第38話 決戦 3

 黒いセカンド・アリアが珀雷に肉薄する。珀雷もそれを寄せ付けまいとライフルのトリガーを引くが、銃口から出た弾丸がセカンド・アリアを傷つけることはなかった。黒いセカンド・アリアのパイロット、渡の数々の戦場で培った経験を生かした機動に珀雷は着いてこれていないのだ。

 しかし、ただでやられる珀雷ではない。これに乗っているのは四宮のように選ばれたパイロット。その辺の傭兵とはわけが違うのだ。

 セカンド・アリアが振り下ろしたロングソードは直撃コースだったが、瞬時の判断で機体を逸らせ、右脚を犠牲にすることで事なきを得る。さらに回避の勢いをそのままに右手に装備していた珀雷用の反りのある細身な"打ち刀"で反撃の一撃を放つ。ロングソードより斬撃の性能に重きを置いたそれはセカンド・アリアが咄嗟に構えたシールドを半ばまで深々と斬りつけた。損傷したそれはまだシールドとしての役割は果たすだろうが、この激しい戦闘の中では長くは持たないだろう。


「小賢しい!」


 返す刀で打ち刀をロングソードで狙う。斬るというより勢いと重量で叩きつけられたそれは、その製法故に耐久性がロングソードより劣る打ち刀を刃の半ばから折り、破壊した。続けて間髪入れずに腕部の速射砲を叩き込み、メインカメラを破壊する。


「時間がないのはこちらも同じなんでな!」


 数とパイロットの性能で圧倒しているとは言えども、無理に薬物などで強化されたパイロットたちは数時間と持たずに発作を起こす。長引けばこちらが不利になる。それにこの戦闘の目的はただ基地を防衛することではないのだ。それに渡自身にも別の目的がある。


「クソッ!スケアクロウはどこにいやがる……!」


 長年にわたり狙ってきた得物、スケアクロウを仕留めるために渡のセカンド・アリアは一番目立つ戦闘の光がある場所へと向かっていった。



***



「やはり私の腕ではあの機体に当てることはできないか」


 オーバード級のロード、そのコックピットでパイロットのアルテが自身の腕を確認するように呟いた。それと同時に接続されていたビーム砲をパージし、さらに周りに小型の装置を放出する。装置のいくつかはアルテの乗るロードからレーザー通信の光を受け取り、それを離れた戦場の最前線へと送っている。いや、屈折させていると言った方が正しい。


「このメイオールこそこの作戦の要。撃破される気などない」


 展開した装置は大規模な通信障害下であっても各機との通信を行えるようにする中継器だ。そしてその主たるオーバーロード、メイオールこそが指揮の要なのだ。そのため本来位置がバレるのは良くないのだが、今回はその限りではない。その理由はこの戦闘の状況と、パイロットがアルテというところにある。

 

「特に腕の立つ連中は予定通り抑えられている。なら、少しくらい私も勝手をさせてもらってもいいというものだ」


 装置を通して各機から送られてくる情報をサブモニターに映すと、状況が見えてくる。厄介な五菱の連中には多めに戦力を割り当て、完全な破壊が命令されているレグルス2機については"バラン"と"白い機体"が相手をしている。

 そして幸いにもアルテは比較的成功と言われていた試験計画の被験者だ。発作の間隔は短くはないし、基本的な戦闘能力は並だが情報処理能力と"ある能力"が飛びぬけていた。


「フェイズユニット・システム、起動。ムーンレット・ワーカー射出」


 アルテが手元のコンソールを操作すると、メイオールの背部に増設されていたコンテナがいくつかパージされその中身が露わになる。コンテナから出て来たのはワーカーだった。衛星の破片を警備していたのと同型機のそれだが、背部に何かが突き刺さるようにして増設されている。これはいわば通信機だ。これを介してアルテは1人でありながら軍隊にさえなりえる。つまりは遠隔操作でワーカーを動かせるということだ。数機を操る分、動きはいくらか煩雑なものになるだろうが、もともと並の兵士をはるかに上回る腕を持つアルテと同等の腕を持つワーカーの部隊とメイオールをヴィルヘルムは1機で相手にすることになる。


「各機、オンライン。行ける」


 射出したワーカーのセンサー各部に明かりを灯し、メイオールを守る形で陣形を組む。まるでそれぞれにパイロットが乗っているかのような動きだ。両腕は2連装のキャノン。脚にはなにもないが、逆関節が目を引く。


