第9話 それぞれの過去 1

 縁刀襲撃事件から数日たった五菱の格納庫では数少ないメカニックたちが忙しく作業をしている。彼らにとってはこの帰還と出撃の間こそが戦いだ。特に今回は苛烈を極めている。比較的損傷の少ない3機は手間をかけずに整備が可能だが、新たに搬入された2機のレグルスと試作機に関してはデータを頼りに手探りで整備していかなくてはならないし、東条のヴォイジャーは関節部分の損耗や推進剤の消耗に加え炉にかかっていた負荷が想定以上であったことから少々手間取ることが予想されていた。それに一番損傷している機体は買いなおした方がいいレベルだった。

 

「首尾はどうだ?」


 騒がしい格納庫内で非番の鮫島が愛機であるスケアクロウを見上げながら呟くように言う。それはメカニックに聞いているようで愛機に語り掛けているようにもみえたが、その問いに答える声があった。


「首尾もクソもあったもんじゃあねぇよ。この機体はもう古いんだから大切に使えっていっただろうが」


 鮫島が振り返ると、そこには体格のいい作業着を着た50代後半ほどの男が腕を組んで立っていた。彼は五菱の最古参メカニック、整備長の城崎という。鮫島とは長い付き合いで、スケアクロウがロールアウトしたてのカッシーニ初期生産タイプだったころからロードの整備やカスタムを専門にしているメカニックだ。その彼が悪態をつくほどの状態なのだ。


「ここ数年くらいはひどい損傷もなくて安心していたんだが、気を抜いたらすぐこれだ。頭はもう取り換えた方がいいし、右腕のガトリング砲も以下省略ってえ感じよ。はっきり言ってここまで機体を酷使したパイロットはあんたしか知らないね」


 城崎が見上げたスケアクロウは半壊した頭部を取り外し、右腕は根元から外されたままで、左腕のヒートブレードは刃がところどころ欠けている。それらの損傷を無視してもスケアクロウ自体はよく持っていると言えるレベルでボロボロになっていた。

 一般的に関節部やフレームへの疲労が他の兵器と比べて大きいロードは長くても20年程度で現役を終える。だがスケアクロウはカッシーニとしてロールアウトしてからそれを優に超える年数を前線で過ごしてきた。その中身はもはや別物といえるほどではあるが、性能が高いとは言えない。最新鋭機と戦闘してこの程度で済んでいるのはパイロットが鮫島だったからだろう。


「正直新しい機体を買ったほうが早いんだが、他の機体の武器や補給のことも考えるとそうもいかない。社長が出費がかさんで仕方がないって嘆いてたぜ」


「そうか。無理を言ってすまなかった。私の機体は後回しでいい。しばらくパイロット稼業は休業かな」


 スケアクロウは鮫島にとって、自身の歴史を体現した機体だ。傭兵稼業を始めた時からの愛機で、ほとんどの戦場をこの愛機で駆けた。しばらくの間乗れなくなってしまうのは寂しいものがあるが、今は一刻も早く万全の状態の機体を揃えなければならないのだ。わがままは言っていられない。


「そう焦るなよ戦友。そういう話はこいつを見てからにしな」


 鮫島の考えていることが分かったのか、城崎が指さしたのはスケアクロウが収められたハンガーの隣にある布を被った何かだった。そこにあるのは縁刀から運び込まれた武器やら補給物資だったはずだが、と鮫島は首を傾げる。


「おい、シートを取れ!」


 そこで作業していた部下に大声で命ずると、大きな布が隠していたものが徐々に明らかになっていった。

 寝かされているものの、その正体は一目でわかった。ロードだ。カッシーニを参考に作られたこの機体の名は珀雷ヒャクライ。自衛軍でいまだに現役の機体だ。頭部はカッシーニと比べて大きなモノアイが取り付けられており、その一つ目はレールがないため動くことはない。しかし、額の部分には細いヘアバンドのようなものが宛がわれており、そこには小さなカメラアイとさらにそれよりも小さいカメラアイが設置されていて、それはレールに乗っている。そのためメインカメラの死角を補うことが可能になっているのだ。さらに人でいうところの頬の部分にはガスマスクのキャニスターのような部品があり、それ以外にこれといった装飾やデザインがないのっぺりとした顔をしたこれまでのどの機体とも違う印象を受ける顔立ちだ。

