第34話 合流と接敵
巨大な隕石が地球に接近するという"星降り"の事件以来各国は人工衛星配備に躍起になっている。それは予期せぬ災害を察知するためであり、また同時に他国への牽制の意味合いもあった。隕石がもたらしたのは破壊だけではなく豊富な資源。国際条約でその資源の扱いについての取り決めが行われたものの、その資源はロードの生産に大きく関わってくるものだ。やはり自分の目で監視したいのだろう。
日本もその例外ではなく、ようやく数年前に人工衛星を地球軌道上へ配備するに至った。その衛星に数隻の艦が停留していた。周りには数機の珀雷が警備についており、艦からの物資を衛星へと運び込んでいる。
≪物資の受け渡し、完了いたしました≫
「よし、20分後に合流ポイントへ。"積み込み"も済んでいるな?」
≪ええ、問題ありません≫
フリントロックの艦長とクルーとのやり取りを聞きつつ、自衛軍のロードパイロットの四宮は目の前に広がる景色を見ていた。正確にはやや離れた位置で地球の周回軌道に乗っている大きな岩の塊、だが。
彼の見ているそれは"星降り"の際の破砕作業によって分離した資源衛星の一部であり、その大きさはおよそ4㎞。ハレー彗星の約1/3の大きさだ。いびつな形のそれは、今にもこちらへ迫ってきそうなほどの迫力と雰囲気をまとっている。
「あんなところに何があるっていうのかねぇ」
彼らが向かう先はその衛星の破片だ。自衛軍の軌道艦隊へ補給を行った後に向かうらしい。詳しいことは聞かされていないが、現場の人間の扱いというものはそういうものだ。しかし、気にならないわけではない。
「艦長、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」
「ん、そうだな。一応情報漏洩の危険性を考慮して伝えてはいなかったが、もういいだろう」
艦長はまず通信回線を切った。あまり誰にでも話していいという内容ではないのだろう。彼はため息をつきつつ少々楽な体勢になり、一呼吸おいて話し出す。
そもそもなぜ宇宙へ上がったのか。それはある企業からもたらされた情報が元だ。その情報によれば、今世界を騒がせている謎の武装集団の拠点の1つが星降りの後に残った衛星の破片にあるという。しかし、それだけではわざわざそれなりの戦力を用意する理由としては弱い。
自衛軍が宇宙へ四宮たちを送るに至った理由はもう一つ。
「各国が宇宙へ上がっている。理由は様々だが、かなりの数の兵器がこの地球軌道上にあって、もし何かの間違いが起きれば戦争もあり得るってわけだ」
彼の言う"何かの間違い"とは、例えば"何者かがどこかの衛星を破壊した"などの情報が広まってしまうことだ。そしてその襲撃犯がどこの組織だったかなどの証拠も合わされば"星降り"以来加速しているロード開発などの軍需の拡大を狙って、またはそれ以外の理由でも戦争が起きるのを心待ちにしている人間がこぞってそういう流れへと世の流れを持っていこうとするだろう。
民間軍事会社というビジネスが成り立っていることからわかる通り、昔に比べて小競り合いや紛争は多くなっているのだ。なにがきっかけで大きな戦争になるかなどは分からない。そして、その結果生まれる犠牲と利益も計り知れない。
***
≪まもなく合流ポイント。ヴォイジャー、カッシーニは発進して艦の直掩に。レグルス、スケアクロウ、ヴィルヘルムは引き続き待機お願いします≫
≪フリントロック以下3隻を視認。合流します≫
艦橋につないだままの通信回線からクルーの声が聞こえてくる。レグルス・ベルセのコックピットで静かに出撃を待っているミハイルは、ふと動き出した僚機に目をやる。メカニックたちは退避し、ハッチが開けられ真空となった格納庫から次々に発進していく。
≪ヴォイジャー発進。警戒にあたります≫
≪カッシーニ、続きます≫
母艦、ファランクスから飛び出した2機のロードは上下に分かれて艦の護衛にあたる。それに合わせて1機のワーカーが甲板上へ現れた。
≪リノセウス、出撃します。セレン、無理はしないようになさい?≫