「私に2度も勝てると思うなよ、紙飛行機。このメイオールで屈辱を晴らさせてもらう」


 ヴィルヘルムに向け、挑発の一言をアルテが言うと同時に数機のワーカーが状況を開始した。



***



「こいつ……移動要塞とでもいう気かよ?」


 対峙している巨大な機体――メイオールと言うらしいが――そこから、見たこともないワーカーが出てくる。数にして5機ほどだろうか。メイオールを守るように陣形を取ったそれらは、両腕のキャノンをこちらに向けて来た。


≪私に2度も勝てると思うなよ、紙飛行機。このメイオールで屈辱を晴らさせてもらう≫


「なぁにが紙飛行機よ!デカいだけで墜とせると思うな!」


 一斉に射撃し始めたワーカーの射撃を変形して回避する。いくら数がいようとも並の射撃の腕ならば東条が回避するのはたやすい。バレルロールをしつつ人型へと戻ったヴィルヘルムは1機のワーカーの頭上を飛び越えていく。そしてその背部を蹴り加速した。


「ゲームなら雑魚から倒すのが道理なんだろうが、あいにく俺は横着なんだよ……!手早く決める!」


≪ゲーム感覚で命のやり取りを語るなどッ!≫


「俺はお前を殺さない。それこそが俺の自由の証明だ」


≪ならば私はあなたを撃破することで私の人生の区切りとさせてもらう!≫


 ヴィルヘルムがメイオールに急接近する。が、メイオールがそれをただ見ているわけがない。両肩に装備された大型の粒子砲が光り、いくつもの光の線があたりに飛ぶ。

 いくつかヴィルヘルムへ向かってきたものがあるが、空間戦闘を得意とする東条にとっては大した攻撃にはならない。まるで攻撃をあらかじめ知っていたような動きで避けていく。急な回避行動で体に耐えがたいGがかかるが構わない。この戦いは東条にとって最も重要な一戦だ。自身の体など気にしていられない。


「ただのビームなんてよ!」


≪侮るな≫


 いくつかのビームはメイオールが展開している小型装置へと向かっていき、そして直撃した。しかし、破壊はされていない。それどころか無傷だ。小型装置は直撃したビームを偏向させ、ヴィルヘルムの方へと向けたのだ。


「なんだよそれ!反則だろ!」


 文句を言いつつも直感的に前進を止めていたヴィルヘルムのほんの少し前を幾つもの光の線が通過した。いくらか装甲の表面を光の粒子が焼く。もう少し気づくのが遅れていたらコックピットを焼かれていただろう。


≪そこ!≫


 避けたとはいえ、動きを止めたヴィルヘルムをメイオールは逃さない。展開しているワーカーたちが追撃を仕掛ける。離れた3機は速射砲による射撃、残りの2機は格闘戦を仕掛けようというのか、急接近してきた。


「さすがに厳しいか……!」


 邪魔をしてくる5機のワーカーはアルテと同等の実力を持っているように東条には感じられた。並の兵士ならともかくそれなりに腕の立つ敵ともなればその攻撃をかいくぐり続けるのは至難の業だ。それにいまは自身以外に味方がいない状況だ。

 ならば、と3機の射撃を避け、またはシールドで防御しつつ接近してくる敵の内の1機に狙いを定める。

 はさみこむ形で接近してきた2機のワーカーは十分に近づいたと見るや、その両脚にビームの刃を発生させる。両腕が射撃武器であるため、足を近接武器にという考えなのだろうが、これも宇宙での運用を前提としているのだろう。その姿は人型兵器にしては異様だ。


≪頂く!≫


「空間戦で俺に簡単に勝とうなどと!」


 前後から同時に放たれた蹴りを両腕のシールドで防ぐ。そしてロードとワーカーの性能差を十全に生かし、そのパワーで押しのけた。そのまま前方のワーカーの頭上まで上昇しつつ胸部ビーム砲で前方の、両腕のシールドライフルで後方にいたワーカーに狙いを定め、撃つ。寸分の狂いもなく放たれた光の線は2機のワーカーを貫き、その機能を停止させた。

 続けて残りの3機の撃破に移ろうと、一旦メイオールから距離を取るヴィルヘルム。しかし、メイオールがそれを簡単にさせない。護衛のワーカーと粒子砲による射撃でヴィルヘルムの得意とする一撃離脱を阻む。


≪貴様の動きは分かっている。自由は与えない……!≫


「言ってくれるじゃねえか」


  ビームの1つがヴィルヘルムの左腕を半ばから焼き切る。が、その直前に放ったビームがワーカーの1機を貫いた。切断された左腕を根元からパージし、機体バランスを素早く再調整する。東条の視界の端ではビームに貫かれたワーカーが小爆発を起こして機能を停止したのが見えた。

 左腕を失ったヴィルヘルムに対し、敵は無傷のメイオールにワーカー2機。状況は依然、東条の不利のままだ。


 

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