第21話 襲撃者の帰還
格納庫の扉が開くと雪が強風とともに屋内へ入り込んでくる。それから幾らか時間がたつと、4つ目の巨人たちが入って来た。先頭の1機は上半身と片腕を半ば失った状態で、搭乗者が丸見えの状態だ。そのコックピットは入り込んだ雪がこびりついており、操縦系統の不調が心配される。続く5機も程度は違えど、ダメージを負っているのが確認できる。その損傷のほとんどが脚部や腕部の関節周辺であることから、相対した敵が"動きを鈍らせる"よう立ち回っていたのが伺える。機動力を売りにしているディフィオンには有効な手だ。
格納庫に入った6機の巨人、ニカーヤは空いているハンガーへ移動すると、その機能を停止しコックピットからパイロットが出てくる。
「ニカーヤはすぐに修理!さっさと終わらせて帰ってもらうんだからな!」
「損傷が大きい機体は応急修理に止めとけ!」
パイロットと入れ替わりで待機していた整備チームが機体の元へ走っていく。彼らはこの施設でも優秀なメカニックたちだ。
「よぉ、お仕事ご苦労さん。よく吹雪の中戻ってこれたな」
雇われのPMSCであるディフィオンの面々を最初に出迎えたのは、この施設の防衛を一任されているアルバート・サイラスであった。彼は海上での一件の後この施設へ部隊ごと移動し、ここの警備の任にあたっている。といってもこのような辺鄙なところに来る人間などいないので、毎日噛みついてくる渡の相手をして過ごしているだけだが。
「吹雪は大した障害にはなりません」
答えたのはディフィオン実働部隊のリーダー、マルクだ。彼の機体は一番ひどい損傷を受けたにも関わらず、彼自身は体が冷えた程度で済んでいる。
彼は出撃前からサイラスが懸念していた吹雪の件について言及した。
「ああ、それはよぉーくわかったとも。しかし、仕留めそこなったようじゃないか。我々が貸し出したマヒトツも全滅だ」
「依頼の失敗に関しては申し訳ありません」
「いや、いいんだよ。私が知りたいのは君たちがどこまでやれたのか、だ」
サイラスはまるで依頼が成功したかなどは眼中にないかのような発言をする。そこがマルクには引っかかって聞こえた。
「なるほどね。今回の依頼は成功せずともよかったってわけか。あなたの発言を聞く限り本当の目的は五菱の戦力を削ること。そうでしょ?」
マルクの後ろからひょっこりと顔を出したレナートがサイラスに答え合わせをするかのように聞く。彼が言った内容は当たっていたようで、サイラスは少し驚いたような顔をした。
「ほう、驚いたな。彼の言う通りだ。それで、マルク隊長。報告は?」
「え、ええ。分かりました。部下は休憩させても?」
「構わんとも」
サイラスに促されたマルクは、レナートに合図をして部下を解散させると報告を始めた。
まず、護衛の縁刀部隊は壊滅させたこと。そして損害は出したものの五菱のカッシーニを1機撃破し、"スケアクロウ"を中破に追い込んだこと。それらを事細かに報告した。そしてそれをサイラスは思いのほか興味深そうに聞いている。
「想像以上の成果だな。正直言ってディフィオンの噂は昔ならともかく、信じてはいなかった。すばらしいな。依頼は達成された。報酬は指定された方法で振り込まれるはずだ」
「それはどうも。私としてはもともと提示されていた内容を達成できなかったのは心残りではありますけど」
騙されたような気がしてどうにも腑に落ちないものがあるが、報酬が出るのなら文句はない。今回はかなり高額の報酬が約束されていた。それこそ補給や修理をした後に最新鋭のロードをオプション込みで2機は買えるほどの額だ。それに加え戦闘のダメージはここのスタッフが修理してくれるときた。話がうますぎて正直今でも信じられないというのがマルクの本心だった。
「なんにせよ、報酬をいただけるなら文句はありません。休息を取ったら帰らせていただきます。それと私の機体は廃棄していただいて結構ですので」
「ああ、ご苦労」
マルクの言葉にはいはいと手を振りながら答える。どうやらもうマルクたちに興味はなくなったらしい。
「レナート。少ししたらここを出る」
サイラスとの会話を終えた後、小声でつぶやくマルク。彼の耳には通信端末が装着されており、それで連絡を試みたのだ。相手は最も信頼する相棒のレナート。何かを感じ取ったマルクはすぐさま彼に指示をする。
≪お、気づいてたんだ。了解。全員に伝えてあるよ≫
「俺はお前の機体に乗せてもらう」
≪はいはい≫
レナートは何かに気づいたのだろうマルクの言葉に了解の意を示した。マルクは彼の調子のいい返事を聞き流しつつ、束の間の休息をするべく格納庫を後にした。
***
「隊長」
「ん、ワタリ君。どうした?」
マルクとすれ違いでサイラスのもとに来た渡は、マルクの背を見ている。
「いいんですか、アレ。気づいてますよ」
「ん、ああ。気づいてるなら、それはそれで構わんよ。まあ、それで無傷で帰れるとは思わんがな」
去っていくマルクを顎で指した渡の言葉に、サイラスは曖昧に答えた。彼らが話しているのは"上で決定された彼らの処遇"についてであった。
ここは彼らの組織にとってもある程度重要な位置づけにある施設だ。その内部を見てしまった外部の者は、たとえ世界有数の傭兵だとしても生きては返せない。それが彼らディフィオンの処遇だ。察しのいいレナートと、彼との付き合いが長いマルクはそれに気づいていたようだが。
「俺も後々あいつらと戦ってみたいと思ってたし、生きて帰ってくれるならそれでいいのかもな」
「残念ながら我々は宇宙へ上がらければならんからな。せいぜい無事を祈っていたまえよ」
サイラスと渡は上からの指令で五菱がここに来る前に宇宙に上がることになっている。サイラスは色々と知っているようだが、渡には大した情報は入ってこない。が、渡はこの組織を利用しているだけであるし、それは相手も同じなのだろうと結論付けていた。
「はあ。……そういや、宇宙と言えば例の白いヤツはどうなったんです?」
レグルスと交戦し、その力を示した機体。同じ組織の人間である渡ですらその名を知らない白い機体のことがふと気になった。レグルスも白い機体もキールが開発を主導した機体と聞く。それに2機のレグルスのパイロットはキールが手をかけていた被検体だ。白い機体のパイロットはきっとそれ以上のレアな存在なのだろうと渡は勝手に考えていた。
「ああ、あれは先に博士と一緒に宇宙に行ったよ。ついにパイロットの顔を拝むことは叶わなかったが、色々とそれについては想像ができるな」
「あのパイロット中々強かったので模擬戦でもしてみたかったもんですけどね」
何度か共同で作戦をしているにもかかわらず、一度としてパイロットの顔を見た者はいないことについてサイラスは何か思うところがあるようだったが、やはり渡にとってはそれはどうでもいいことだ。レグルスを圧倒したその実力を体験してみたいという願望のみがある。
「あの白い機体は別格だ。俺に勝てないヤツがアレに挑めるかよ。焦らず経験を積むことだな」
「別格……ですか」
渡はサイラスと何度かシミュレーションではあるが、模擬戦を行っていた。しかし結果は全敗。よくて片腕を斬り飛ばした程度だ。徐々に腕を上げている感覚はあるものの、彼や鮫島のようなベテランには今一つ追い付けていない。それほどに腕の立つ男に別格と言わしめるほどのパイロット。それが何者なのか、渡の中でほんの少し興味が湧いた。
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