第39話 決戦 4
ロードやワーカー用のハッチが開く。その中からは2機のワーカーが姿を現した。現れた人型兵器は反応が途絶えた機体を捜索しに行くようだ。
「マルク、そっちに2機いった。うまくやっておいて」
≪了解。そっちは?≫
「問題ない。ハッチ開いたおかげで楽に入れた。それじゃ、通信切るよ」
閉じつつあるハッチに滑り込むようにして入り込んだ男、レナートは壁を背にしつつ慎重に辺りを見回した。先ほど出ていったワーカーと同型の機体が数機ある以外には特に目立ったものはないただの格納庫のようだった。
「人の気配はなし、か。少し妙だけど……」
しばらく進むと重力が作用しているエリアへと移る。細い通路のようで、妙に真っ白な空間だ。重力に身を任せ両足を床に付けると、腰から拳銃を取り出してサプレッサーを取り付ける。
この空間は空気があることを確認していたが、スーツのバイザーはそのままだ。白兵戦を想定したスーツを着用しているのでバイザーも一応は防弾仕様なのだ。それに万が一顔を見られて逃げられでもしたらディフィオンでの傭兵稼業もやりずらくなるかもしれない。
「さて、目的地を探しますか。内部の図面の1つでもあれば探すのが楽なんだけどね」
レナートが侵入した衛星の破片。その内部は複雑な構造をしており、まるでアリの巣のように破片内部に施設が張り巡らされているようだった。格納庫から入り込んだレナートは自身の直感を信じ、右も左もわからないこの施設内を進んでいく。
「お、いいところに」
何気なく開けた扉、その奥の部屋は備品を補完する倉庫だったようで、薄暗く色々なものが雑多に置かれている。そこにパイロットスーツを着た人間が一人、何かの部品を探しているのか辺りを物色していた。
その人間はレナートの声に反応して振り向く。そして侵入者であることを認識したのか、腰のホルダーから拳銃を取り出そうとした。
しかし、レナートがそれをさせない。少しの躊躇もなく頭部に狙いを定め、そして撃つ。万が一が無いように3発だ。ヘルメットのバイザーが割れ、頭部に弾丸が命中したのだろう。敵は銃を抜くことなく糸が切れたように崩れ落ちた。
「さて、何かあるかな」
動かなくなった敵の持ち物を物色する。この施設に詰めている人間ならばこの施設に関する何かを持っているはずだ。
「おお、これは……」
右手首に嵌められていたブレスレットのようなものに目をつける。これは数年前に開発されていたと言われているブレスレット型の多目的端末だ。戦地で使用する新型端末として開発されていたが、機能を絞らなければ激しい戦闘状況下での使用に耐えうる耐久力に達することができなかったため、現在では装着者の現在地を味方に送信する発信機として、また周囲の地形をホログラムで表示するといった機能を2,3種に絞ったタイプが採用されている。
が、レナートが手にしているそれは量産には至らなかった多機能型だ。地図代わりの何かが手に入ればよかったのだが、これはもしかすると予想以上の収穫かもしれない。装着し、たまたま聞きかじっていた端末操作方法を思い出しながら操作していく。
数十秒もすれば、呑み込みの早いレナートは操作方法を把握し、自在に操るまでに至った。
「管制室でも見つかればいいけど」
レナートの目的はこの施設にあるデータだ。それをできるだけ持って帰ることが今回の"仕事"。自衛軍から依頼されたのは各地で騒ぎを起こしている謎の"敵"の情報を得ること。レナートが侵入している施設は敵の所有する施設の中でもそれなりに重要度の高い施設だと思われる。そもそも宇宙空間にあるというだけで重要でないわけがないのだ。宇宙開発が進んでいるといっても宇宙へ上がれる人間はいまだ限られている。それに彗星の破片をここまで開発し、さらに偽装までしているとなればなおさらだ。
念のため手にした拳銃に異常がないことを確かめると部屋を後にし、レナートはブレスレットから施設の配置図を呼び出した。
***
「スケアクロウ、補給のため帰還します!」
「分かった。常盤、セレン、テミス機。敵を寄せ付けないことに集中しろ!」
クルーの一人からの報告を受け、戦線を持たせている3機に指示を下す滝沢。それからほどなくして追加された装甲が所々はがれたスケアクロウが減速しつつハッチの中へ入っていくのがブリッジのモニター越しに見えた。さすがの鮫島といえど、この激しい戦場ではいくらかの被弾を許したようだ。といっても、致命的なダメージを受けていないだけでもすごいのだが。
≪そうはいうけど社長!鮫島さんが抜けた穴はデカいって!≫
カッシーニとヴォイジャーが後退しつつ艦上で迎撃行動をとっているリノセウスと連携を始めるが、常盤が抗議の通信を送ってくる。ファランクスからの支援攻撃が大した効果を発揮していないとでも言いたげな口ぶりだ。
「分かっている!友軍の状況は?」
敵の戦術に嵌ったのか孤立しかけているが、合流できればまだ勝ち目はある。各パイロットたちにブリッジの会話が聞こえるよう通信をつなげた。
「7機の珀雷がロスト。あちらも持たせるだけで精いっぱいみたいです。……いや、待ってください。旗艦より3機のロードが発進。戦線が押し上げられていきます」
粒子の影響で通常の通信がまともに使えないため、光学センサーを駆使してクルーが友軍の状況把握に努めてくれている。滝沢も友軍の旗艦、フリントロックから紅い機体を先頭にして発進した3機のロードを確認した。
「ここにきて戦力の投入?予備戦力にしてもここでエース級を投入するのか?」
≪いや、あれは四宮のヴォイジャーだな。彼は昔から紅をパーソナルカラーにしていた。四宮、左記、右井の3人を擁する電光石火の第13分隊ってな。私も何回かともに仕事をしたことがある≫
疲れた声で弾薬補給と機体の応急修理を待つ鮫島が滝沢の疑問に答えた。
≪彼は最近指揮官として作戦行動に参加することも多くなったと聞くし、おそらくはギリギリまではそうするよう指示でも受けていたんじゃないか?一度戦場に出てしまえば常に全体の状況を把握するのは難しいからな≫
粒子の影響が色濃く表れる戦場では短距離以外での通信は障害によってまともにできなくなる。そのため母艦からはレーザー通信など、比較的影響を受けない通信や光学センサーを駆使して映像から状況分析をして戦況を把握する。
そんなわけで通常ならば指揮官は母艦や基地で収拾した情報をもとに指揮を行う。指揮官も最前線にでてしまっては都合が悪いのだ。
「となると、指揮はフリントロックの艦長に任せたということか。あちらもこちらの状況は観測しているだろうし、どうにか合流したいところだが……」
難しいか、と言いかけて口をつぐむ。現状パイロットたちはよくやってくれている。クルーたちもだ。彼らのおかげでファランクスはまだ軽微な損傷で戦闘を継続できている。
ため息をつきたくなる気持ちを押さえて、ブリッジの取り付けられているモニター越しの戦闘を見る。少々下の方から補給を終えたスケアクロウが再び発進していくのが見えた。
「ミハイル達が指揮系統を乱してくれるのを待つしかない、か……」
激化する戦闘の光を見ながら、滝沢は祈るように呟いた。
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