第35話 合流と接敵 2

 地球に落下した衛星の破片はその多くが大気圏で燃え尽きたが、大きな破片の1つが地球の周回軌道に入り、浮かんでいる。その周りには大小様々なデブリが浮かんでおり、それをなるべく避けつつ五菱の強襲揚陸艦ファランクスは進んでいた。


≪おかしい≫


 皆が緊張で沈黙を保っていた中、初老の男の声が通信越しに呟いた。それは誰もが思いながらも口にしなかった言葉。"何かがおかしい"。だが、それが何なのかは不明だ。


≪ここまで接近させておきながら迎撃が来ないということは、何らかの作戦があるかそもそもここに敵がいないか。それに加えてこれだけのデブリが漂っている中で偶然にも安全なルートがあり、そこを無事に進めている≫


 鮫島の乗るカッシーニの改造機、スケアクロウが格納庫で動き出し、両脚をカタパルトへ乗せる。


≪今からでも警戒を強化するに越したことはないはずだ。スケアクロウ、発進する≫


 カタパルトが動き出し、その加速が最大に達したところで機体の脚がそれから離れる。十分な速度を得たスケアクロウは艦の上へ陣取り、索敵を開始した。


「なら俺も」


≪ダメよ。ギリギリまでベルセについて学んでおきなさい。カスタム機とはいえ初めて乗る機体なのだから≫

 

 自身も艦の直掩に付こうとするミハイルをライサがおさえる。ミハイルとライサの乗るレグルスは改修により元の機体から大きく異なる性能になった。ベルセはより近接戦闘に、ファルケはより射撃戦闘に適した機体となっている。つまり汎用性を重視していた原型機から、よりパイロットに合わせた調整が施されているのだ。

 しかし、いくらパイロットに合わせているからと言って慣熟訓練もなしに実戦に挑むのはリスクが伴う。せめて機体のスペックや癖を確認しておくべきだ。


「ライサさんがそこまで言うなら、そうするよ」


 多少不満が見え隠れする表情をしつつも、ミハイルはライサの言葉にことにした。



***



 資源衛星の破片。その多くは大気圏で燃え尽きたが、大きな破片のいくつかは地表へと落下し甚大なダメージを与え、また残りは人類の必死の破砕作戦によって地球軌道上で周回軌道に乗った。

 そのうちの一つはミハイル達を被検体としてロードの開発実験を行っていた"組織"の拠点へと人知れず姿を変えていた。ただ、見かけ上はただの隕石と変わらない。

 偽装された入り口が数か所あり、内部には小さなものではあるが兵器開発の工廠と格納庫が作られている。そこには多数のセカンド・アリアが格納されており、またその中に真っ白な機体が紛れていた。


「調子はどうかな?」

 

 やや疲れた表情の学者風の男、キール・エメリヤノフがその白い機体へ語り掛ける。彼は機体に接続したいくつものコードを介して送られてくる情報をモニターで観察していた。

 白い機体からは何の声も発せられないが、わずかに頭部のセンサーアイが青く光る。


「そうか。でも、これで終わりだよ。ここさえ切り抜ければ私たちは……。いや、君は……」


 暗い顔をしたキールであったが、そんな彼を心配するかのように白い機体は頭部の装甲を開き、隠されていた2つのセンサーアイの輝きを強めた。


「君はやさしい。だが、たまには自身のことも考えてくれ。今は君のことだけが心配なんだよ……」


 キールは顔を伏せ、モニターを観察することを中断する。そしてゆっくりとしゃがむと、絞り出すような声で小さく呟いた。


「すまない」



***



 五菱一行が警戒を強めつつ進み始めて十数分。何事も起こらないように思えた静寂。それはライサの突然の通信によって破られた。


≪艦長、艦を左に!≫


≪いきなりなんだ?≫


≪いいから艦を動かして!≫


≪あ、ああ。回避行動!急げ!≫


 一瞬何を言っているのか理解できなかった滝沢であったが、ライサの鬼気迫る声からただ事ではないと判断し、操舵クルーに指示を出す。それを受けたクルーは急ぎ艦を左へと動かす。艦内のGがわずかに右側に傾くのを感じつつ、滝沢は回避が成功したことを確認する。


