第11話 彼を追って

 襲撃の件が落ち着いたころ、それを見計らったようにある情報が五菱に入ってきた。いや、正確には明かされた、といったほうが正しい。


「あいつらの施設がある場所、知ってるわよ」


 先日転がり込んだライサが今後の方針を決める会議の場で言ったことである。何とか戦力の立て直しの目途が付いた五菱は今後どうすべきかを決めるため、多くの社員を集めて会議を行っているのだ。


「何故今まで言わなかった?」


 常盤が機嫌悪そうに疑問を投げた。彼はライサのことをよく思っていないようで、それが態度の節々に現れている。そんな彼の問いに対して彼女は気にする様子もなくこう言った。


「この時期に話すのがベストだったからよ。先日の戦闘で戦力にダメージがいったわ。あそこで話したとしても無駄に焦らせるだけだし、それにすぐ向かわれては困るから」


「ふむ。困る、というのはどういう事かな?」


 今にも噛みつかんとする犬のような常盤を制し、今度は鮫島が質問をした。まだ彼女のことを信用したわけではない。何事にも慎重すぎるということはないはずだ。彼はそう考えていた。


「施設には今キール・エメリヤノフが到着したころじゃないかしら。彼は1週間後に宇宙に戻る。レグルスやあの白いヤツの開発主任よ。それに護衛はカラスが担当していると聞いているわ」


 キールはミハイルの記憶のカギの1つであり、恩師。カラスは恐らくワタリガラスの生き残りだ。ミハイルにとっても鮫島や東条にとっても無視できない。それに社内でも例の襲撃犯に一泡吹かせたいという者も多い。確かにもっと前に教えられていれば、少なくともミハイルや東条といった関係者たちは無理をしてでも待ち伏せをするために施設があるという場所へ向かっていただろう。

 次に質問をしたのは滝沢だ。

 

「このことは外部に知らせても?」


「構わないわ。ただしその外部っていうのはあの縁刀とかいうPMSCだけ。さすがに軍に動かれると私達が出る幕が無くなってしまいそうだし」


 ふむ、と一言言った後質問をした社長、滝沢は考える。社としては関わりたくない一件だ。生命の危険性が格段に上がるし、何より雇い主がいない。つまり報酬はなし。赤字覚悟で経営するにはPMSCという傭兵稼業は金がかかりすぎるのだ。

 しかしミハイルやライサ、鮫島といった因縁浅からぬ者たちを抱えている以上戦闘は避けられない。ならば問題の元へ乗り込んでしまったほうが憂いが無くなるというものだ。

 解決法の1つとして関係者を追い出してしまうということも考えられたが、それで例の勢力が手を引くとも思えないし、まず滝沢にこれまでともに戦ってきた鮫島や東条たちを追い出すということは認められるはずがない。


「私としてはキール博士に真相を聞きたいものだが、正直それだけじゃあ割に合わないと思っている。施設にある資料をいくらかでも奪えればいいんだが」


 正直ライサの情報だけで動くのはリスクが多すぎると滝沢は考えている。しかし旧友であるキールの思惑を知りたいとも思う。無視もできないが、そう簡単に動くこともできない。


「そう簡単なことでもないでしょう?依頼があるなら話は早いですけど」


 常盤が的を射た発言をする。PMSCは依頼を受けて仕事をこなす。ならばそれは依頼さえあればそれが大義名分となりえる、ということ。もちろん法に触れないことが大前提だが。


「あー、その。タイミングを見計らっていたわけじゃないんだけど、縁刀のほうから依頼が1つあるんだ」


 皆が沈黙している中、偶然装備の搬入や機体補修の手伝いのため出向してきていたクレストが言葉を発した。彼は縁刀との調整役としての仕事も請け負っているためにこの場にいる。


