第36話 決戦 1

 「始まったか」


 資源衛星の破片、その中に建造された格納庫でキール・エメリヤノフ博士は少々安堵したように一人呟いた。ここ1カ月はそれまでにコンセプトしかなかったものをロードという兵器に落とし込み、それを試作機として製造する突貫作業が続いていた。もともと白い機体の専属であったキールも数少ない友人のサイラスの乗る新型の製造に駆り出されていた。その機体がCGで補っているモニター越しではあるが、無事動いている。自身が製造にかかわった物が問題なく動いている。それだけでエンジニア兼設計者としてはうれしいものだ。


 バラン、と名付けられたその機体はしし座の王の名を冠するレグルスのデータをもとに設計された近接戦闘用の機体だ。"追う者"を意味するアルデバランから名を取ったその機体性能はかなり、いやとても偏っている。

 レグルスの面影を残しつつも鎧武者を思わせる機体に射撃武器は一切なく、ショルダーシールドにマウントされた2本の剣のみが武装だ。細身の実体剣と刀の柄のような部分からビームの刃が形成される2本の剣のみでも十分に戦えるよう機体各所には姿勢制御用のバーニア、スラスターなどが設置され、さらに搭載されるリアクターはレグルスと同型の新型セプト反応炉にワーカータイプに使用される小型の反応炉と、常人が操るならば過剰とも思われる動力を得る。

 一方パイロットであるサイラスは鮫島級のベテランパイロットであり、かつ近接戦闘を得意とする。正確にいうならば近接戦闘も、だが。

 この1機と1人が合わさることにより、バランは無類の強さを誇る。事実、モニター越しに映るバランは恐らくカスタムされたのであろうレグルス2機を相手に押していた。


「じゃ、私たちも準備をしようか」 


 戦場の推移を確認したキールはモニターから目を離し、歩き出す。すると傍らにあった白い機体のセンサーアイに光が灯り、彼の隣を歩き始めた。彼はパイロットスーツを着ており、それが意味するところは彼もあの戦場へ赴くということだった。



***



≪ハッ!前よりいい動きじゃないか!≫


 敵の新型機、バランが実体剣を振り下ろす。それに合わせてベルセが逆手に持ったハーフクレイモアを振り上げ、防御とした。


「性懲りもなく!」


 敵、サイラスが相も変わらずオープン回線で通信を飛ばしてくるのに嫌気がさす。戦場では敵と味方は殺しあうだけで十分だ。それ以上のつながりがあればたとえそれがどのような形であれやりづらくなることの方が多い。


≪ミハイル!≫


 ファルケから援護射撃が飛んでくる。2対1の拮抗した戦いを続ける彼らの周りにはそれ以外の機影はない。すべてファランクス付近へ向かったのだろう。しかし、それを心配している余裕はない。少しでも気を抜けば手傷を追うだろう。

 ファルケはライフルより火力のあるトリニティへ持ち替え、バランの行動を制限しにかかるが、それすら思うようにいっていない。

 現状は見かけ以上に劣勢であると考えた方がいい。唯一の幸運はベルセさえ倒せればファルケはどうとでもなると考えているのか、バランがファルケを狙ってこないことだ。


「ライサさん、もう一度!」


≪ハハハッ!無駄無駄、その程度で当たってはやれんぞ!≫


 ファルケが弾速の早いビームの弾丸でわずかにバランを後ろへ退かせる。そしてその隙にベルセが2つの剣を振り上げ、間合いを詰める。振り下ろした得物はバランの実体剣とビームブレードによって阻まれるが、ベルセはその勢いを利用して宙返りをする形で頭上を飛び越えた。


≪もらった!≫


 ベルセが先ほどまでいた位置にはファルケが時間差で撃った貫通弾があった。ギリギリのタイミングまでベルセによって隠されていたそれを、バランは完全には回避できない。身をよじって回避を行ったものの胴の一部を削られるように被弾し、弾丸の形に装甲が削り取られた。