≪何も来ないぞ――――≫


 そう言いかけた瞬間、ファランクスの艦橋の真横を大きなオレンジ色の塊が通り過ぎていった。回避をしなければ艦に直撃していた位置だ。続けて2発の同様のビームが飛来し、友軍艦に着弾する。艦首近くに被弾した友軍艦は小さな誘爆をしつつその推力を失っていった。


≪各員戦闘態勢!ファルケ、ベルセは直ちに発進しろ!≫


「言われなくても!ベルセ発進しますよ!」


 待ってましたと言わんばかりに返事をしたミハイルが自機を操縦し、宇宙空間に飛び出す。母艦から幾らか離れるとレーダーに目をやり、敵機の反応を見る。が、周囲に敵の反応はない。


「敵影なし?」


≪レーダーばっかり当てにしない。もうここら辺は通信が乱れる程度には粒子の影響が出てるわ。なにがあってもおかしくないわよ≫


 ベルセに続いて出撃したファルケに乗るライサがミハイルに警告する。ここまで存在を隠していた敵がそう簡単にバレるようなことはしないということなのだろう。

 彼らが会話をしている間にも姿の見えない敵の射撃は続いている。


≪ヴィルヘルム、出撃する……っておい!≫


 カタパルトに脚部を固定されたヴィルヘルムを標的としたのだろう。オレンジ色の光はまたもファランクスめがけて飛来する。滝沢の素早い判断でもう一度回避行動に移ったファランクスであったが、無傷で回避に成功した。

 しかし、発進シークエンスであったヴィルヘルムはあらぬ方向へと投げ出されてしまった。


≪あぶねえな……。おっと、そう何度も!≫


 続けて飛来するオレンジのビームはヴィルヘルムを狙ったものだった。しかし、東条はまるで敵がどこを狙っているのか分かっているかのように巧みな操縦技術をもってして回避する。上へ下へ、右へ左へ。そして何かを理解したかのように叫ぶ。


≪そうか!……この鬱陶しいやつは俺に任せてくれ!鮫島さんたちは艦の防衛を頼む!≫


≪おい、東条!勝手な行動は……って通信切りやがった。鮫島さん?≫


≪仕方あるまい。それに、これだけ敵がいれば追うことも難しい≫


 呆れる常盤が鮫島に指示を請うが、放っておくしかないといった返答だ。その返事の片手間に鮫島は腰部に懸架されていた無反動砲を漂うデブリの一つに当てた。ロード2機分ほどの大きさのそれは着弾と同時に砕け散る。そしてその破片の奥から1機のロード、セカンド・アリアが姿を現した。


≪デブリに紛れて接近とは考えたものだが、まだ距離はある。私達で相手をするぞ≫


 偽装がバレたと判断したのだろう。周囲のデブリから次々と姿を現すセカンド・アリアたち。次世代機で量産にも入っていないというのに、自衛軍を含めた五菱の機体の2,3倍はいるのが見て取れた。


「難しいこと簡単に言わないでくださいよ」


≪あら、強化したレグルスに乗っているパイロットがそんな弱音を吐くなんてね。エース級の敵を1人辺り3人倒せばいいだけでしょ?≫


 自信なさげなミハイルを煽るように言うライサ。まるで自分なら簡単にできるとでもいうような態度だ。いつものことではあるが、今回はそれが妙に引っかかった。


「あー、はいはい。やりますよ。何ならライサさんの分もやってあげますよ?」


≪言うじゃないの。それじゃあ久々にスコアで競うとしましょう。どうせ私が勝つでしょうけどね!≫


 ライサがそう言い終わると同時に2機のレグルス、ベルセとファルケは得物を構えて敵陣へと突っ込んでいく。作戦もなにもあったものではない。


≪お前らも勝手に突っ込むのかよ!……はあ。せめて残りはしっかり応戦するぞ。鮫島さんも頼みますよ≫


≪まあ、彼らが厄介なのを押さえてくれれば概ね作戦通りだ。あまり気にするな、常盤君≫


 いつも損な役回りをする常盤を慰める鮫島であったが、同時にひと段落したら3人にあまり勝手に動かぬよう説教の一つでもした方がいいだろうか、とも考えていた。



***



 レグルス・ファルケは背に懸架していた長距離用ライフル、トリニティを構える。ライサが引き金を引くと3つの内の1つから弾丸が発射され、接近するセカンド・アリアの1機を捉える。発射されたのは貫通性の高い弾丸だ。それを知ってか知らずか狙われたセカンド・アリアは回避行動をとった。


