第33話 時間稼ぎ 2

「クソッ!集中できてないってのか!?」


 コックピットで悪態をつく。いつもの自分なら避けれたはずだ。なにを考えているんだ。そんな自身への言葉が浮かんでは消える。

 東条は悩んでいた。先の戦闘で捕らえた捕虜、アルテが言った言葉が彼の中で引っかかっていたのだ。暗に東条は自由ではなく"身勝手"なのだという言葉。


「俺は!」


 迎撃しきれなかったミサイルをシールドで受ける。ミサイルはシールドに着弾し、衝撃と爆炎をまき散らすが本体にダメージはない。しかし、シールドはいくらか損傷し、次に同じだけのダメージを受ければ使い物にならなくなってしまうだろう。


「耐ビームコーティングしたってのに運がねえな……!」


 宇宙での戦闘に備え、五菱の各機には耐ビームコーティング処理がされていた。宇宙空間では大気によるビームの減衰がないためビーム兵器が装備される傾向にある。まだまだ宇宙空間での戦闘自体あまり行われてはいないが、そういった事情のため値は張るが耐ビームコーティング処理を今回は行っていたのだ。ミサイルによる攻撃でその処理が少し無駄になってしまったわけだが。


≪――――!≫


 スケアクロウから何か通信が飛んでくるが、ノイズがひどくて聞き取れたものじゃない。爆炎を振り払うようにしてシールドライフルの銃口からビームの刃を形成すると、一気に敵オーバードに接近する。

 その行動を確認したスケアクロウがサブアームに持たせていた2つの筒、無反動砲を両手に持ち、オーバードの正面へ位置取った。肩に担ぐようにしてそれを構えると間髪入れずに撃ち始める。

 瞬く間に打ち切った無反動砲を、リロードすることなく捨てると、再びロングソードを抜き、空いた左腕で背部に格納していた細身の剣、メイルブレイカーのような武器を抜いた。

 正面をシールドで防御しつつ上空のヴィルヘルムを狙ってショットガンを撃つオーバードに向かい突っ込むスケアクロウ。オーバードが大型のヒートブレードを横に薙ぎ切断せんとするが、機体の重心を低くしてさらにロングソードで受け流すことでダメージを回避する。

 そのまま肉薄し地を蹴ると、シールドとシールドの隙間にメイルブレイカーを突き立て、てこの原理で隙を作る。そしてそのまま青い光を放つロングソードをねじ込んだ。シールドの内側に滑り込んだ刃はオーバードの左肩付け根付近に突き刺さったらしく、次にヒートブレードを振るうオーバードの動きはぎこちなかった。二度目の斬撃は突き刺さったままのロングソードを足場にしたジャンプを行うことによって軽々と避ける。

 

「相変わらずこえー動きしやがるな……」


 鮫島の常人離れした動きに感心しつつも東条はこの機に乗じてショットガンを狙った一撃。銃身を切断する。そしてすれ違いざまに再び航空機形態へ変形し、その上にスケアクロウを乗せた。


≪潮時だ。艦へ戻るぞ。あとは他の者に任せよう≫


「了解。鮫島さんは先行っててくれよ。こいつは空が飛べる分多少は粘っても問題ないはずだ」


≪分かった。だが1分だ。それ以上はお前が取り残される≫


「あいよ。行ってくれ」


 スケアクロウはある程度艦、ファランクスへ接近したところでヴィルヘルムから降りる。

 それを確認した東条は旋回して再度オーバードに接近する。すると、オービットの1機が腕部の誘導ビーコン装置を向けて、通信を飛ばしてきた。


≪五菱の、戻らなくていいのか?≫


「あと少しだけだ。打ち上がるまで頼むよ」


≪仕事だからな≫


 鮫島が抜けた穴を埋めるべく、防衛部隊のいくらかがオーバードの対処に回っているが、オーバード相手の経験の乏しい彼らではかなり手に余っている様子だ。それでも文句を言わないあたり彼らはプロだ。


≪爆発物で盾を退かせ!シーカーのミサイルで体勢を崩させろ!≫


 シーカーがミサイルユニットを担ぎ、オーバードへ向ける。続けて傍らのオービットが誘導レーザーとハンドライフルをオーバードへ向けた。

 ヴィルヘルムもそれに合わせてビームを撃ち込む。誘導レーザーがターゲティングしているオーバードめがけて無数のミサイルと弾丸が向かっていく。シールドの隙間から弾丸がオーバード本体に直撃するものの、ダメージを受けているそぶりを全く見せない。再び右腕を回転させると、今度はビームキャノンを装備した腕が現れる。