 首から下はアーリア同様の曲線が目立つシルエットだが、第一印象は全く違う。安価と言われれば納得してしまうアーリアに対して珀雷はのだ。民間でも売買されている整備性や生産性を重視したアーリアと違い、自衛軍のみに配備されている珀雷は生産性はある程度無視してスペックを重視している。パーツの精度や機体自体の性能はアーリアを遥かに上回るのだ。そのため珀雷は実弾ライフルなどは多少食らった程度では機体の稼働に問題はないし、同時に空戦をできるだけの軽さを手に入れている。

 しかし配備されてから15年ほどたつにもかかわらず大した改修もされずに他の機体に負けない性能を発揮し続けるのはこの機体の"炉"が特別なことが理由だ。珀雷に搭載されている炉は"セプト反応炉改"と呼ばれる珀雷の開発に伴って設計された上位版で、どういう仕組みか一般的な炉よりも高いパフォーマンスを発揮するのだ。その他細々とした特殊技術と合わせて、自衛軍の大きなアドバンテージとなっているため各企業はそれを追い越そうと必死だ。


「この機体は……しかし、これは自衛軍以外は所有することは無いよう厳重な管理がされていたはず」


「その軍さ。ワタリガラスを潰した時の後始末ができていなかったってんで当時の連中が、短期間だけだが貸すってよ。あいつらもカラスを仕留める腹らしいな。近々正式に依頼してくるそうだ」


 つまり、ワタリガラスを潰した時に共同で任務にあたっていた連中が取りこぼした目標を仕留めるために動き出し、珀雷を貸し出したということだ。鮫島は何度か軍と共同の任務もこなし、それなりの信頼を得ている。そのため短期間とはいえ機密事項の塊である珀雷を貸し出してくれたのだろう。もちろん、解析を防ぐ何らかの細工はしているだろうが。


「"口止め料"か。軍も必死と見えるな。私としては非常に助かるが。あの仕事は私にとっても思うところがあったからな」


 軍としては過去の汚点を公にされたくないのだろう。昔取り逃がした悪質なPMSCの残党が先の襲撃に関わっていました、などと知れたら信用問題だ。


「ま、そういうことだ。暇なときに慣熟訓練やっとけよ」


 一通り話し終えたのか、城崎は手を振りながらスケアクロウの下に歩いていく。


「いつも助かるよ」


 去っていく彼に鮫島は小さく感謝の言葉を口にした。



***



「はぁ……」


 ミハイルは小さくため息をついた。彼が今いるのは五菱の敷地内にあるパイロット用のアパートだ。そのうちの1つの扉の前に彼は立っていた。そこは先日五菱に預けられた女性、ライサに貸し与えられた部屋の扉である。因みにミハイルの部屋はその左隣である。

 先日、レグルスでの通信以来彼女は口をきいてくれない。しかし、社長の滝沢はレグルスのパイロット同士仲良くしろ、と空き部屋だったミハイルの隣にライサを住まわせたのだ。それ以来何度か彼女に会おうとしているのだが、寝ているのか外出しているのか、はたまた居留守を使っているのか一度も顔を合わせられていない。


「よし!」


 意を決してベルを押すが――


「あ……」


 ガチャリ、という音とともに綺麗なものの目つきの悪い顔が覗く。彼女はミハイルの顔を確認すると勢いよくドアを閉めようと試みた。


「ちょっ、ちょっと待って!待てって!」


 ミハイルもせっかくの好機を逃さんとばかりに片足を扉の隙間に突っ込み、両手で扉を開けようと力を籠める。


「うっさい!付きまとうなクソミーシャ!」


 ライサはドアノブを引っ張る力をさらに強め、さらにミハイルを罵倒する。どうやら口ぶりからするとミハイルが彼女の部屋を何度か訪問していたのを知っているようだ。

 数秒の後、徐々に扉は閉じていきミハイルの片足と両手が圧迫され始めてきた。まさか女性に力負けすると思っていなかったミハイルは自身の身体能力に失望しつつも声をあげる。


「痛い痛い!力緩めて!お願いしますから!ライサさん!」


 必死の懇願が彼女に届いたのか、扉を閉める力が緩まる。彼女の顔を見るとほんの少し悲しそうな顔をしていた、ような気がした。


「ごめん。……その、私もちょっと言い過ぎた、かも」


 彼女は先ほどとは打って変わってしおらしくなる。理由は分からないが、何か考えがあるのだろう。ミハイルにとっては自身に関する話が聞けるかもしれない好機だ。


「入りなさい。私も話すことがあるの」


 ミハイルの考えを知ってか知らずかライサは無造作に扉を開き、部屋の奥へと消えていった。

 


