第19話 強者 3
≪スティング2、無理はするな!≫
≪しかしこれでは全滅です……うおっ!≫
片腕を失ったカッシーニをかばうように前へ出たハーシェルが残弾の心許なくなったサブマシンガンでニカーヤを狙うが、撃破には至らない。当たったとしても表面に傷をつけるにとどまっている。ナイトワーカーでここまで耐え抜けたのは縁刀のパイロットの腕がいいからだろう。
しかし、それも長くは続かない。もはや護衛部隊は壊滅状態であり、全滅は時間の問題だ。ハーシェルはニカーヤのライフルによって大きな風穴を開けられ、ついに動きを止める。
≪縁刀が全滅など……許されるはずが――≫
残されたカッシーニは、最期まで任務を果たそうとニカーヤを狙い続けるが決定的なダメージを与えられない。シールドブースターによって加速したニカーヤは軽やかな身のこなしでダメージを最小限に抑えてカッシーニに肉薄すると、すれ違いざまにビームの刃でコックピットを貫いた。
***
≪クソッ!全滅かよ……!≫
常盤が悪態をつく。急いで発進したつもりではいたが、護衛部隊の被害は甚大で、すでに1機としてまともに戦える機体はいなかった。戦闘不能な機体はコックピットや炉を破壊されており、敵の力量の高さがうかがえる。
≪レグルスとヴォイジャーで1班、テミスとセレンのカッシーニで2班。私は単独で動く。各機、もうすぐ吹雪いてきそうだ。艦からあまり離れるなよ?≫
≪了解≫
鮫島の指示に了解の意を示した各員は、それぞれツーマンセルで動き出す。外はすでに雪が降り始めており、それに伴って風も強くなりつつあった。その中を6機のニカーヤが縦横無尽に動き回っている。
「姉さん」
≪分かってるわ≫
姉のテミスがセレンを援護する形で2機のニカーヤに仕掛ける。実弾ライフルで牽制しつつニカーヤの進路を制限するテミス。そこにロングソードを構えたセレン機が飛び出し、コックピットを狙った一撃を繰り出す。
「ッ!」
放たれた鋭い突きはいとも簡単に、とまではいかないが苦なくいなされてしまう。
≪無理はしない!≫
テミスが援護の射撃をする。ニカーヤの乗るシールドブースターを狙ったそれは命中し、速度をいくらか落とすことに成功する。
「分かってますよ」
無理をせず次の攻撃に備えるセレン。天候は徐々に崩れ始め、視界が悪くなり始めていた。
***
常盤と組んだミハイルは、彼に従い悪化しつつある天候の中ニカーヤを追い回していた。無駄な行動だとニカーヤのパイロットたちは思っただろう。しかし、それは常盤機が装備する試作武装に関係している。
≪散布完了。識別信号認識確認。ちと不安だけど、やってみるしかないか≫
「じゃあそろそろ始めましょうか」
常磐とミハイルはただニカーヤを追いかけているように見せかけて、戦闘区域内を包囲するように動いていた。
常盤の乗るヴォイジャーのバックパックにはコンテナのようなものが設置されており、そこから緑色のセプチウム粒子を発しながら滞空する何かが射出されている。それはゆっくりと雪面に着地すると雪の中にその姿を隠していく。
これは感知式の機雷である。識別信号により味方機には作動せず、敵機のみに反応する。
≪今回は俺に従ってもらうぞ≫
「分かりました」
常盤はニカーヤと同じ土俵で戦うためにヴォイジャーを降下させ、ホバー移動へと切り替える。レグルスも高度を下げて雪原に脚をつけた。
2機のニカーヤは攻撃のチャンスとばかりに反転し、ビームを撃ち始める。常盤もミハイルもそれを承知でシールドを構え、機を待つ。
≪行くぞ!≫
常盤がそう言うや否や、先頭を行くニカーヤが爆発とともにバランスを崩した。ヴォイジャーの散布した機雷はダメージがほとんどないものの、与える衝撃が強い。爆発の際に重力制御に使われているセプチウム粒子を巻き込むことによって強烈な斥力を発生させ、小型の機雷でありながらロードですらバランスを崩すほどの衝撃を生み出すのだ。
バランスを崩したニカーヤは、それでも転倒はすることなかった。シールドブースターとの接続を解除したことにより両の脚は自由となり、なんとか着地に成功している。
「こいつら、中々強い……!」
≪機を逃さずに攻撃あるのみ、だ!≫
普段は僚機に合わせることが多い常盤だが、今回は今まで我慢していた分暴れるとでも言うように積極的に仕掛け始めている。とはいえミハイルからすれば援護しやすく、自分勝手に戦っているわけでもない。
隙を見せたニカーヤにビームを撃ち込む常盤。爆発の衝撃で雪が煙幕のようになってしまったのは誤算だったが、ニカーヤの足先にビームを当てることに成功した。
しかし、ニカーヤもやられっぱなしではない。ダメージを負ったニカーヤを庇うように前へ出る。シールドの端を踏みつけるとその反動でシールドが2機を隠す形で立ち上がった。
≪当て損ねたか!≫
「これまでの敵とは強さが違う!」
今までの敵は単純な操縦技術に長けたような者が多かった。しかし今相手にしている部隊は技術はもちろん才能も、経験も豊富な別格という印象を受ける。それに加えチームとしての連携能力も高い。使っているのが従来機のニカーヤだからどうにかなっているといってもいいだろう。
