第14話 接戦

「ハッ!あの男、やっぱり強いな」


 2機で白い機体、アウストリウスと互角の戦いをしたというレグルスとヴォイジャーをサイラスの駆るアルヴァーリはまるで子供の相手をしているかのように手加減をして遊んでいるように見えた。


「なら俺もせいぜい目的を果たさせてもらう!」


 破壊力が増したロングソード改で目の前の珀雷を斬る。が、そうは言っても相手はスケアクロウと名高い鮫島だ。安易な攻撃を受けるはずがない。珀雷はロングソードを長くして、少々幅広にしたような形の実体剣でそれを受け流す。

 ここまでは予想通りだ。渡はニヤリと笑う。これはあくまでも誘いだ。このまま反撃するならそれもよし。距離を取るならそれはそれでやりようはある。


 珀雷がとった行動は距離をとる、だ。先日までの鮫島ならすぐに応援に向かうために決着を急ごうとしただろう。若い時と同じ感覚で。

 しかし、先日の戦闘で自らを省みた彼は慎重に行動するよう心掛けていた。昔と比べ、反射神経は衰え体も東条や常盤のような体力はなくなっている。そのため一度距離を取ったのだ。黒いセカンド・アリアは間違いなく何かを狙っている。これは経験からの勘ともいうべきものだ。長年戦場で培ってきた感と経験から近づくのは危ないと、そう結論づけた。


「学習はしているようだな!しかし!」


 距離を取ったとしてもやりようはあるのだ。盾を装備している左腕を前へ突き出すと、そこで新武装を起動させる。


「くらいな!」

 

 左腕から鞭のようなものが伸びる。それは珀雷に向かっていくが、それは先ほどの剣で阻まれた。刀身に巻き付いたそれを引っ張るとピンと張った。その状態で”電流”を流した。


「どうだ!電流の味は!」


 これまでの借りを返す意味を込めて鮫島スケアクロウへ通信越しに語り掛けた。

 渡が使った武装は電磁ストリングという。塑性変形を起こしにくい柔軟性のある金属ワイヤーでできており、先端にはレグルスと同じような錘がついている。そして最大の特徴は電流が流れ、パイロットを直接攻撃できるということだ。まあ言ってしまえばレグルスのワイヤーロッドの攻撃性能を高めたものだ。機体以上にパイロットへのダメージが高いたちの悪い武器だといえる。


≪よくも……ッ!こんな武器を思いつく……ッ!≫


 苦しむ鮫島だが、彼もそれなりの準備がある。シートに座っているだけで全身を襲う電流に耐えながらも、ソードに実装された特殊機構を発動する。


 ソードの刀身が細くなり、珀雷が専用のビームブレードの刃を形成するときの青い粒子の光をソードが帯びていく。それとともに刀身に巻き付いていたストリングもビームの熱によって切断された。


「そっちも新兵器かよ!」


 青い剣を構えた珀雷はバックパックにある4枚のバインダーを広げ、完全な空中戦の態勢に入ると、突撃を開始した。珀雷の左腕には中盾ほどではないが、それなりの大きさの盾が装備されており、射撃武器はバックパックにマウントされているようであった。

 渡もセカンド・アリアのロングソード改で応戦するが、所詮はただの実体剣であるロングソード改と、ビームの属性を得ているであろう珀雷の持つ剣ではセカンド・アリアのほうが分が悪い。切り結ぶたびにロングソード改は少しずつ刃こぼれしている。


「クソッ!やっぱり強い……!」


 盾と腕の間にある速射砲で不意の一撃を狙うが、それを知っていたかのように珀雷は盾で受ける。各地を襲撃していた際に戦った珀雷やカッシーニよりも強い。先日の戦いで相打ちをしたのがウソのようだ。これが本気になったスケアクロウということなのだろう。

 

≪いい加減にしろ!≫


 鍔迫り合いになり、2機の剣と盾がぶつかる。パワーはセカンド・アリアのほうが上ではあるが、武器の相性が悪い。

 突如機体に衝撃が走る。機体が水面に向かって落ちていく。何が起きたのかわからなかったが、先ほどマヒトツを仕留めそこなった時のことがフラッシュバックしたことで理解した。


