘不能にはならない。


「それでも!」

 

 右手に接続されたハーフクレイモアにエネルギーを供給し、まさに息をもつかせぬ猛撃でアウストリウスをくぎ付けにする。二つの高エネルギーを纏った剣を捌くにはサーベル一本では足りなかったらしく、腰部の装甲の下に隠されていた二本のサブアームを総動員してそれを受けている。しかし、サブアームは所詮サブ。しっかりと胴体につながった腕と比べれば、その耐久性は心許ない。事実、攻撃を受けるたびにサブアームの動きは悪くなっている。


「まずはその細腕から!」


 ハーフクレイモアを横に薙ぎ、ショートソードを防いでいたサブアームを切り飛ばす。続いて本体を狙った一撃。しかしこれはサーベルによって防がれる。しかしこれは誘い。これで仕留められるとは思っていない。


「貰ったァ!!」


 ショートソードを逆手に持ち直し、コックピットをめがけた一撃を振り下ろした。それは確実にコックピットを捕え、遮るものは何もない。


≪ミハ……イル……≫


「何!?」


 いつの間にか右手に持っていた妙な形状のライフルの引き金をアウストリウスが引く。さらに後方に高熱源の反応もだ。それにずっとノイズしか送ってこなかった敵機から自身の名を呼ばれた。3重の意味で意表を突かれたミハイルは、それでも動きを止めまいと操縦桿を掴んでいる手に力を込める。

 次の瞬間、アウストリウスは胴を貫かれベルセの右腕と頭部がビームと弾丸によって貫かれた。


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