第10話 それぞれの過去 2

≪最後通告完了。反応なしです≫


 珀雷に乗る士官の1人の声が通信越しに聞こえた。鮫島は「当たり前だ」と言わんばかりの顔をする。相手は戦場で何度も手を焼いたワタリガラス。素直に投降するはずがない。


「東条君、準備を」


 半ばからガトリング砲になっている右腕の調子を確認しつつ、同時に左腕に取り付けてあるビームソードにエネルギーを供給する。東条の乗るカッシーニも近接戦闘用のサブマシンガンとロングソードを用意する。

 つぎはぎだらけで不格好な鮫島機と比べ、東条機は装甲を薄くし、また一部は排除して関節部分を強度の高いものに変更している。良く動き、相手を翻弄する東条の闘い方にあったカスタマイズだ。

 さらに後方には自衛軍の珀雷が3機控えており、先ほどの通信はそのうちの一人がしてきたものだ。珀雷は大型のシールドを持ち、ヒートナイフやサブマシンガンなど近接戦闘に特化した制圧用装備をした機体、ライフルとロングソードという標準的な装備をした隊長機、グレネードやハンドミサイルランチャーなどを装備した面制圧に特化した機体の3機。どの機体も臨戦態勢だ。突入は五菱の担当だが、場を制圧するのは珀雷と歩兵の仕事だ。彼らにも頑張ってもらわねばならない。


「珀雷、五菱は突入する」


≪分かっている。そちらのタイミングに合わせよう。歩兵部隊、合図を待て≫


 隊長の四宮しのみやが号令をかけると2機の珀雷は一歩前へ踏み出た。

目の前にあるワタリガラスの本社にはすでにアーリアが2機とアーリアのカスタム機が銃と盾を構え、対峙している。

 逃走した従業員はあらかた捕縛しており、残るは実働部隊のみだ。


「時間だ。カラスを狩るぞ」


≪せいぜい足手まといにはならないよう気を付けますよ≫


2機のカッシーニはワタリガラスの敷地内へと踏み出した。



***



 眼前で剣と盾がぶつかる。アーリアと軽装備のカッシーニが戦闘を行っている。アーリアは荒々しくも隙の少ない戦い方で応戦しているものの、素早い動きで一撃離脱を繰り返すカッシーニに翻弄されていた。攻撃を受ける度に一歩ずつ後ずさりするアーリア。どう見ても分の悪い戦いだ。


「クソ!親父は……!」

 

 そんな危険な場所で少年、渡悟ワタリサトルはロードのパイロットである父親を捜していた。数日前に渡は信頼できる従業員とともに本拠地を去ったが、父がどうしても気がかりで戻ってきたのだ。逃走した従業員はすべて掴まってしまったらしいし、結果オーライといえる。


「2番機はもたないか。整備中の機体でもうごかせればいいんだけど」


 右肩にロングソードが突き刺さり、体勢が大きく崩れたアーリアを尻目に格納庫へと走る。付け焼刃かもしれないが渡にもロードを操縦する技術はある。それに何もせずに掴まるよりも抵抗して殺されたほうがマシだ。

 格納庫の扉を勢いよく開けると、シートを被され寝かされていた最後の1機の胸へと飛び込んだ。

 コックピットに飛び込むとすぐさま炉を起動させて機体を起こす。


「カスタム中の機体かよ!……まあ動けば文句はないけど」


 操縦系統がいくらか変わっている。ベースはアーリアだが機体の性能向上がなされており、機体自体の安定感が増している。が、左腕は外されており片腕だけであることがサブモニターに表示されていた。

 

「親父、援護するぞ。文句は言わせない。俺も戦う」


≪な、お前、何故!≫


 機体を起動させ、僚機に通信をおくると通信越しに父親が驚く声をあげる。が、それに構わず正常な右腕に剣を持ち、腕には籠手のような小さなシールドをつけて格納庫を飛び出した。



***



≪鮫島さん、妙な奴が来た!≫


 その通信とともに急に動きを変えたアーリアから距離を置き、大きな物音とともに建物を突き破って出てきた機体に鮫島は注意した。

 その機体はアーリアのシルエットをしているものの、頭部は顎の部分を除いた全面を兜のようなものに覆われており、簡易的ではあるが3つのスリットがアーリアのアイセンサーに沿って入っていた。スリットからは3つのアイセンサーがそれぞれ光を放っており、不気味な雰囲気を放っている。


≪片腕……≫


「油断はするなよ。見た目以上にやるかもしれない」


 鮫島は相手をしているカスタム機の盾を押しのけてガトリング砲で殴りつけた。殴りつけたガトリング砲はある程度それができるようにナックルガードが増設されている。数度までなら乱暴にぶつけても精度に大きな影響はない。といってもそれは近距離での戦いの話だが。遠距離からの射撃戦では全く使えなくなるだろう。


