第22話  追撃

 五菱のパイロット、テミス・ベンディクス。彼女が先の戦闘で負った傷は深い。ニカーヤが放った突きをどうにか避けようとした結果、その刃はコックピットをわずかに逸れ、彼女の乗ったカッシーニを貫いた。

 命こそ助かったものの、カッシーニを貫いたビームの刀身は同時に彼女の両足を奪った。今の彼女は膝から下がない。そのせいでテミスはパイロット生命を断たれたといっても過言ではない状況だ。せいぜい務められて艦の迎撃システムのコントロールぐらいだろう。足がなくてはロードのパイロットは務まらない。

 しかし、不幸中の幸いと言っていいのか、それ以外の負傷はほとんどなく出血も思ったほどしておらず、多少不便にはなるだろうが日常生活自体は送れそうだと診断されていた。


「姉さん……」


「いつまでも自分を責めてはダメよ、セレン」


 いつもに比べ、いくらか力ない声でテミスが妹《セレン》を慰める。テミスが両足を失ったのは自分のせいだと思っているセレンは、負傷した彼女よりも落ち込んでおり、ただ彼女の手を握っている。


「でも、私がもう少しうまくやっていれば。どうしてもそう思ってしまうんです」


 思わず姉の手を握る自身の両手に力が入ってしまう。半ばから失われた姉の両足が目に入るたびに、あの時こうしていればという後悔が頭をめぐる。

 自分たちは強いと思っていた。姉との連携は五菱一といっても過言ではないほどだし、東条の無理な機動についていくことも、多少無理をしてもカバーしてくれる姉の存在も、セレンにとっては当たり前のことだった。だから相手がいくら強くとも、姉や自分が大けがをすることはない、と高を括っていたのかもしれない。今、そんな自分自身をセレンは許せなかった。


「ごめん、なさい」


「今回はたまたま私がケガをしただけよ。何か違っていたらあなたがケガをしていたかもしれないし、ほかのだれかだったかもしれない。それに、ロードのパイロットは皆大なり小なりこういったことは覚悟して乗っています。だからあなたが後悔することはないの。もうあなたと一緒に戦えないのはちょっぴり残念ですけどね」


 テミスは言う。しかしセレンには分かっていた。姉は口ではこんなことをいってはいるけれど、本当は戦えない悔しさでいっぱいのはずだと。

 

「また来ます」


「ええ」


 お互いがお互いの心情を察してか短い言葉でセレンはテミスのもとを後にし、テミスもそれ以上なにも言わなかった。



***



 「ったく。あんな空気の中戻れないっての!」


 たまたま病室から出ていたライサは彼女らの(主にセレンのだが)重い空気を嫌って、搭乗員が利用する食堂まで来ていた。仮にも病人なので個室の病室を用意してほしいところではあるが、そこはファランクスが戦闘用のふねであることから最低限治療のできる設備しか用意されていないので仕方がない。

 彼女は適当な席に座ると、大きくため息をついた。


「もう休んでいられないわね」


 五菱の貴重なパイロットの一人が戦闘不能になってしまった以上ライサはいつまでも休んでいるわけにはいかない。それに鮫島の珀雷も両腕が使えなくなってしまっている。 

 幸い体の調子は戻りつつあるため明日には実力を十全に発揮できる状態にはなるだろう。それに、姉に気を取られているセレンと目立った長所のない常盤はこの先不安が残る。セレンは言わずもがなだが、常盤も"これだけは負けない"という武器がないパイロットだ。唯一優れていたベンディクス姉妹との連携も姉が欠けたことにより武器とは言えなくなった。そのような状態ではとてもじゃないが、生き残れそうにはない。

 その穴を埋めるためにもライサが復帰しなければならない。次の敵は中途半端な実力では倒せないのだ。


「もう体は良くなったんです?」


 ライサに一口大のチョコレートが差し出される。差し出し主を見ると、先の戦闘で打ち身をしたのか、所々を応急処置をしたミハイルがいた。


「女性はみんな甘いもの好きって発想、安直じゃない?いただくけど」


「ライサさん、チョコ好きかなって思ったんだ。カンだけど」


「ふーん」


 ミハイルの気遣いにも厳しい言葉で返すライサだが、チョコレートは受け取った。実のところ、ミハイルの勘は当たっておりライサは甘いもの好きだ。


「次の戦闘で今までの遅れを取り戻すわ。私も、レグルスもたっぷり休んだことだし」


「テミスさんはケガしてるしセレンさんもいつも通りってわけにはいかないと思うし、ライサさんの援護頼りにしてます」


「別にあんたの援護してるわけじゃないけどね」


 チョコレートを口に入れると、それを舌で転がしつつミハイルのほうに向きなおる。大気圏を抜け、出会った日からミハイルはだいぶ変わったとライサは思っている。正確には成長したというべきか。なんとなく"傭兵稼業をしていれば記憶が戻るかもしれない"といったあいまいな願望から"記憶を取り戻すために戦う"という確固たる目的へと変化したからか、戦い方に無駄が少なくなったように感じるのだ。強引な戦い方は相変わらずだが、ある程度の引き際や戦いの流れというものを感じ取れるようになった。

