第15話 副作用

 ライサは中毒性の高いが神経が鋭くなり、勘もさえるという薬物をいくつか投与されていた。その成果は著しく、副作用の少ない比較的安全な薬や薬によらない兵士の育成計画をはるかに凌駕する成績を残していた。しかし、その副作用というのはすさまじいもので、放っておけば死は確実だし仮に症状を抑える薬を服用するとしても"どの薬の副作用によるものか"が分からなければ適切な抑制薬を服用できない。ライサ以上に薬漬けにされていた被検体もいたため、それに比べればいくらかマシかもしれないが、それでも彼女にとっては毎回死ぬ思いで発作に耐えねばならない。

 症状はどれも似通っているため瞬時の判断が難しい。そのため彼女は症状が出たときはすべての薬を飲む。最も、1つだけ周期がはっきりしているものがあるため、それは症状が出る前に抑制薬を服用しているが。

 

「ミーシャ、ノア……」


 意識があるのか、夢の中なのか。そもそも生きているのか死んでいるのかすらわからない。そんな中でライサは2人の名を呟いた。

 すると、月で実験動物のように生活させられていたころの記憶がフラッシュバックする。訓練用のアーリアで的や隕石などを標的にした射撃訓練。被検体同士の模擬戦。そして最後に行われた"殺し合い"。その直前に逃走したミハイルと乱戦の中自分をかばって致命傷を負ったノアの顔が浮かんでは消えた。


「私は――」


 何かを言おうとしたはずだ。しかし、それが何なのかを自身が理解する前にライサの意識は暗闇に消えていった。



***



「ライサさん!」


 倒れたライサを咄嗟にヴォイジャーのマニピュレータで受け止めた。多少打ち身はしただろうが、海に落ちるよりはましだろう。すぐさま機体を格納庫へと向け、乗艦している医者へと連絡をつける。


「薬……か。ライサさんの部屋に行かないとないだろうな」


 医務室に彼女を届けたらすぐに薬を取りにいかなければならない。おそらくは彼女がこの前服用していた薬で間違いないだろう。気を失ってしまうほどに彼女の症状はひどい。症状の程度はミハイルにはわからないが、素人目にみても命を落としかねない状態であるのは確かだ。それに、医務室にある薬で症状が治まると決まっているわけでもない。

 急ぎつつ、しかし格納庫内のスタッフの邪魔にならないように進む。皆帰還したロードの整備に奔走している。その中には出撃待機のまま結局機体が間に合わずに手持ち無沙汰の東条もいた。彼はいまだ調整の終わらない自身の新たな乗機を前にして彼は苛立っているようであった。


「東条さん!ライサさんを医務室まで運んでくれませんか?」


 機体の拡声器を使って呼びかけた。機嫌の悪いところ申し訳ないが、暇なら働いてもらう。


「ああ?チッ。分かったよ。立ってるものは先輩でも使えってか?全くえらくなったもんだよ」


「はいはい、戦闘に参加できなくてイラついてるのは分かりますけどあんまり引きずらないでくださいよ」


 ライサを荷物でも持つかのように肩に担いだ東条をなだめつつ、機体を降りたミハイルは艦の居住区へと走り出す。


「わかってる。次は全部俺が撃墜するから覚悟しとけよ?」


 東条も大人だ。ミハイルに言われずとも仕事に支障をきたすようなことはしないと宣言した。しかし――


「覚悟しとけって、何を?」


 最近は出番がなく鬱憤がたまっているのだろう東条だが、あのような意味不明な言葉を発することは初めてだ。おそらくあの調子でメカニックにも突っかかっていたのだろう。

 それを想像すると、正直うざったい。まあ、最近大した出番もない彼に同情はするが、少々子供っぽすぎやしないか、と思う。


「さて、まずは薬だ。早くライサさんを助けないと」


 ミハイルは頭のおかしくなった東条は置き、当初の目的を思い出すと走る速度を速めた。



***



 ライサの部屋は五菱の部屋と同様にほぼ何もなかった。最低限の私物と写真立てが置いてあるだけだ。


「薬は確か……枕の下?だったか」


 枕の下を探すと錠剤の入った小瓶を見つける。先日彼女が飲んでいた薬だ。そのまま何気なく回りを見渡すと、先ほど見つけた写真立てが目に入った。それに映っているのはライサ。彼女が2人の友人らしき人物とともに映っている写真が納まっている。ライサが笑顔で他の2人の肩に腕を回しており、その2人は驚いたような顔をしつつもどこか楽しそうな雰囲気を感じた。