≪ミハイル、少し勝手に動かせてもらうぞ!ついてこれるなら援護を、無理なら援護射撃程度は頼む!≫
「任せてくださいよ」
常盤は周囲に散布させておいた機雷をアクティブにする。アクティブになった機雷は粒子を散布して敵の正確な位置を探知するディテクターとしての機能もある。いくら悪天候とはいえ粒子の密度が高ければ、近距離での探知は可能だ。
そしてライフルを構え叫ぶ。
≪ミハイルッ!≫
「言われなくても!」
常盤に言われると同時にミハイルはレグルスの両腕に仕込まれたワイヤーロッドを射出してシールドブースターに取りつけると、そのまま両腕を振り回してシールドを文字通り"ぶん投げた"。
≪よくわかっている!≫
常盤はミハイルの行動を待っていたと言わんばかりにライフルのモードを切り替えてビームの弾丸をばらまく。要であるシールドを失ったニカーヤは散開するものの、腕や脚にいくらか被弾した。
牽制程度にいくらか撃ち返してはくるものの、ニカーヤたちは慎重なのか仕掛けてはこない。
「常盤さん」
≪ああ、損失を出す気はないってわけか≫
幾度か無意味な撃ちあいの後に、攻めきれないと判断したニカーヤは付近を掃射して雪の煙幕を張ると、それに紛れて姿を消した。
≪向こうにとってもこちらにとっても、相手の技量は予想外だったってことか。俺はカッシーニと合流する。お前は鮫島さんと合流しろ≫
構えていたライフルの銃口を下げ、周囲の状況を探り始める常盤。吹雪によって辺りは、真っ白だ。ロードの腕を伸ばせば、その指先は雪の中に消えてしまう。
「鮫島さんと合流するのは常盤さんのほうがいいんじゃ?」
≪テミスとセレンのおてんばに付き合ってやれるのは俺くらいだよ。それに鮫島さんの戦いはヴォイジャーより新型のレグルスじゃなきゃ合わせられんよ≫
「はぁ。分かりました。ご無事で」
≪言われなくても≫
ミハイルの言葉に当然とばかりに常盤は答えると、カッシーニの応援をすべくその場を立ち去る。
「さて、俺も早く合流しなきゃな」
ヴォイジャーを見送ると、ミハイルも吹雪の中を移動し始めた。
***
≪また外れた!?≫
吹雪の中からマルク機が撃った弾丸は珀雷に命中することはなかった。外したのではない。よけられたのだ。
「僕たちの連携に問題はないはず……。この珀雷、例のスケアクロウとかいうやつか?」
マルクとレナートは視界が悪い状態でも個々の能力を最大限に発揮できるよう互いの癖を頭に叩き込み、状況の変化に関わらず連携力が維持できるよう訓練している。
レナートが常に敵機の正面に位置取るように立ち回ることにより、ギリギリレナート機の識別信号を拾うことができる位置まで離れているマルク機でもタイミングを合わせれば狙撃が可能なのだ。
≪可能性は十分ある。スケアクロウは40年近くロードに乗り続けているらしい。体力や反射神経は衰えたとしても技術と経験値は相当なものだろう≫
「ならこっちは唯一勝っているであろう数を武器にするべきってことだね」
≪ああ、本気にならなきゃあっという間だ!≫
位置を変えたマルク機がもう一度狙撃を行う。それと同時に右腕のライフルをサーベルモードに切り替え、一撃離脱を試みた。
対する珀雷は先日の海戦で使用したビームの特性を兼ね備えたロングソードを右手に構え、踏み出す。お互いに距離を詰めて刃を交えるつもりだ。そしてその珀雷の斜め後方に位置取ったマルク機が隙を伺う。
「おおおッ!」
気合とともにレナートがサーベルを横に薙ぐ。出力を上げて刀身と太さを伸ばしたその一撃は珀雷の胴、つまりコックピットを捉えた。
しかし――
「なっ……!?」
珀雷はそれを読んでいたかのように重心を下げ、サーベルの下へ潜りこんだ。そしてニカーヤを串刺しにする勢いの鋭い突きがレナート機へ迫る。
「やられないよ!」
レナートは即座に機体のバランスを変え、機体を後方へのけぞらせることでシールドブースターが突きを防ぐように雪面から浮かせた。そしてそのまま速度を上げて珀雷の頭上へと飛び上がる。しかし珀雷はそのまま突きを放つ。ビームの特性も持つロングソードは突きと同時に剣先がいくらかシールドにめり込み、そしてシールドブースターはその衝撃で本来の軌道をそれてしまった。
≪いいぞ、今度こそ!≫
タイミングを見計らっていたマルク機がライフルの引き金を引く。吹雪の中から現れた弾丸に、驚くことに珀雷はシールドを構えるという反応をする。が、無理な体勢での防御のせいで、また弾丸の衝撃が想定以上のものだったこともあり大きくのけぞってしまった。
「これは貰った」
珀雷から突きを受けたと同時にシールドブースターとの固定を解除し、大きく飛び上がっていたレナート機が今度こそとばかりにサーベルを落下する機体重量を乗せた形で振り下ろす。獲物にとどめを刺す獣のような雰囲気を放つ彼の機体とは裏腹に彼はいたって冷静だ。
≪もう一発!≫
珀雷はロングソードで受け止めようとするが、マルクがそれをさせない。剣を持った腕の付け根を正確に撃ち抜き、その機能を絶つ。そして、レナート機のサーベルが珀雷を切断した。
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