第8話彼と彼の話

「いやぁ、ごめんね。いろいろと迷惑かけちゃってさ」


縁刀の応接室でクレストが詫びながらソファに座る客人に茶を出す。来客用のソファに座っているのは今回の襲撃に関して何か情報を握っていると思われる女性、ライサ。五菱の代表として鮫島。奇妙な新型と戦闘し、生存したミハイル。この3人だった。それに対面する形で座っているのは、今しがた着席したクレストと彼の直接の上司である開発部の部長、下沢だ。


「いえ、少なからず私たちにも関係あることでしたから」


 クレストの上司がいる手前か、いつもはあまり使わない敬語で話す鮫島。その横でミハイルの心臓がはねた。自分の記憶が一部戻ったことと、レグルスがミハイルを認識して起動したことが感づかれたのかと思い、緊張してしまう。


「と、いいますと?」


 当然のことながら下沢が食いつく。今回のことは縁刀が回収したレグルスとライサが原因の襲撃だという見解になっている。そのため五菱の損失は縁刀が持ってくれることになったのだが、五菱にも責任の一端があるとなれば話は変わってくる。主力の部隊をたった1機のロードに半壊させられた縁刀には、正直余力がないのだ。


「あの所属不明の集団の中に"ワタリガラス"の生き残りがいたんですよ」


「ほう」


 ワタリガラスとは、星降り以前まで活動していたPMSCの1つで、その中でもひどく評判の悪い会社であった。仕事は金次第、つまり金さえ積まれれば犯罪まがいのことすら請け負う。より高い金額が提示されれば寝返りもいとわないというまさに信頼の欠片もない集団だ。ある意味金さえあれば信頼できるということではあるが。

 他にもいくつかそういったか会社はあった。その中でも鮫島にとって深い関りがあったのがワタリガラスというだけだ。


「ワタリガラス、というと星降り以前に潰されたのでは?」


 当時はPMSC関連の法の整備がまだ完全でない国が多く、PMSC自体の数が今の数倍あった。その中でもワタリガラスに加えいくつかの質の悪いPMSCは問題視されていた。彼らは争いを助長するものであり、実際に彼らが請け負った仕事での民間人の負傷者の数は他の会社に比べて明らかに多かった。

 そのため星降り以前に世界的にPMSCに対する厳格な規定が設けられ、それをクリアしていないにも関わらず営業を続ける悪質なPMSCに対して各国と評価の高いPMSCが連携して制圧を試みたのだ。最初は業務改善を呼びかける注意勧告などを送ったがほとんどの会社はそれに応じることもなく、最終的には武力による制圧が実施された。


「当時の五菱と自衛軍の共同作戦で、こちらもそれなりの犠牲を払いながらなんとかPMSCとしてのワタリガラスは完全に潰されました。しかし数人が逃れ、最終的に捕らえられなかった人物が1人いたんですよ。それが今回新型で私と戦闘を行った男です」


「ふむ。確かに五菱に恨みを持っていたから現れた可能性はあるが、今回の襲撃の原因ではないのでは?」


 確かに五菱に関係することだが、今回の襲撃に直接的な影響はないはずだ。そしてそれは鮫島も分かっているはず。


「ええ、確かにそうです。今回はそちらが回収した"レグルス"が目的の襲撃と見て間違いないでしょう。しかし、考えていただきたい。今後もアンノウンが仕掛けてくるとすればレグルスを運用することになる五菱に、実働部隊にはあのワタリガラスと白い新型が来るでしょう。そうなれば業務提携をしているあなた方にも迷惑がかかる可能性もあります」


 騎士風の新型に白い機体。今後もそれを相手にするとなれば損害は少なく済むことはないだろう。もし縁刀との共同任務の際に襲撃をされればもちろん縁刀にも被害が及ぶわけで、それを考慮して鮫島は話している。


「そこで、1つ提案があるのです」


 鮫島は咳ばらいをすると続けた。


「私達にはアンノウンの襲撃を何回もしのぐ程の財力はありません。短期間に何回もロードが破損しようものなら、我々は足がつかないように姿を消さなければならなくなる」


 アンノウンの目的がレグルス、ワタリガラスの目的が鮫島なら執拗に追ってくることも考えられる。戦力が削られれば逃げに徹する必要も出てくるということだ。とはいえ鮫島が言いたいのは別のことだ。


「今回のことで川崎支部は戦力を失い、あなた方も責任問題がどうとか面倒な会議が待っていることでしょう。私からの提案は私達が戦う未確認機や新型のデータを融通する代わりに補給やそちらの商品の値引きをお願いしたい、ということです」