「甘いわね」


 それは対策済みと言わんばかりにライサがもう一度引き金を引く。先ほどとは違う銃口から発射されたのはオレンジ色のビームだ。弾速の早いそれは身をよじらせた敵機のコックピットを正確に撃ち抜き、そしてその機能を停止させた。


「こっちの方がよさそうね」


 先ほどの1機を倒すうちに長距離用のライフルで狙うには敵が近くに来すぎている。宇宙空間での戦闘は敵の方が長けている。トリニティから腰に下げていたアサルトライフルに武装を切り替えると前を行くベルセを援護する形の機動に切り替える。


 前方を行くベルセは新たなメインウエポンのハーフクレイモアと脇差のような短さのショートソードを抜き、敵に斬りかかる。ロングソードの刀身を長くしたようなシルエットのハーフクレイモアを片手で軽々と振り上げたベルセは大ぶりな動きで振り下ろす。大振りとはいえパワーの乗ったそれは真正面からロングソードで迎え撃とうとしたセカンド・アリアに傷を与える。その機体の出力と得物の質量差から、ハーフクレイモアを受け止めようとしたセカンド・アリアの右肩にそれが食い込んだ。ただではやられないとばかりに蹴りを放ったセカンド・アリアであったが、それが命中する前に脚の付け根に青く輝くショートソードが突き立てられる。


≪甘い!≫


 ベルセは一旦ショートソードを手放すとその手でハーフクレイモアの柄を握り、一気に押し込む。パワーで完全に負けたセカンド・アリアはそのまま押し切られ、機体が両断された。ビームの特性も、熱も帯びていないというのにハーフクレイモアはその鋭さを鈍らせていない。


≪次だ!≫


「まだまだ始まったばかりよ。調子に乗るのは終わってからにしなさい」


 ライサはライフルでベルセに寄って来る敵をけん制する。トリニティのような火力と弾速があれば多少は楽に戦えるが、それは十分な距離があればの話である。多数の敵が相手ならば弾丸をばらまけるアサルトライフルの方が適している。


≪分かってる。連携意識して、でしょ?≫


 ライフルの弾丸を避けている敵の1機に狙いを定め、ベルセが急接近する。しかし今度はただ突っ込むだけではない。両腕に装備された速射砲で敵に反撃の隙を与えないようにしつつ、だ。

 2方向から攻撃を受けたセカンド・アリアは回避しきれずいくらか被弾する。しかし大したダメージではない。ファルケのライフルは数発当たった程度では決定打にはなりえないし、ベルセの速射砲は近距離以遠での命中率は心許ない。接近してくるベルセにビームライフルで応戦してくるセカンド・アリア。その銃から放たれるエネルギーは青色をしていた。

 さすがに敵の狙いは正確だ。避けなければ正確に一撃で行動不能になる位置を攻撃してくる。しかしライサほどではない。彼女としっかり連携すれば、かなりの時間持たせられるだろう。といっても敵が多数いる以上すべてを押さえることはできない。

 そのためにも――


≪頭はどいつだ!?≫


 指揮官を叩く必要がある。


「私が探すわ。5分時間を頂戴」


 ライサは素早くサブモニターを操作し、左肩に増設された索敵装置の起動準備に入る。


≪いや、その必要はなさそう。アレ、見てくださいよ≫


 爆発する敵機から距離を取りつつ、ベルセの頭部が別の方向を向く。そこには両肩に日本刀のような細長い剣を装備した見たこともない機体がいた。

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