「こいつも中々倒れてはくれない……!」


 殴打は当たりはしたものの受け流され、大したダメージは与えられなかった。しかしそれは「殴打では」だ。

 ガトリングは弾丸を発射しながら殴りつけた。なら接触した際に当然弾丸は装甲を削るか貫くだろう。

 目の前のカスタム機は大したダメージを受けていないようには見えるが、コックピット周辺を貫いている。しかし、パイロットにダメージはないのか動きは鈍くならない。これでダメージがないのならパイロットは相当な運の持ち主だ。


「やはり一筋縄ではいかない、か。時間の問題とは言え油断したら死ぬな」


 鮫島には焦りが生まれていた。



***



「親父!」


 父親の乗るアーリアカスタムの方を見ると胴にいくらか穴が開いている。運が良ければ大したことはないだろうが、最悪パイロットは死亡だ。動いているので生きてはいるだろう。しかし半身が吹き飛んでいる可能性だってある。


「このクソ共がよおおお!」


 出力を全開にして突っ込むと、父の乗るアーリアを守る形で割って入る。シールドを構え、武器腕のカッシーニに肉薄する。カッシーニは距離を取りつつガトリングで牽制をするが、出力差で徐々に距離が詰まる。


「殺してやる!」


 ロングソードを振りかぶり、そして振り下ろす。その速度はアーリアの性能では成せない。

 カッシーニは冷静にビームソードで受けるが、ビームが刃を焼くより早く収束されたビームの刃を通り抜けた。鍔迫り合いをした部分が赤熱したロングソードはカッシーニの左腕を半ばから切り落とす。


≪油断したつもりはないが……!≫


 カッシーニは体当たりをして渡の機体の体勢を崩す。その隙に距離を取った。

接触した際にパイロットの声が聞こえたが、そんなことはどうでもいい。


「親父!ケガは?」


 渡は追撃はリスクが高いと判断し、一度アーリアカスタムの方へ合流する。


≪悟。今すぐ退け。損傷はしてるが我々は全員動ける≫


 声とともに送られてくる映像ではコックピットが損傷を受けており、パイロットである父もどこかをやられたのか血を流している。


「親父もさっさと逃げればいいじゃないか!俺のほうがまだ戦える」


≪バカ言うなド素人が。今送ったポイントへ行け。気に入らん連中だがお前を助けてくれる≫


 サブモニターにはアーリアカスタムから送られてきた座標が表示された。そう遠くないがそこからはただの袋小路。助けが来なければ終わりだ。


「でも…!」


≪その機体があれば助かる。早く行け!俺はお前に死ぬためにロードの操縦を教えていたんじゃないんだぞ≫


 アーリアカスタムは盾を構えなおし、ライフルで牽制しつつ前へ出た。僚機もそれに合わせて動き始める。


≪千川、水島!このバカの撤退する時間稼ぎをするぞ!珀雷はお前らが相手をしろよ!≫


「クソ!俺はどうすれば……」


 渡は前へ出る3機のアーリアを見つつ小さく呟いた。



***



「まだやる気か」


≪鮫島さんは下がって援護を。俺がやる≫


 損傷した鮫島機を下がらせ東条機が前へ出る。鮫島はそれに従いつつまだ使用可能なガトリングを構えた。

 敵は未だ衰えない動きで接近しつつライフル射撃をしてきた。東条は建物を遮蔽物にしつつロングソードの届く範囲へと近づいていく。


 ほんの少しの静寂の後、動いたのは東条だった。辺りに転がっていた建物残骸を投げ、サブマシンガンでそれを破壊することで煙幕を作り出す。そしてその中を、空になったサブマシンガンを捨て、ロングソードを両手にもって突撃した。


「熱くなるなよ」


≪分かってます≫


 東条機から注意をそらすためにガトリングで援護をする。相手も相当の手練れなので当たればラッキーぐらいに思いつつ撃ち続けた。


≪動きが悪くなっているわけではない……≫


 東条機が横に薙いだ剣をアーリアカスタムは危なげなく回避する。


≪しかし!一瞬の反応は鈍くなっている!≫


 1回目の攻撃は囮だ。思い切り振りぬいたように見せれば反撃をするはず。そしてそこを突くのが作戦だ。

 予想通り回避後にバックステップをしつつライフルを撃つ動作を見せたアーリアカスタムに対し鮫島機が援護の銃弾を送る。その隙に姿勢を低くし、剣を構えなおした東条機は一気にアーリアカスタムへと迫る。

 下から上へと振られた刃は盾を半ばまで切り裂き、アーリアカスタムの右肩と頭部を切り飛ばした。


≪浅いか!頼みます!≫


 盾の半ばで刺さったまま抜けなくなってしまったロングソードを放棄し、東条機は鮫島機と交代する。この時代の近接戦闘用の武装は十分に発展していなく、こういった事態は日常茶飯事であった。それゆえコストが高くないという利点もあるのだが。

