第20話 吹雪の中で

「こいつらッ!」


 目の前に迫ったニカーヤのサーベルを受け止めるべくロングソードを構えるが、刃を受け止める前にその腕はだらんと糸が切れたように動かなくなってしまう。驚き、損傷個所をチェックすると腕の付け根から機能が失われていた。おそらく相方の狙撃機が撃ち抜いたのだろう。


「まずいな……」


 片腕を失い、今はほぼ倒れているといっても遜色ない体勢だ。どう動いても機体にダメージを負うことは避けられない。ならば――


「ッ!」


 生き残った左腕を迫るサーベルに差し出すようにして身をよじらせる。踏ん張れない体勢のため、シールドで受けきることは不可能だ。サーベルがシールドの表面を溶かしながら滑り、腕の付け根辺りに到達するとそこから珀雷の腕が斬り飛ばされる。しかし、それだけだ。パイロットである鮫島には傷一つついていない。

 両腕を犠牲にして何とか命を失うことだけは免れた鮫島はそのまま出力を全開にして、接近戦を挑んできたニカーヤに体当たりをした。まさか仕留めきれないとは思っていなかったのだろう、ニカーヤは予想外の攻撃に体勢を崩した。


「一度退きたいところだが!」


 ついでとばかりに珀雷はニカーヤに蹴りをお見舞いする。が、それ以上は反撃をしない。ニカーヤは何らかの方法で珀雷の位置に検討をつけて狙撃してきている。となれば動きを止めるのは得策ではない。


≪鮫島さん!≫


 ニカーヤから距離を取ったところで、ミハイルからの通信が入る。彼はその通信の後に吹雪の中から片腕が長距離用ライフルのニカーヤともみ合いになりながら現れた。

 レグルスの左腕に装備されたシールドの先端でニカーヤの頭部を殴る。その衝撃でニカーヤの光学センサーが点滅する。ニカーヤのほうも右腕のビームライフルで反撃するが、そもそも銃口がレグルスに向くことはなくビームはあらぬ方向へ飛んでいく。


≪これでとどめ!≫


 鞘に収まった状態のロングソードを居合のように、抜くと同時に斬り上げる。至近で放たれたそれをニカーヤは避けることはできず、左脇辺りから首にかけてをその熱で溶断される。コックピットの上一部分も巻き込んだそれはニカーヤを操縦するマルクの姿を露わにした。顔の右側を覆うような大きな傷跡がある、目つきの鋭い30代前半の男がレグルスを見据えていた。


「マルク・ゼレノフ……。相手はディフィオンだったか」


 ディフィオン。主にロシアで活動するPMSCだ。その歴史は古く、ロードが兵器として確立する前からある会社だ。ロードを運用し始めてからもその実績は素晴らしく、その実力は世界的に有名である。実働部隊のリーダーがマルクになってからは寒冷地仕様の機体であるニカーヤを買い揃え、新たにパイロットを補充する際はマルク自らが探しに行き、連携をより確かなものにしたことで実戦でもこれまで以上に業績を伸ばすことに成功した。

 ニカーヤが受けたのは致命的なダメージではあるが、しかしまだ動くことはできるようだった。マルクは体勢を立て直した僚機のところへ退きつつ、まだ生きていた機体の拡声器を使って五菱に、鮫島に呼びかける。


≪スケアクロウ。傭兵一とすら言われたあなたを破る機会を逃したことを心底残念に思っているよ。依頼を達成できなかったのは心残りではあるが、良い経験ができた。次に会うときは敵でないことを祈る≫