「これは……俺と、誰だ?」


 ライサが肩に腕を回している2人の内一人はミハイルだった。今よりも幼いが、今よりも溌剌としている気がする。

 そしてもう1人は見覚えのない青年だ。ライサやミハイルよりも年上で面倒見のよさそうな青年に見える。


「わからないけど、懐かしい気がするのはなんでだ?」


 ライサと同じように過去に関わりがあったのかもしれない。どういう関係かは分からないが。


「ん、これは違う薬……?」


 写真立ての裏側に妙な違和感があったため裏返してみると、そこには数種類の異なる薬が張り付けられていた。


「ライサさんはこんなに薬飲んでたのか?」


 まるでいくつも病気を持っている人のような量の薬だ。薬を取ると、もう一度写真を見る。見ていると頭の中が何かに触られているような気持ち悪さを感じた。それと同時に何かを思い出しそうな感覚もだ。レグルスに初めて乗った時に記憶を思い出した時の感覚と同じ、しかしそれは小さなものだ。何かを思い出すには至らない。


「っと、こんなことしてる場合じゃなかった」


 今はライサの一大事だ。のんびりしている暇はない。写真を戻し、薬を手に取るとミハイルはライサの部屋を後にした。



***



「う……あ……」


 目を覚ますとそこは宇宙だった。冗談ではない。正確には宇宙にいるロードのコックピットだが。あたりを見回し、ライサは確信する。ああ、またこの夢かと。


≪ぼさっとしてるな!まだ狙われてる!≫


 その瞬間、1機のアーリアが無防備に漂っていたライサ機をかばうように、どこからか飛んできた弾丸を盾で吹き飛ばした。これも同じ。いつも見る夢と同じだ。

 この後自分のとる行動は――


「わかってる……わよ!すぐに準備する!」


 全身に鈍い痛みがあるが、体は勝手に動く。この夢を見るときは自分の中にもう1人自分がいて、そこから見ているような感覚だ。見て聞いて触った感覚はあるものの、自分の意志で動くことはできない。

 今、彼女は昔"被検体"同士で殺し合わされた時のことを夢に見ているのだ。ひどい記憶である上に忘れたくても忘れられない記憶だ。

 ライサは大型ライフルを構えて、迫りくるアーリアを撃つ。


≪僕は撃つなよ?≫


「間違って撃っちゃうかもね、ノア」


 ライサを助けたアーリアは素早く動きながら襲ってくる敵アーリアに肉薄し、ダメージを与えていく。時にはロングソードで斬り、時にはライフルで撃ち抜く。器用な戦い方をしている。ライサ機は大型ライフルをメイン武器とした狙撃や射撃に特化した装備をしているのに対して、ノア機は背部に大きなバインダ―がいくつかあるバックパックに換装されており、シールドやロングソード等様々な武装を装備して重くなった機体を動かすには十分すぎるほどの推進力を得ていた。

 ライサはダメージを負ったアーリアを特別製の弾丸で撃ち抜いて確実に仕留めていく。


≪行け!≫


 ノアのアーリアが、彼の声とともに背部のバインダーを飛ばす。射出と同時に緑がかった粒子をうっすらとまといながら敵に向かって飛んで行った4枚のバインダーはそれぞれ敵アーリアに突き刺さり、大きなダメージを与えた。胴を切り裂き、手足を切り落とし、コックピットを貫くそれはノアの思念によりコントロールされている。