 片腕を失ったアーリアカスタムは意を決したように半ば切り裂かれたシールドを構え、迎え撃つ。それは勝利への行動というよりは時間稼ぎの行動だ。鮫島機の放つ銃弾が徐々にアーリアカスタムを破壊していく。脚が貫かれ片膝を着き、シールドで守り切れていない左肩の装甲を削り取る。そして終にシールドを破壊し、満身創痍のアーリアカスタムは地に伏した。



***



「親父……!」


渡は絞り出したような声でそうこぼす。目の前には破壊されたアーリアカスタム。そして返ってこない通信。父が死んだのは火を見るよりも明らかなことだった。

反撃しようと機体を動かしかけたが、言われたことを思いだし冷静になることに努めた。


「あいつらを、あいつを殺すまでは死ねない。俺は強くなってあいつを倒すんだ!」


そう自身に言い聞かせると踵を返して父が送ってきた座標に向かって動き出した。未完成とは言え、このカスタム機は性能がいい。一時的に逃げおおせることは錬度の低い渡でも可能だ。

渡機は未だ時間を稼いでくれている2機のアーリアに感謝しつつ、目標の座標へと急いだ。



***



 彼女、ライサの部屋は飾り気のないシンプルなものだった。それは身1つで越してきたということもあるが、彼女の性格に起因するところが多い。

 "無駄"を嫌う彼女の部屋は小さなテレビにそれを乗せる机、ベッドと少ないにも程がある。


「じゃあ、貴方の話から聞きましょうか」


 ストンとベッドに座った彼女はミハイルに向き直って口を開く。部屋を見て自身が座る場所がないと判断したミハイルは彼女に対面する形で床に座った。


「あの機体に乗って思い出したことがあるんだ。妙な施設からキールに促されて逃げたこと。どうやって逃げたかは分からない。それとノアとセラって人の名前も」


「そう……よくわかったわ」


 彼の話を聞いてライサはうつむいた。何かまずいことでも言ってしまっただろうか。ミハイルは彼女をどうにかして元気にしようと口を開いた。


「あなたが私のことを覚えていないってことがよーく分かりました。軟弱者」


「え」


 顔をあげた彼女は先程のように目に見えて怒ってはいないものの、その瞳には明らかな怒りが見え隠れしていた。


「次は私の番ね。今貴方に必要なことだけ話してあげます」


 前置きをしたライサが話し始めたのはミハイルのことについてだった。


「あなたは月で何年もパイロットとしての訓練を受けていた。能力の高い兵士を造るプロジェクトの一環としてあなたは選ばれたの」


 様々な計画が立案され、そのいくつかが採用になったがそのほとんどが人道的でない、パイロットを消耗品扱いするような計画だった。その中でもミハイルは"暗示と身体強化訓練でどこまで強くなれるか"という他の実験と比較するために立案された計画に基づいて強化された。比較的人道的な実験だったという。


「他の被験者との比較しても大差なかったあなたの成績は組織内でも話題になっていたわ。"常人"の範疇である君が他の被験者と遜色ない性能なのは問題だって」


 精神や肉体に高い負荷のかかる計画に携わっていた者たちは自身の計画が凍結されるのを恐れていた。時には暗殺を謀る者すらいたという。

 

「でもある時を境にあなたの成績は落ち込んできた。それがどんな理由だったのかは分からないけれど、それがあなたの"存在理由"を奪った」


 ある時、データが取り終わったとしてミハイルを処分する動きがあった。それを察知したキールは自身の地球への帰還に合わせて彼を逃がす。そうして彼は五菱に預けられたのだという。


「俺のことは分かった。でも、それじゃああんたは何のために月からきたんだ?それにその組織とやらは一体何なんだよ」


 つい我慢できずに彼女の話に割って入るミハイル。新たな情報が出るたびに疑問は深まる。しかし、一番聞いておきたいのはこの2つだ。ライサは何のために来たのか、月の組織とはなんなのか。

 彼女はまだミハイルについて話していない事があるだろうが当面は白い機体と戦うことが多くなるはずだ。そのためにもどういった組織なのかを知っておきたいというのが1つ。それと今後組むことになるだろうライサについても知っておきたい。


「仕事熱心なところは変わらないのね。でも私は研究機関については大して知らない。私も被験者の1人だし」


 彼女はちらりと腕に巻いた時計をみると枕元から薬の入った小瓶を取り出し、その中身をいくらか手に出すと数瞬の後に飲み込んだ。そしてミハイルの方を見て小さく笑う。


「私は投薬で強化されたの。だから副作用の発作を抑える薬を飲まなければならない。……どう?自分の弱みを教えたんだから少しは信用してほしいのだけれど?」


 笑う彼女の表情はミハイルにはどこか懐かしいものを感じさせた。



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