第44話 決着 5
「もとよりこの船に武装はないよ。ロードもワーカーも搭載してない」
武装解除を要求するレグルス2号機。いや、手を加えられてファルケという名になったそれに乗るライサにキールが応える。
今、キールは輸送艇のブリッジに退いてきたサイラスとともにおり、武装などというものはナイフの1つたりとも所持していないし、攻撃の意思もない。
≪あなたがなぜここにいる?私もミハイルもあなたのおかげで逃げおおせた。なら、あなたもここから逃げるべきだった≫
そう語るライサの言葉には、いまだに人道を踏み外した実験や作戦、研究を繰り返す古巣への憎悪。それに手を貸すキールへの苛立ちが感じ取れた。それはキールにだってある感情だ。恐らく、キールはこの世で一番キール自身を嫌悪しているであろう。しかし、そうであったとしても彼には逃げられない理由があった。
「悪いことは言わない。戦局がどちらに傾いていようと一度地球へ戻るんだ。こんな不毛な戦いなど……」
≪何言ってんのよ、キール。今は私の質問に答えなさい≫
ファルケが構える狙撃用ライフル、トリニティの銃口をブリッジへ近づける。
「言いたくないなら俺が言ってやってもいいぞ?」
「いや、私が言う。これは私達の問題だ」
この状況すら楽しんでいるような口ぶりのサイラスの言葉にキールが返すと、「相変わらず真面目君だな」と彼は茶化す。しかし同時に、キールにとって重要なことだと分かっているサイラスはそれ以上何か言うことはなかった。
キールは手元のモニターに映るアウストリウスの状態を一瞥すると、ファルケに語り掛ける。
「どうか冷静に聞いてほしい。これは君にもかかわることなのだから」
***
キール・エメリヤノフにはいつも気にかけている人間が3人いた。1人目は当時は最も幼く未熟であったミハイル。2人目は自尊心が高く何かと手を焼いたセラ、もといライサ。そして3人目はこの中での年長者であり、最も過酷なプランの被験者のノア。彼らはキールが調整担当の機体のパイロットであり、機体調整の間他愛のない話をしたり、3人のわがままを多少は聞いてやるくらいのそれなりに打ち解けた仲であった。
キールが所属する組織の"訓練"はどこからか拾ってきた天涯孤独の孤児たちを兵士へと仕立て上げる実験の場てあった。ミハイルは運動や暗示を主とした比較的体に害のない内容のプランであったが、早くから何かの才を見出された子はより過酷なプランへと切り替えられていた。射撃の才があったライサならば投薬による集中力や感覚の強化がそれにあたる。ノアも方向性は違えど同じように体に過剰な負荷のかかることをされていた。
「よかった。あいつはもう戦わなくて済むんだね」
キールがミハイルを施設から逃がしたことを知ると、ノアは彼にそう言った。無論、彼やライサも逃がしてやりたかったがその時は1人逃がしてやるのが精いっぱいだった。その自身の無力さと申し訳なさのせいで、ノアの言葉に返す言葉もなかった。
それからほどなくして各プランの最終評価と称した被検体同士の殺し合いがあり、ノアはライサをかばって死亡した。
これがミハイルとライサの知るすべてだ。しかし、キールにとってはそうではない。この話には続きがある。
「バカな……」
最終評価からほどなくして、第3世代機となる新型機の開発主任となったキールは後にレグルスタイプと呼ばれる機体の始祖となる3機の開発にあたっていた。高性能かつ扱いやすい機体を目的としたそれにより、操縦性などが従来機と異なるものになったが性能はまさに第3世代というにふさわしいものになった。
1号機と2号機は言わずもがな、近接戦闘と射撃戦それぞれの検証のためにそのような調整がされた。そして3号機。それは特殊兵装の検証のために調整された。今ファルケが装備しているトリニティに装填されている貫通弾"ペネトレイター"なども3号機の検証を元につくられた。
1、2号機と比べ検証の中で大きくその姿を変えたそれは、まったく別の機体として新たな名を受けた。
「アウストリウス……。こんなことが、あっていいのか」
ある時、キール自らがコックピット周りの調整をしたときにそれは発覚した。最終評価にて死亡したとされていたノアがコックピットの中に納まっていたのだ。いや、正確にはノア"だった"もの。コックピットには何かを守るような重厚な装甲のようなものとそれとコックピットをつなぐいくつものコード。そしてその奥に満たされた液体と生物の脳。
誰のものかは一見して分からなくはあったが、キールは直感的にノアのものであると分かった。もともと3号機の搭乗者はノアを想定していたし、同様の才を持つ被験者のほとんどは最終評価で死亡している。
「……」
「私のせいだというのか、これは……!」
ノアだった何かは答えない。恐らく話すことはできないのであろう。無意識にそれに手を伸ばしかけるが、ふと我に返りその手を止める。
「君がいけないのだよ」
後ろから声をかけたのは以前からまれに命令を伝達してくる男だ。どのような役割を担っているのかはわからない。まさに謎の男だ。
「あの被検体は回収された際にはまだ生存の余地があった。しかし、あの時は失敗作の逃亡に手を貸した君への処罰も決まっていなかったし、ちょうどよかった」
「私の……」
「一応生きてはいるがね。こちらからの命令は受け付けている。まあそれができなければここまで検証を進められてはいないが」
「……ッ!」
彼のいうことが事実ならば少なくとも生物としてはノアはまだ生きているのではないか。肉体を奪われ暗い鉄の中に押し込まれているだけで、まだ自我が残っているのではないか。そう考えるとキールはノアを置いて逃げだすなどという選択肢は到底とれるものではなかった。
***
「そんな……!」
ライサは絶句する。死んだと思っていた友人が生きていた。それはいい。しかし精神、肉体ともに自由を奪われて部品のような扱いを受けていたということは到底許せるものではない。
≪でも、私の声になら多少反応してくれるようにはなったんだ。もしかしたら自我を取り戻してくれるかもしれない。だから私はここにいる≫
「……あなたの気持ちはわかる。でも、そのためだけに何人も殺していいはずがないわ。ノアもそれは絶対に望まない」
≪そんなことは私だって分かっている!≫
キールが声を荒らげる。彼も分かっているのだ。しかし、どのような形であったとしてもノアが生きている以上彼は離れることはできないのだろう。
「もういいわ。あなたにできないなら私がやる。ミハイルには荷が重すぎるわ」
ファルケが銃口をブリッジからそらすと、1発撃った。放たれた弾丸がダメージを与えたのは輸送艇のエンジン部分。すべてが終わればキールを迎えに行くためだ。またどこかに消えられては今度いつ会えるかわからない。
次いで移動し、バランが格納されている区画に数発撃ち込んだ。これでうまくすればバランは大きなダメージを負ったはずだ。確認している暇はないが。
「長く居過ぎたわ。早く戻らないと」
ファルケは暗礁宙域を抜けるべく加速する。ミハイルとノアとの戦いを止めるために。
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