リノセウスに搭乗しているのは先の戦闘で両足を失ったテミス。ロードに比べ比較的操縦の簡単なワーカーに搭乗するまでには回復した彼女は、簡易的な義足を装着したうえでパイロットとして復帰した。ファランクスの甲板上を歩き回って迎撃する程度のことしかできないが、十分戦力としての働きは期待できる。それに彼女自身の意向でもある。
ロード用のライフルに、ミサイルコンテナといった支援用の装備のリノセウスは、その体格には少し不釣り合いなロード用ライフルを軽々と持っている。パワーが売りのリノセウスならではの特徴を生かして、威力が心許ないワーカー用装備ではなくロード用装備を選択したのだ。
≪姉さんこそ、本調子じゃないんですからほどほどにしてくださいね≫
セレンが乗るカッシーニがちらりと姉のテミスの乗るリノセウスを確認する。彼女はだいぶ精神的に回復したが、やはりまだ姉が心配なのだろう。
≪無駄口叩くなよ。3時の方向、自衛軍と合流だ≫
その滝沢の声に反応して左側を見ると、もうすぐそこに自衛軍の艦隊があった。
「でも……」
ミハイルは小さく呟く。ここまで堂々と行動しているというのに敵のアクションは何もない。打ち上げの時の襲撃の激しさとの落差で、今のこの静けさが不気味にすら感じる。
何かがおかしい。それは誰もが感じていることだろうが、その正体がわからないだけに口には出せずにいた。
***
現在、地球の軌道上では多数の兵器がある。それは衛星兵器だけではない。様々な国が様々な情報によって自身の国を守るべく、その戦力を人工衛星などの防衛に充てていた。
そのおかげで、中の悪い国同士の部隊が鉢合わせると一触即発といった雰囲気になることが少なからず起きていた。
「ったくよ……。またあいつらかよ」
アメリカの衛星護衛の任についている海兵隊員の一人がレーダーを見て愚痴る。レーダーが示しているのは傭兵の乗るアーリア。しかしただのアーリアではない。国に雇われた傭兵だ。中国やロシアといった国としてPMSCに力を入れている国は自国の兵ではなく傭兵を雇っているのだ。
≪いや、よく見ろ。ありゃあ軍のエンブレムだ≫
僚機から傭兵ではないことを知らせる通信が飛ぶ。光学センサーで確認を取ると、確かに軍の、中国の軍のエンブレムであった。
≪総員、警戒しろ!何かおかしい≫
部隊長の警告で部隊の全員が武器を構える。しかし、それを全く意に介さない様子でアーリアの部隊は海兵隊のカッシーニの前まで近づいてきた。
≪何か用か?≫
隊長機が前へ進み出て、アーリアの部隊へ問う。
≪傭兵を雇うのにも金がかかってね。これからは私達も巡回するという旨を伝えに来ただけだ。お互い上の者同士はしっているだろうが、挨拶にきただけだよ≫
アーリア部隊の隊長が返す。それと同時に部下に武器を下すよう指示をした。カッシーニの部隊も続けて武器を下す。
≪無用な騒ぎは起こさないでいただきたいが≫
隊長の声はいささか不機嫌だ。緊張状態が続くこの状況で、こういった挑発にも似た行為をされればそうもなるだろう。
≪それは失礼した。全員、引き上げだ≫
悪びれもしない口調で形だけの謝罪をすると、アーリア部隊は去っていく。ように見えた。
≪うおっ!≫
突如アーリアの1機が身をひるがえしてライフルの引き金を引いた。不意を突いたその弾丸は1機のカッシーニの胴に直撃し、穴をあける。そしてその数秒後に爆発を起こした。
≪貴様!なんのつもりだ!取り押さえろ!≫
アーリア部隊の隊長もその行動は予想外だったのか、うろたえつつも部下にそのアーリアを止めるよう指示をした。数機のアーリアが引き金を引いたアーリアを取り押さえるべく接近する
≪おとなしくしろ!……っ!なんだ!?≫
が、止めに入ったアーリアたちも同じように弾丸で撃ち抜かれた。弾丸の飛来した方を見ると、もう1機のアーリアが同じくライフルを構えていた。
≪なんのつもりって……。そりゃあ、戦争のつもりですよ。隊長さん≫
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