≪じゃあね、そこの新型クンも。中々いい動きだったよ≫


 マルクに続いて僚機からもレグルスに向けての言葉がかけられる。ミハイルはそれに言葉を返そうとするが、その前に2機のニカーヤは吹雪の中に消えていった。

 ミハイルは呆気にとられていたが、鮫島のことを思い出して珀雷のほうへと駆け寄った。


≪鮫島さん、ケガは?≫


 鮫島は警戒を解いたのか、珀雷を片膝をついた形で動きを止めていた。


「大丈夫だ。ここまで追い詰められたのは久々だ。カラスとやりあった時より危なかった。私ももう第一線は厳しいのかもな」


≪何言ってるんですか。あなたが第一線を張れなきゃ世の中のパイロットの大半は、パイロット失格ですよ≫


 ロングソードを鞘に戻し、斬り飛ばされた珀雷の部品を拾い上げるレグルス。それを確認した鮫島は機体を立たせ、移動に問題がないことを確認した。


≪戻りましょう。東条さんたちの安否も気になりますし≫


「ああ、ファランクスに戻るとしよう」



***



「姉さん!」


 テミス機の胴にニカーヤのサーベルが深々と突き刺さる。コックピットにニアミスしたそれを引き抜いたニカーヤは救援に入ったセレン機のロングソードを受け止める。


≪大……丈夫、だから……≫


 テミスは苦し気な声で応える。いくらニアミスとはいえコックピットにも被害が及んでいるはずだ。大丈夫なわけがない。


「そんなことッ!」


 姉の心配で機体の操縦にいくらか隙が生まれる。いつもならばもう1機を警戒して深追いはしないところだが、防御の徹するニカーヤに対して大ぶりな一撃を加えた。

ジリジリとサーベルの熱がロングソードを焦がしながら、その刃を滑っていく。サーベルで何とか受け流したニカーヤは、反撃とばかりに逆袈裟に斬り上げるモーションに入った。そして、その反対側からはシールドブースターに乗ったもう1機が同じくサーベルを構えて距離を詰めていた。


≪バカ、熱くなってんなよ!≫


 常盤の声とともに吹雪の中からビームソードがセレン機の背後に迫るニカーヤの頭部に向かって飛んでいき、突き刺さる。視界が失われバランスを崩したニカーヤはセレン機から大きく逸れて通り過ぎていく。

 それと同時に反撃していたもう1機も空からの射撃を受けて、その場から距離を取った。


≪すまん、吹雪で探すのに手間取った≫


 ニカーヤを追い払うような牽制射撃をしながら降下してきたのは東条の乗るヴィルヘルムだ。セレン機の前に着陸し、距離を取ったニカーヤに向かい、射撃を続ける。

それは当てる、というよりも攻撃をさせないための射撃だ。

 事実、2機のニカーヤは分が悪いと見たのか、撤退を始めている。


「お二人とも、すみません。私がもう少ししっかりしていれば……」


≪そういうのは後にしろ。テミスの治療が優先だ。ふねに運ぶぞ。常盤≫


≪了解。セレン機はまだ動けるな?≫


 東条、常盤機は少ない言葉で意思疎通をすると、動かなくなったテミス機に肩を貸す形で運び始める。


「私が!……私が先導しますので」


≪ああ、助かる≫


 自分が弱いばかりに姉が負傷し、東条たちの手を煩わせてしまった。そんな自責の念に駆られつつも、セレンは今自分ができることを精いっぱい行おうとしていた。



***



 吹雪が激しさを増す中、出撃したミハイル達を収容したファランクスは吹雪がやむまでその場にとどまることにしていた。どのみち、損傷した機体の修理もあるためある意味ちょうどよかったとも言える。

 テミスが医務室に運び込まれたこともあり、パイロットたちはそこに集まり今後の方針を立てようとしていた。しかし、予想以上の被害で場の空気は重く、しばらくは沈黙が場を支配していた。


「すまない、滝沢くん。これから本命だというのにこのざまだ」


 鮫島が先の戦闘の際にコックピット内で負った傷口を消毒しつつ、口を開いた。応急処置の手際は、さすがにベテランパイロットというべきか、完璧なものであった。 


「いえ、相手はあのディフィオンだ。ともすれば"探究者"などより手強い相手でしょう」


「あー、えっと。ディフィオンって何なんです?」


 傭兵界隈の事情に詳しくないミハイルが、ライサの薬の準備をしつつ質問した。


「簡単に説明すればロシア、ヨーロッパで一番腕が立つって言われてるPMSCだよ。先代のリーダーは鮫島さんと互角かそれ以上って言われてた。今でも"ロシアで仕事をするならディフィオンを敵に回すな"って言われるくらいには腕の立つ集団だな」


 ミハイルの質問には東条が答えた。彼は最年少でロードの操縦資格を取って以来PMSCの業界で生きてきたため、そういう事情には鮫島ほどではないが詳しい。


「まあ、とにかく今は機体の修理とテミスの治療だ。先生の話じゃ両足がやられちまったらしい。義足の用意なんてないし、帰るまでは安静にしてもらうか彼女だけ帰国させるか、だが」


「ここから近くの街に引き返すにしても相当な時間がかかる。現地への到着予定時刻から36時間後には縁刀の迎えが来る手筈だから、このまま仕事を続けた方がいい」


 東条の提案に鮫島は前者を選択する。下手に街の病院に預けるより縁刀の伝手で治療させた方が色々といい。傭兵にケガはつきものだ。ならばその道専門の医者を抱えている縁刀に任せた方がいいと判断したのだ。


「とにかく、しばらくはけが人は安静に。他のものは休息を。吹雪がやめばすぐに出発だ」


 滝沢の言葉に頷いた一同。そこに滝沢は「鮫島さんもけが人なんですからね」と付け加えた。

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