第12話 穏やかな海の上で
会議の決定から数日。数日中に戦力の完全な回復が可能と判断した滝沢は五菱が唯一所有する
ミハイルのレグルスや東条の機体など一部はまだ調整が済んでいないが、それも目的地に着くまでに完了する予定だ。
ファランクスは太平洋を海岸線にそって北上していた。海面から数十メートル上を飛んでいるファランクスは普段巨大な装甲で隠されている滑走路を兼ねた甲板が露わになり、休憩に入った者たちが幾人かそこで海風にあたっていた。
その中にミハイルとライサの姿もあった。東条とともの班に配属された2人は現在非番であり、特にすることもないミハイルがライサの話を聞くために誘ったのだ。意外なことにライサは嫌な顔一つせずに了承してくれた。
「……」
しかしライサはどういうわけか話しかけづらいオーラを放っており、どうしたものかとミハイルは考えていた。
「話があるんじゃないの?」
「あ、ああ。そうだけど」
波は穏やかで空は雲一つない。だがミハイルの心境はそれとは対照的だ。
「俺は兵士として育てられて必要なくなって、キールに救われたけど今はこうして戦っている。これでいいのか?キールは俺にどう生きてほしかったんだろう。……俺にはわからないよ」
彼の中でこの気持ちは日に日に強くなっていく。自身がどう生きるべきなのか、パイロットであることはいけないことなのではないか。そんなことが頭の中を渦巻いている。
「悩むのは結構だけど、どう生きていくかなんて個人の勝手でしょ?私も兵士として育てられたけど納得できなくて逃げてきたわけだし」
ライサはミハイルの迷いなどどうということはない、というように簡単に答えた。彼女の中ではそういった迷いはとうに断ち切れているようだった。
「勝手、か。それなら俺は記憶を取り戻したい。今までずっとそうしてきた。すべての記憶が戻るまで俺はパイロットをやめないよ」
もともとそうして生きてきたのだ。それ以外の目標は思い浮かばないし、記憶を探すことで他にも見えてくるものがあるはずだ。否、そう信じなければやっていけない。
「それが辛い記憶だとしてもあなたは求め続けるの?」
「それは……」
「記憶っていうのはあなたが思っているよりも残酷なものよ。私はあなたとは逆にすべて忘れてしまいたいとすら思ったこともある」
ライサは何かを思い出しているのか、白昼の空にうっすらと見える月を見上げた。その眼には深い悲しみと共に微かな郷愁が覗える。
「今の俺は多分目標がないと生きていけないんだと思う。記憶が戻ればそれも解決する。そう信じて当面はやっていくよ。なんとなく生きるよりはいいと思う」
「そう。……あなたは何も変わってはいないわね」
水平線をまっすぐ見つめるミハイルを見てライサは誰にも聞こえないよう小さく呟いた。
***
雲の上にそれは浮かんでいた。五菱の所有するファランクスと同じような艦体の半ばまでが騎兵の
さらに驚くべきは搭載されている機体だ。搭載可能な限界数の半分ほどしかないが、新たに入荷した”セカンド・アリア”が4機に渡の乗る黒く塗装された”セカンド・アリア武装試験タイプ”。そのほかには全くの新型が1機に例の白い機体が乗っている。
「よォ~し。全員そろっているな?」
アルバート・サイラスは自身の目の前にいるパイロットたちを見た。”上”が寄越した一流パイロットたちだ。自分ほどではないが。白い機体のパイロットは来ていないが、それはいつものことだというので気にしないことにした。
「俺はサイラス。今回隊長を務める。さて、優秀な諸君ならば任務の内容が気になっているだろうから早々に本題に移ろう」
1列横帯になっている部下たちの前を行ったり来たりしながらサイラスは続ける。
「今回は愚かにも我々の施設に向かっているPMSCを襲撃することだ。可能なら破壊してもいいが、手強いらしいのであまり欲は出さないほうがいい」
部下たちのほうに向き直る。
「君たちは優秀と聞いているが……特にワタリ君。君は戦闘行為自体を楽しんでいるそうじゃあないか。最低限、こちらの指示には従ってもらうぞ?」
「戦い応えのあるヤツを任せてもらえるなら命令違反はしませんよ」
サイラスの言葉に渡は不敵な笑みを浮かべると答えた。
「結構。君には期待しよう」
サイラスもニヤリと笑うと渡の肩を叩いた。
「よし、全員準備しろ!仕事に取り掛かるぞ!」
***
「ねえ、あの機体は?」
ライサが指をさした方向には緑がかったセプチウム粒子を放出している灰色をした円盤状の飛行物体が海上を哨戒するように動いていた。ライフルが機体の下部に懸架されており、同様にビームサーベルの柄も取り付けられていることからわかることは、アレが変形して少なくとも腕のある形態へ変形するということだ。
「あれはマヒトツ。民間で開発された機体で主に救助や自衛軍の海上戦力として偵察に使われている機体だよ」
変形して航続距離を稼ぐために機体は軽量化されており、人型に変形したとしても上半身しかない奇妙な機体だ。頭部のほぼすべてを占める大きな長方形型のバイザーが特徴でもある。しかし、軽量化に伴いセプト反応炉も小型のものを採用しているため出力はカッシーニなどに比べれば劣る。ビーム兵器も同時に2つ以上の使用はできない。
戦闘能力は低いが、優れたセンサー類を搭載していることや自衛軍の採用している専用射出機のおかげで発進時の推進剤も節約でき、長時間の偵察が可能なためそれなりの数が配備されている。最近では無人機化が進められており、セプト反応炉による大規模ジャミングが起こらなければ基地からの操作も可能となりつつある。