「実は、縁刀も調査を行っていてその過程でいくつか分かったことがある。それはライサ君が言っていた施設のこと、例の襲撃犯が"探究者たち"と呼ばれていること。他にもあるがそれを踏まえた調査を依頼したい。現在各国の大手PMSCが連携して"探究者たち"の調査をしている。その仕事の一部をお願いする、という形かな。もちろん報酬は出る」


「随分話が大きくなってきてますね」


「ああ、そうさミーシャ君。奴らは世界中の軍事組織を襲撃して、しかもその目的は不明。大事になるとも」


 クレスト曰く、特に名のあるロード乗りのいる部隊が襲われることが多いという。そして襲撃の際には見たこともない新型や白い機体などが確認されているらしい。


「まあなんにせよ、依頼があるっていうなら受けるよ。皆もかまわないな?」


 滝沢の決定に異を唱える者はなく、こうして次の仕事が決まったのであった。



***



 ロシアの某所。雪の降り積もるこの土地にキール・エメリヤノフは降り立った。乗ってきたシャトルは帰りも使うので早々に整備のために格納庫へ入った。彼は今空港の待合室、を模した建築物で休憩を取っている。宇宙から地上に戻ると重力で疲れるし、到着後すぐに責任者から諸々の説明を受けたのでいつも以上に疲れている。


「こんなところで会うとは奇遇だな、教授」


 お気に入りの紅茶の香りを楽しんでいたところに懐かしい、それでいて親しみがこもった声がかけられた。


「久しぶりだね、サイラス」


 声の主は鮫島のようなベテランの兵士を思わせる雰囲気を纏いながらも、獣のように鋭い眼光と微妙な長さのぼさぼさ髪が特徴の男が缶コーヒーを片手に立っていた。身長は並くらいだろうか。体は良く鍛えられているが、必要以上に筋骨隆々というわけではない。サイラスと呼ばれたその男はニヤリと笑った。


「勝手に月から降りてきたんだって?それも被検体を1匹逃がしたとか。お前らしいよ」


 キールの隣にトカリと座ったサイラスはキールが起こした事件についての話題を振った。


「後悔はしていないよ。ミハイルは……被検体は知り合いに預けることができたし、私も殺されはしなかった。でも――」


「でも?」


「ノアがアルファルドに縛り付けられることになってしまったのは私の考えがそこまで至らなかったせいだよ。まさか"上"があそこまで非道だとは思わなかった」


 キールは自身が勝手な真似をした代償として自由を奪われてしまった被検体の1人を思い出しながら歯を食いしばり、両の手に力を込めた。右手に持つカップがカタカタと揺れる。


「あの白い機体か。お前は優しい男だ。俺はもう他人がどうなろうと何も感じなくなっちまったよ。戦い以外に生きている実感すらない」


 サイラスはコーヒーの残りを飲み干すと遠くのゴミ箱に空き缶を投げ入れた。綺麗な放物線を描いたそれは寸分の狂いもなくゴミ箱に入った。


「そういやもう1人逃げた奴がいるって聞いたぞ?しかも試験機を2機盗んでいったとか。中々面白いことするやつがいたもんだ」


「ああ、彼女はいつかやると思っていたよ。だからと言っても止める気はなかったけどね。私としては彼女らには自由に生きてほしいんだから」


「……そうか。ま、あまりバカな真似はするなよ。俺の数少ない友人を失うことはしたくない」


 この"探究者たち"という組織に合わない親友の身を案じながらも、「さて」と立ち上がりキールのほうを見下ろした。


「それじゃ、仕事行ってくるわ。今回はお前のとこの部隊を借りてくから色々と楽しみだ」


 サイラスの目は渡と同じように戦いに憑りつかれた者のそれだった。彼自身それをわかってはいるが、だからと言って抑えられるものではない。


「実働部隊なんだから君もせいぜい死なないように気をつけなよ」


「わかってる」


 2人はどちらからともなく握手を交わすとサイラスはその場を後に、キールはそれを見送った。



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