≪嘘!アレ避けるの!?≫


「次だ!」


 ベルセは躱されることも想定済みであるかのようにのバランへ斬りかかる。ハーフクレイモアの大ぶりな一撃を利用した誘いは通用しない。ショートソードの隙の少ない攻撃でバランの行動を制限しつつハーフクレイモアの一撃を狙う。その傍らでファルケがトリニティで狙撃を行う。並のパイロット相手ならとうに撃破されているであろう二人の連携であったが、バランとサイラスには決定打を与えられずにいる。


≪どれだけ避ければ気が済むのよ……!≫


 ファルケが銃身の根元付近のレバーを引くと、銃身が回転し、ビームの熱によって色が変わり始めていた銃身が回転し、正常な状態の銃身に切り替わる。これがトリニティの特徴の一つである。万が一銃身が使えなくなっても切り替えることでトリニティの最大の特徴である様々な弾丸を扱うことができるという点が死ぬことはない。


≪楽しいなァ!闘いってのはこうでなくちゃあなァ!≫


 つかみどころのない動きでバランが仕掛けてくる。弾丸とショートソードによる攻撃で動きが制限されているというのに、そんなものなどないかのような動きで反撃の一太刀をベルセに放つ。


「まだまだ!」


 ベルセが全身に増設されたセプチウム粒子を排出する機構から排出されている青い粒子を制御し、ビームの装甲とする。並の装甲より強固なそれを盾替わりにバランの攻撃を防ぎ、そのまま肉薄した。

 そして意表を突く攻撃、ショートソードではなくそれを持つ左の拳でバランを殴りつけた。


≪ぬおっ……!?≫


 打撃をまともに食らってしまったバランは今度こそその動きに隙ができる。そしてそれを見逃すライサではない。


≪今度こそ!≫


 ファルケの持つ銃、トリニティから発せられたオレンジ色の粒子の塊は確かにバランを捉えていた。そして瞬き1つもしないうちに着弾したそれは確実にバランを貫いた。



***



 サイラスは油断したわけではなかった。ましてやレグルス・ファルケの存在を失念していたわけでもない。ファルケのパイロットの射撃技術は卓越している。それこそ狙えば一撃で行動不能にできるほどにだ。

 サイラスはその技量と現在の状況から考えてファルケはコックピットを狙った一撃を放つであろうと考えていた。そのため、コックピット周辺にヴォイジャーなどが使用するようなバリアフィールドを展開していた。完全に防げるとまでは行けないだろうが、装甲に直撃してもさしてダメージにならない程度には防げる。

 それがどうだろうか。結果としてバランは右腕の根元にビームを受け、それを失ってしまった。これまでの経験と相手の技量、さらに自身の勘を合わせて選択した行動が全くの裏目に出てしまった。


「だが!」


 負けたわけではない。もはや機能しない右腕を肩部からパージしつつ機体の上体をそらしてベルセが横に薙いだハーフクレイモアを回避すると、反撃に転じる。残っているのは左手に握られた実体剣しかないが、これでも十分に勝機はある。

 仕切り直すようにお互いに距離を取ったベルセとバランは、同時に得物を構えた。


≪終わりだ!≫


「ちぃッ……!」


 2機が同時にスラスターを吹かし、間合いを詰める。そして激突。ハーフクレイモアとショートソードがバランのブレードとぶつかる。スペック上ではバランの方が上だ。しかし、片腕を失ったことに加えバランにはある欠点があった。

 レグルスに使われているリアクターはオリジナルの次世代型で製造コストを無視して作られた高性能品だ。対してバランは搭載予定だったリアクターの製造が遅れている影響でアーリアタイプに搭載されている既製品を使用している。いくら機体性能が勝っていてもそれを動かす動力源がそれに足るものでなければ意味がない。


≪――――≫


 ベルセが押し切るかと思われた瞬間、通信にわずかにノイズが入りレーダーに高熱源体が映り込んだ。その次の瞬間にベルセの持つハーフクレイモアの刃に弾丸が直撃し、それがベルセの手から離れる。


≪なんだ!?≫


「お前かよ、白いの」


 反応のある方へ機体の光学センサー、つまり頭部を向けるとそこにはあの白い異様なロードの姿があった。

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