「また蹴りやがったな!」


 セカンド・アリアを見下ろすように珀雷は宙に浮かんでいる。そしてとどめを刺そうと背部にマウントしてあるライフルを取り出し、構えた。


「まだだ!」


 珀雷のライフルの銃口からオレンジ色の光が漏れ出る。その瞬間に先ほど切断された電磁ストリングをもう一度射出した。それと同時にロングソード改を手放す。切断されたとはいえ、残された部分に電流は流せる。そしてもう1つセカンド・アリアには新たな装備があった。


≪小賢しい!≫


 ストリングを剣で振り払った珀雷はライフルを撃った。


「間に合えッ!」


 腰にあるもう一振りの剣を居合切りのように鞘から引き抜くと同時に横に薙いだ。鞘から抜かれた刀身は一定の感覚で溝が入っており、振りぬかれたと同時にそれに沿って剣が分離した。否、鞭のようになったのだ。俗にいう蛇腹剣や連結剣などと呼ばれる武装だ。セカンド・アリアのそれはワイヤーロッドと同じものが中心にあり、それが分離した刀身を離れないように保持する役割を果たしている。刀身は熱を帯び、たやすく金属を両断できるようになっており、射程と破壊力は十分だ。

 珀雷本体を狙った一撃は、寸でのところで珀雷が身を引いたことによりライフルを破壊するだけにとどまった。しかし、ビームの熱に焼かれるのは避けられた。これは幸運だと言える。

 もう一度剣を振る。今度は突きだ。スラスターを吹かし、接近しつつ突いた。


「今度こそ仕留める」


 連結剣が伸び、ロングソードの何倍もの射程の鋭い突きが放たれる。珀雷は一瞬の判断で剣を立て、突きを受け流すがバインダーが1つ破壊される。この攻撃も通らないのか、と鮫島の実力の高さに驚く。今の渡では若い時の鮫島にかすり傷を1つつけるのが関の山だろう、とも思い至る。


≪ワタリ、撤収だ!時間をかけ過ぎた!≫


 次の攻撃に移ろうかというところでサイラスから通信が入る。どうやらタイムリミットのようだった。


「次はもう少しマシな作戦を頼みますよ」


≪データ収集の目的は達成している。五菱を滅ぼすのはサブミッションだろう。あいつらには教えてないがな≫


 サイラスは渡以外の部下には五菱を襲撃する任務としか伝えていない。理由は知らないが、渡には新武装と新機体、それから敵の性能を調べるのが主目的だと教えていた。


「仲間外れはかわいそうでしょ?」


 ≪奴らは消耗品だと聞いている。かわいそうだが知らないほうがよく働いてくれることもある≫


「わかりましたよ。撤退します。……おい、全員撤退だ!」


 サイラスとの通信を切ると、まだ生き残っている仲間に撤退を伝える。通信を受け取ったパイロットたちは直ちに撤退に移った。まるで機械のようだと思いつつも渡も撤退し始める。


「勝負は預けよう!次こそ貴様を仕留める!」


 毎回このような捨て台詞を吐いて去る自分を情けなく思いながらも、渡は珀雷を背にしてその場を離れた。



***



「撤退した……?」


 ヴォイジャーを海中から艦の上へと移動させたミハイルはすでに見えなくなりつつある敵集団を目で追いかける。突然はじかれたように撤退を開始したアルヴァーリとセカンド・アリアたちはものの数十秒であっという間に遠くに行ってしまった。それを彼はコックピットハッチを開けて見ていた。


「あの機体、アルヴァーリって言ったっけ?あの機体、バカみたいに硬いわね。虎の子のペネトレイトライフルでも貫けないなんて」


 ヴォイジャーの隣に着艦したレグルスからライサが通信ではなくコックピットを開けて、直接話しかけてくる。彼女はすでにパイロットスーツを脱ぎ、下着同然の薄着で片足をハッチにかけて敵を見つめていた。海風で彼女の長い髪が揺れる。


「俺も防御で精いっぱいだった。迂闊だった、かもしれない」


 乗機のヴォイジャーの両腕は過負荷で大した動きはできないし、本体へのダメージもかなりのものだ。国崎にまたどやされるだろうことが予想できる。


「あなたのその性格は昔から変わってないから直そうと思って直せるほど簡単な話じゃないわよ。私は諦めてる」


「はは……。そりゃあどうも」


 ライサはいつにもまして毒舌だ。言葉では諦めているといってもイラつきはあるようだ。ミハイルは肩を落として答える。


「それじゃ、そろそろ――」


 戻ろう。そう言いかけた瞬間。ライサの体がぐらりと揺れ、コックピットから落ちていった。

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