 ノアに与えられたアーリアは脳波でコントロールする試作武器"アクティブバインダー"を搭載しており、予測不可能な機動をするそれを回避することは極めて困難だ。コントロールすることも困難なため、使うにはパイロットの才能が必要となる特殊な武装でもある。

 ノアもこの武装を使う際には機体の操作がいくらかおぼつかなくなるため、チームを組まないと真価を発揮できない。


「ちょっと!それ以上使ったら脳に負荷が……!」


 ノアの機体に敵が寄り付かないようにライフルで援護するが、敵はノアやライサと同じ兵士として育てられたパイロットたちだ。そう簡単には撃墜できない。


≪バカ、よそ見をするな!≫


「好きでしてるわけじゃないわよ!」


 辺りを漂う隕石や破壊されたアーリアの残骸をうまく縫って、1機のアーリアがライサ機に肉薄する。ノアに言い返しながらも、ライサは大型ライフルにしまわれていた小型のナイフを引き抜くと、振り返ることなくロングソードを振りかざす敵アーリアのコックピットを正確に貫いた。パイロットを失ったアーリアはロングソードを振りかぶった状態でその機能を停止する。


「いくら倒しても終わらないじゃない……ッ!」


≪僕もライフルの弾薬は尽きたよ≫


 ノアとライサを脅威と判断した残りの"被検体"たちは2人を優先して狙ってくる。当たり前と言えば当たり前だが、そのせいで2人は予想以上の苦戦を強いられていた。連携して攻撃してこないため何とかしのげているが、気を抜けばあっという間に撃墜だ。それほどに敵は強い。


(そうだ。私はこの後……)


 機体に衝撃が走る。周囲を見るが接近もされていないし、弾丸が直撃した形跡もない。まるで何かが爆発したような損傷だ。


≪クソッ、機雷だ!≫


 ノアの通信を聞きすぐさまセンサーの感度をあげると、自機の周りには機体の動きを制限するには十分なほどの機雷が散布されていた。狙って誘導したのか、たまたまなのかは分からないが周りの敵機はこの好機を逃すはずはないだろう。

 より一層ライサたちへの砲火が激しくなり、身動きを取ろうものなら機雷で動きを止められる。


「さすがにここまでみたいね……」


 ライフルで応戦するものの、機雷と弾丸で徐々に機体にエラーが出始めた。左脚部が抉られ、狙撃用バイザーが破壊される。まだライフルは撃てるが、撃ったところで状況が好転するほどの成果は見込めないだろう。


≪防御しろ!行け!≫


 諦めかけたライサにノアは機雷を気に留めず、アクティブバインダーを飛ばしてライサを守るように配置する。そして自身もライサ機の前に位置取り、シールドで防御の構えを取った。


≪これで少しはマシになっただろ?≫


「でもそれじゃああなたが……」


≪早くしろ!バインダーは防御に向いてない。少しでも数減らしてくれ!≫


「ああもう!わかったわよ!」


 ノアの言葉で失いかけていた戦意を取り戻したライサは再びライフルを構え、射撃を開始する。ノア機はアクティブバインダーの一枚を機雷の撤去に充て、残りの3枚でライサを守る。もともと硬いロードの装甲を破壊するほどの性能をもつアクティブバインダーは多少の衝撃では破壊されないが、防御するためのものではない。弾丸やミサイルを防ぐ度にへこみ、欠け、ひび割れていく。もう数分と持たずに破壊されてしまうのは明白だ。

 しかし、ノアはライサを守りつづけている。彼の意図は分からないが、ノアのやることに間違いはないのだ。いつだって彼が正しかった。今回もきっとそうなのだと自身に言い聞かせ、ライフルの銃口を次の目標に向ける。


(ダメ……。このままじゃ、またあの結果に――)


 ふと自身の意識が浮上する。このままではだめなのだ。幾度となく見た望まない結末。それがあと数秒後には起こってしまう。

 抵抗したところで過去を変えることはかなわない。そんなのは分かっている。だからこれ以上見たくないのだ。


(私はもうノアが死ぬ瞬間は見たくないのに……)


 その瞬間、機体のモニターいっぱいに爆発の光が満ちた。

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