***



 熱を帯びた巨大な剣が巨人を溶断する。それを持つもう1つの巨人は、まるで騎士がその刀身に付いた血糊を振り払うかのように剣で一度空を切ると、腰にかかっていたホルダーへとそれを納めた。


「中々ではあるが、俺……いや、スケアクロウには及ばない、か」


 騎士風のロード、セカンド・アリアのパイロットは1人呟いた。川崎での戦い以降も各地で戦闘を行ってきたが、今だ強者には出会えない。スケアクロウを殺すための経験値になるほどの者は。


≪――≫

  

 上空を白い機体が飛び去っていく。それは最近違う部隊で運用され始めたという第3世代のロード。人ならざる反射神経で動き、無傷で敵部隊を殲滅してしまうほどの性能を持つ機体。


「アレ、1回戦ってみたいよなぁ」


 叶わぬ願望を口にしつつもセカンド・アリアを上空の雲に隠れている母艦へと飛ぶ。


「ま、勝てないと思うけど」


 男の脳裏に記憶がフラッシュバックした。それはまだ幼かったころ、父親の経営するPMSCがロード共々潰された日のこと。両腕がビームソードとガトリングの武器腕の奇妙なカッシーニの姿とともに、鮮明に思い出された。


 川崎を襲撃した謎の集団。その集団が所有する強襲揚陸艦にテストゥドという艦がある。それは白い機体と、鮫島の乗機を中破に追い込んだセカンド・アリアの母艦であり、雲が発生する高度5000メートル以上を航行できる数少ない艦でもある。そのテストゥドにいま、セカンド・アリアが帰還した。


 母艦のハンガーに機体を収めると、ヘルメットを脱いで早々にコックピットから退散する。とにかくロードのコックピットは狭いのだ。第3世代ロードでは改善されているらしいが、自身に支給されたのはアーリアを2.5世代級のスペックに引き上げたものであるためコックピット周りはアーリアと遜色ないのだ。

 コックピットの高さに合わせられた足場に着地すると凝り固まった体をほぐすために伸びをする。


「んー。まったくつまらん任務だこと」


 愚痴りつつ横を見ると、そこには例の白い機体がセカンド・アリアと同様に整備を受けていた。コックピットは閉められており、パイロットがまだいるのかは分からないが好奇心からその機体へと近づいていく。


「だけど、こいつは面白い」


 そっと純白の機体に触れる。スーツ越しなので確かなことは分からないが、自身の乗る機体とは装甲から違う材質を使っているように思えた。


「勝手に触るのはやめてくれないかな?まだ未完成なのでね」


 言葉とともに機体に触れていた手が掴まれる。振り向くとそこには何度か見かけたことのある白衣の男がいた。


「ああ、すみませんね。気になると納得するまで知りたくなる質で」


 男の名はキール・エメリヤノフ。数か月前からここで開発をしている男で、主に新武装や新型、新機構の開発を主に担当している。白い機体に関しては彼に一任されており、日々改良が加えられているらしい。


「ワタリ君。好奇心は猫をも殺す、だったか。この機体には必要以上に関わらないことだ。上も機密事項のせいで優秀なパイロットを失うのは痛手だろうから」


 キールの言葉に男、わたりは小さく舌打ちをする。妙な探りをするなら命の保証はできない、ということだ。気に入らない。


「ならもっと強い敵と戦わせてほしいですね。最低でも五菱クラスのパイロットがいい。日本なら習志野の部隊とか、アメリカのユニオンとか」


 強者との戦いに生を見出している渡は世界的にもトップクラスの部隊や企業の名をあげた。そのどちらも鮫島のようなベテランが多く所属している。下手には手を出せないだろう。


「時が来ればそういう事もあるだろうね。さ、行った行った。君のセカンド・アリアにも新しい武装つけなきゃならないし忙しいんだよ。ここのメカニックは」


「そいつは楽しみだ。期待してますよ、博士」


 キールの言葉に従って格納庫を後にする渡。何か白い機体に関する話が聞けるかと思ったが、それとは別に自身の機体に新武装が付くという情報が得られた。新しい武器。聞くだけで胸が高鳴る。それは戦いにこそ生を見出す彼ならではの感覚だ。


「次の出撃、早く来てほしいねぇ」


 艦内の人通りが少ない通路に、渡の声が反響した。



 

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