 つまり、今回の損失を埋めて余りある戦闘データの提供を約束する代わりに色々と融通しろ、と言っているのだ。


「なるほど、新機体開発に着手したわが社にとっては願ってもいない申し出です。正直今の我々には今回の損失を埋めるだけの何かが必要だ。あなた方がそれを提供してくれるというなら、その提案を受けましょう」


 現在縁刀は、アーリアやカッシーニ、ヴォイジャーといった既存のロードを解析し新型の生産に着手している。これが軌道に乗れば縁刀はPMSCとしてだけではなく軍需産業の大手の仲間入りとなるだろう。

 実際、ミハイルが見たヴィルヘルム・プローントの性能は良く、売りだせばそれなりの結果を見込めるという予想が縁刀社内でもされている。


「ですが、商品の値引きというのは必要ないでしょう。ドクター、新型のデータを」


 下沢はニヤリと笑うとクレストのほうへ片手をやる。クレストは多少躊躇しながらも、五菱の時と同じように内ポケットから端末を取り出した。


「本社で先行して生産した各種新武装に、プローントの試作機を私が改造していた機体があってそれにはパイロットがついてない。だからそれのデータ収集も兼ねて君たちに渡そう。不本意だけどね。アレらはまだ完璧じゃない」


「そこまでだ、ドクター。こちらはあの白い機体にロード7機をやられているんだ。なりふり構ってられんよ」


 下沢の言葉に渋々頷いたクレストがテーブルに置いた端末の画面に映し出されていたのはある機体のデータだった。



***



 その後、簡単な事情聴取を縁刀と軍から受けた五菱の一行はライサとレグルス2機を預けられ、帰路に就いた。目立った損傷の無かったカッシーニとヴォイジャーは先にパイロット共々帰還し、中破したスケアクロウは陸路で五菱まで輸送することになり、2機のレグルスは五菱に譲渡されることとなった試作機とともに輸送ヘリで五菱に送られることになった。


≪ミハイル≫


 レグルスのコックピット内に女性の言葉が響く。ライサの声だ。先の戦闘と事情聴取の疲れでうつらうつらとしていたミハイルは彼女の声で目が覚める。


≪聞こえているなら回線を合わせなさい≫


 眠い目をこすってサブモニターに目をやるとライサ機から専用回線の番号が送られてきていた。


「俺も色々と聞きたいことがあったので助かりますよ」


 眠気覚ましの伸びをしながら回線を開くとライサの姿がサブモニターに映し出された。彼女は先ほど搭乗していた時と違いパイロットスーツは下半身しか着用しておらず、上半身は腰に巻く形にしておりヘルメットも被ってはいなかった。

 対してミハイルはスーツを着、ヘルメットもバイザーは開けているもののしっかり被っていた。この辺りはパイロットの性格が出る部分だ。ミハイルは割と心配性の気があるのでいつも乗機に搭乗する際はその辺を怠らない。


≪何時までそんな演技をするわけ?私とあなたは知らない仲じゃないと思うのだけれど≫


 ライサはうんざりした表情でモニター越しにミハイルを見た。しかし彼は「はて?」と今にも言いそうなとぼけた顔をしている。それにイラついたのか、ライサは口調を荒らげた。


≪誰にも悟られないために話を合わせたんじゃないの?そりゃあ、少しは意地悪くしたかもだけど≫


「何を――」


≪あなたがレグルスを起動出来たのはあなたがミハイルだから。分かるでしょう!?そのために私達は何年も……。この子達レグルスを月から運んできたのだって……!≫


 怒っていたはずの彼女は徐々に目を潤ませて、言葉も尻すぼみになっていく。ミハイルは申し訳なさを感じるが、自分は五菱に来るまでの記憶完全に失っている。いや、正確には断片的に記憶は蘇りつつあるが。


「あなたには悪いですけど俺は五菱にくるまでの記憶がないんです。一番古い記憶はキールがここに俺を預けた時の記憶。今はロードの操縦ができる以外とりえのない人間なんですよ」


 今の自分にはどうしようもない、という旨を伝えるがライサと会話をするたびにミハイルには軽い頭痛とともにレグルスに乗った時のヴィジョンが何度もフラッシュバックした。


「俺だって記憶を戻すためにここまでやってきたんだ」


 ミハイルはどうしようもないやるせなさを感じながら小さく呟いた。

 


 





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