そんなマヒトツが現在ファランクスから少し離れた位置を飛んでいる。
「月の機体より変な機体ね。地上で使うのに脚がないなんて」
「基本的にはあの航空機形態での行動を主としているからだよ。だから正式な分類はアレでも戦闘機なんだ」
「ふーん。……あ、変形した」
哨戒していたマヒトツは人型(といっても上半身のみだが)に変形すると航空機形態での側面が肩となり、その内側に収納されていた腕でライフルを構えた。長方形のバイザーは周期的にチカチカと点滅しており、構えた状態で動かないことから何かを警戒しているか、その何かに警告の通信をしていることが見て取れた。
「警戒している……?五菱は申請を出しているから問題は無いハズだし……」
「敵よ!」
咄嗟にライサがミハイルに覆い被さるようにして伏せる。と同時に空にオレンジ色の光が走った。
***
≪んー。やはり精密射撃は無理、か≫
サイラスの駆る機体、アルヴァーリがビームを撃った右腕を海中へと沈める。狙った先の機体、マヒトツは寸でのところで回避行動に移り、被害は左腕だけにとどまっていた。
その傍ら、海面スレスレを速度を合わせて飛んでいるセカンド・アリアの中で渡は目を見張った。
ビーム射撃をすること自体は大したことはない。しかしそれを腕に内蔵された機構から発射したこと、海をかなりの速度で移動しながら射撃したこと、機体自体は近接戦闘寄りに調整されていることを考えればサイラスの射撃センスはかなりのものであるといえる。
彼の乗るアルヴァーリはみずがめ座を構成する星の1つで、アラビア語で”飲み込む者”を意味するアルバリを由来とする機体である。頭部は胴体と一体化しており、人間でいうところの鳩尾辺りまで伸びるレールにはモノアイセンサーが乗っている。腕はある程度伸縮可能な機構を採用しており、通常のマニピュレータでなく4本のネイルクローがある。そして丸みを帯びた円錐状の手の先には穴が開いており、そこからビームを発射することが可能だ。両脚も腕同様伸縮が可能であり、さらに脚には3本のツメが装備されており、脚を使った格闘戦も可能。不完全ながらステルス機能も搭載しているため近接戦にもってこいの機体である。
≪全機、敵が出てくる前にファランクス級に肉薄するぞ。手筈通り
アルヴァーリが海中へ潜り速度を上げると、渡機を先頭に飛んでいたセカンド・アリアの編隊も同じく速度を上げた。狙撃機ならば射程内に入るか、といった距離から3分の1ほど距離を詰めた時点でファランクスからは2機のカッシーニと1機のヴォイジャー、
「珀雷……。軍人が出向している?いや、それにしては連携が取れすぎている。となれば、あいつがスケアクロウか!」
そう判断するや否や、渡は隊列を崩して突っ込んでいく。
「今日こそ決着だ!」
新武装を手に、渡のセカンド・アリアは敵陣へと切り込んだ。
***
眩しい光の後に目を開けると、そこにはライサの整った顔があった。おそらくとっさにかばってくれたのだろう。立場が逆な気もするが。
「さっさと起きなさい。格納庫へ急ぐわよ」
ライサは気にすることもなく立ち上がると、ミハイルの手を掴んで起こす。そのまま手を引いて格納庫へと走った。
自分は異性として見られていないのかと少し落胆するミハイルだったが、すぐに気持ちを切り替える。
「レグルスは2機とも整備中では?常盤さんたちに任せるしかないと思うけど」
「だとしても私の機体は動けば援護の狙撃くらいはできるの。あなたも自分ができることを探しなさいな」
格納庫へとたどり着いたライサは整備を監督していた城崎に機体が動くかどうかだけ確認すると、レグルス2号機へ乗り込んだ。ミハイルも1号機に搭乗しようとするが、城崎に止められた。
「1号機はまだもう少しかかる。悪いが乗らせるわけにはいかん」
「しかし敵はこっちより多いんですよ?俺も戦わなきゃ――」
「あなたはそこで見ていなさい。1号機が動けるようになる前に片を付けるわ」
ツインアイセンサーが灯り、額の狙撃用バイザーが降りてくる。専用の大型ライフルを手に取り、ライサが宣言するとともに2号機は格納庫を飛び出していく。
「坊主、レグルスより劣りはするがこいつは出せるぞ」
やるせない表情のミハイルに城崎は宇宙から帰ってきて以来乗ることのなかったかつての搭乗機、ヴォイジャーを指さした。
***
≪一応レグルスの操作感になるべく合わせている。いくらかは戦いやすくなっているはずだ≫
「ありがとう。助かります」
≪礼はいらねぇ。鮫島が目をかけるほどのパイロットだ。しっかりこの
「それが仕事ですから」
≪言うようになったじゃねえか。よし、行ってこい≫
久々のヴォイジャーのコックピット内で機体の立ち上げをしつつ、色々と手をまわしてくれていた城崎に礼を言うミハイル。なんだかんだ言って彼は面倒見がいいのだろう。言っていた通りヴォイジャーのコックピット内は若干のレイアウト変更がされており、第3世代のそれに似せられていた。
「ヴォイジャー、ミハイル機発進します!」
甲板のど真ん中にある発進用カタパルトへ機体の両脚を固定させ、発進する旨を伝える。するとカタパルトの制御が譲渡され、それと同時にミハイルは発進した。
「あの機体でなくてもやって見せる……!」
セプト反応炉から重力制御をし始めたことを知らせる緑がかった粒子が放出され始め、それが背部から推進剤とともに漏れる。それはミハイルの決意に呼応したかのように強い光を発していた。
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