「いくつ腕があるってんだよ!」


 ヒートブレードがオービットを切り裂く。胴体半ばから切断されたそれは糸が切れたように倒れる。中のパイロットも無事ではないだろう。


≪ファランクス、離陸するぞ!五菱の、乗り遅れるなよ!≫


  先ほどのオービットが無線で警告してくる。再びオーバードに接近し、ミサイルコンテナを斬りつけたヴィルヘルムは留まることなく急上昇し、離陸しつつあるファランクスへと向かう。


「感謝する。……って危なっ!?」


オーバードは明らかにヴィルヘルムを狙った攻撃を仕掛けてきている。よほど煩わしいのだろう。向き直り、シールドを構えて飛来するビームキャノンを受け止める。


「相手してらんねえっての!コイツで我慢しな!」


 コーティング処理のおかげで攻撃は防げたものの、シールドは砕けてしまった。もはやフレームのみとなったシールドをパージしつつシールドライフルの銃口を掴み、サーベルを形成させる。数秒は刃を保てるようエネルギーを送り込み、立て続けに2本投げた。

 不安定な姿勢ながらも狙いすましたそれはシールドを支えるアームを1つ切断するに至った。


「間に合うか!?」


 上昇を続けるファランクスに追いつかんとするヴィルヘルム。高度が上がるにつれてジャミングの影響がなくなっていく。圧力によってその色を変えるセプト粒子は、地上では緑だったその色を徐々に変化させ、オレンジ色になっていた。


≪東条さん!早くこちらへ!≫

 

 格納庫への扉の1つがゆっくりと開き、中からレグルス・ベルセが顔を出す。それを確認した東条は出力を限界まで高めてファランクスの横に付く。が、それで精いっぱいだ。格納庫の中に入る余力はない。


「無理だ!横に付くのが関の山だ!」


≪少しは頼ってくださいよ!≫


 ベルセは腕部からワイヤーを射出し、ヴィルヘルムを捉える。それから先に帰還していたスケアクロウの手をかりてワイヤーを手繰り寄せた。空いている方の手でヴィルヘルムを掴む。


「すまない」


 人型に変形させつつ入り口に手をかける東条。それをベルセとスケアクロウが中へ引き入れた。


≪そうじゃなくてありがとう、ですよ。東条さんはいつも一人で頑張りすぎなんです≫


「そう、かもな。ありがとう、覚えておく」



***



「ヴィルヘルム収容完了。ハッチ閉じます」


「よし、スケアクロウとヴィルヘルムの整備急げよ!」


 追撃の心配がなくなりつつある高度に達したファランクスであるが、艦内の慌ただしさは変わらなかった。むしろ忙しくなっていると言った方がいい。だんだんと暗くなる空を見つつ滝沢は指示を飛ばしていた。


≪スケアクロウはともかくヴィルヘルムは結構な消耗ですよ。早速予備パーツを使う羽目になるとは≫


 決して幸先の良いスタートとは言えない状況に格納庫で整備にあたっているクレストが苦言を呈す。せっかく整備した機体がものの数十分でボロボロになってしまったのだ。彼の気持ちはわからないでもない。


「まあ、そう言うな。私はオーバードの襲撃をこの程度の被害でしのげただけでも十分だと思うが」


≪そうは言いましても手をかけた子が傷つくのは耐えがたいものですよ≫


 ヴィルヘルムはクレストが一から作り上げた言わば我が子のようなものだ。それが傷ついて帰還すれば悲しいということなのだろう。


「ご歓談中失礼しますが、まもなく大気圏突破です。ご指示を」


 オペレーターの一人にたしなめられ、滝沢は通信を切るとCGで補正された目の前の景色を観察する。宇宙へ出るのはこれで2度目だ。まだ宇宙空間特有の無重力の感覚や足元に地球がある、という感覚には慣れない。本能的ともいえる恐怖を頭の隅に追いやると、艦全体へつながっている回線を開いた。


「各員、本艦はまもなく大気圏を突破する。自衛軍の軌道隊と合流する手はずになってはいるが、くれぐれも気を抜くなよ。敵はどこから来るかわからんぞ」

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