 有り体にいえばライサにとって頼れる存在になったということだ。


「ま、あんたもせいぜい頑張って前線を張りなさい。危なくなったら助けてあげなくもないわよ」 


 ライサは彼女なりの激励の言葉をミハイルへ送ると、病室へ戻ることにした。



***



 吹雪が収まりつつある雪原を5機のニカーヤが駆ける。シールドブースターに乗り、脇目も振らず走行を続けるニカーヤの後ろには数機の第2世代ロードの傑作機の一つであるアーリアを強化、改修した騎士風の機体、セカンド・アリアが追いかけてきている。


「マルク!」


「中破1、小破2。かなりまずい」


しんがりを務めるレナート機のコックピット内でマルクとレナートはどうにか逃げる算段をしていた。自機を捨ててまで"探究者たち"から逃げたにもかかわらず、部下の機体はダメージを受け、非常にまずい状況に陥っている。


「これじゃあ赤字かもね」


「バカいってんじゃない。あのサイラスとかいうやつが追ってこないだけマシだ。最悪機体を捨ててでも離脱するしかない」


「どこまで逃げれば離脱できるんだか」


 ディフィオン始まって以来の危機に焦るマルクとは対照的にレナートは冷静さを保っている。


「何か考えでも?」


 少々苛立った様子でマルクがレナートに尋ねる。その苛立ちはこの状況に対する者でもあったが、それ以上にこの状況を打開する策を考えられない自身に対してのものだ。レナートがいなければこのような危機を切り抜けることはできない。自身には彼のような柔軟さがない、と。


「この方角は大体だけど五菱のいる方角だ。彼らがこのままあの施設に向かってきてるなら、奴らとぶつけることができる。って考えなんだけど、どうかな?」


「なるほど。彼らには悪いがそうさせてもらうか。君のことだ。大体の予測はついているはず。皆に聞かせてくれ。操縦は私が代わる」


 レナートの案に同意すると、マルクは彼と操縦を代わる。レナート機は近接用の調整がされているが、足止め程度ならマルクでもこなせる。それにレナートには細かい指示をしてもらう必要がある。彼には部下との通信、撤退の方向の指示などに専念してもらうことにした。


「よし、それじゃあ始めようか」


減速しつつ反転したレナート機の中でレナートはマルクの肩に手を置いて、行動の開始を宣言した。



***



 ファランクスの格納庫。いつもなら整備が完璧になされた機体たちがずらりと並んでいるが、慣れない環境での戦闘を余儀なくされた現在、撃破された縁刀の機体の使えそうなパーツや損傷した機体ですし詰め状態だ。

 そんな中片腕を斬り飛ばされ、もう片方を肩から撃ち抜かれ使えなくなった自機、珀雷をどう修理したものかと思案する鮫島が城崎、クレストと打ち合わせをしていた。


「では、鮫島さんの乗機についてはこんな感じで」


「ああ、頼みます。護衛の部隊のパイロットも生存者なしで厳しくなるが、整備班にも頑張っていただきたい」


「おう。お前さんの機体とテミスの嬢ちゃんの機体以外は大体整備まで終わってる状態だし、もう少し気張れば楽勝よ」


 鮫島の言葉に完璧な整備を約束する城崎。彼は自身がそれ以上話すことはないとばかりにその場を去り、作業に加わる。

 その姿を見送った2人は問題のテミス機、鮫島機についての詳細について詰め始めた。


「で、さっきの詳細だけど。珀雷に下手に手を加えるのは怖いから、あの腕を有効活用したいんだよ。理想としてはテミス機のコックピットを使えるものに取り換えて、そこから追加装甲とかいろいろつけたいって思ってる」


「私もそれには同意だ。昔と違って攻撃を完璧に避けるのは厳しくなってきてな。防御や武器を使った受け流しくらいしかできない。幸いパーツは十分あるし、君の頭脳なら良い機体に仕上げてくれると信じているよ」


「買いかぶりすぎですよ。私は変な物ばっかりつくるって縁刀でも有名なんですから」


「だが、変なものでも使えないものは作らない。私はそう思う」


 鮫島はファランクスに積み込まれた数々のクレストの"試作品"を見た。どれも問題点はあるが、使えないものはなかった。設計開発という点で鮫島はクレストを信用している。


「なんとか間に合わせま――っ!」


 クレストが言いかけた瞬間、艦が大きく揺れる。鮫島はそれが戦闘のものだと直感する。

 それから数瞬おいて、艦内に第一種戦闘配備を知らせるアラートが鳴り始めた。


「ドクター、私はリノセウスで援護に回る。使えそうな武装を見繕ってくれ」


 鮫島はすぐさまナイトワーカーのあるハンガーへ向かいつつ、クレストに武装の手配を頼む。

 相手が誰にしろ、一筋縄ではいかないのは目に見えている。戦えるものが少なくなってしまった今、少しでも戦力は多い方がいい。ロードより小さく軽いナイトワーカーならば炉の反重力によって積雪に脚を取られづらいし、小回りも効く。

 空いていたリノセウスに乗り込むと、手際よく起動させ護衛のハーシェルが装備していたナイトワーカー用の大型シールドを拝借し、カタパルトに機体の両足を付ける。


「リノセウス、先行して状況を確認する。滝沢君、指揮頼む。ドクター、武器は?」


「はいはい。これね。近接専用の武器だから注意してくださいよ」


 鮫島は滝沢に戦闘の指揮を任せると、ドクターがクレーンで運んできた武器を手に取り、ハッチの先を見据えた。


「助かる。鮫島、出撃するぞ」


 リノセウスは背のシールドバインダーを広げ、屈み、発進の態勢を取った。



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