第7話因縁

  鮫島は無言でロングブレードをヒートモードへと切り替えた。彼の目に映っているのは肩に赤い目のカラスが翼を広げているエンブレムだ。

 これはかつて鮫島が雇われだった頃、戦場で殺し合ったPMSCのエンブレムである。それはまだスケアクロウがカッシーニだった頃、つまり星降りよりももっと昔の話だ。

 そのエンブレムが今は妙な新型の肩に記されているのだ。頭部は人間で言うところの口周辺以外のほとんどを覆う仮面ともヘルムともつかないものを被っており、さらに目に相当する部分には横に3本のスリットが走っており、その1つ1つに赤いモノアイが光っている。後頭部は妙なほど長く、頭だけみれば宇宙人のようにも見える。

 それ以外の部分は中世の騎士風の印象を受けるが、アーリアの意匠を残した曲線の多いフォルムをしていて、手にしている装備もロングソードにカイトシールドのような中盾と、騎士そのものといっても過言ではない風貌をしていた。

 騎士風のロードはスケアクロウの目の前に着陸すると、腰のロングソードを抜き放ち、スケアクロウへと向ける。

 対するスケアクロウはガトリングを新型へ向け、様子を窺っている。


≪そこのカスタム機、このセカンド・アリアの相手をしてもらうぞ≫


 その声に鮫島は舌打ちをする。彼の聞き覚えのある声だったからだ。できれば関わりたくない男の声だ。機体に内蔵されている拡声器からの声が人気のない工業地帯に響く。


「断る!」


 これが返答だと言わんばかりにスケアクロウの右腕から弾丸が発射される。ガトリングの銃口は確実に新型のコックピットらしき部分を捉えており、高速で発射された弾丸がそこへと向かって飛んで行く。


≪おい!話ぐらい聞けよ!≫


 軽い口調で抗議しつつも、セカンド・アリアという機体はシールドで弾丸を防いだ。といっても盾でまともに受ければダメージを受けるため、角度をつけて跳弾させただけだが。

 しかし、それだけで操縦センスは中々のものであると判断できる。


「ワタリガラスの亡霊が……。私にこれ以上まとわりつくんじゃあない!」


 一気に間合いを詰めるスケアクロウ。対するセカンド・アリアはシールドとロングソードを構える。

 一瞬の緊張。地を蹴ったスケアクロウと地を踏みしめ迎撃体勢を取るセカンド・アリア。2機の衝突とともに辺りに大きな金属音が響く。

 赤熱したロングブレードとセプト粒子を纏ったロングソードで火花と粒子を散らしながら鍔迫り合いが起こる。


 「ええい、厄介な!」


 セカンド・アリアのパイロットの腕はかなりのものだった。2合、3合と打ち合うが、決定打を叩きこむことができない。しかし、着実にセカンド・アリアの剣は熱によってボロボロになっていく。

 そして次に刃が交わった瞬間、スケアクロウはほぼ弾倉が空になったガトリングでセカンド・アリアを殴りつけた。しかし、セカンド・アリアも同じような考えだったらしく、盾をスケアクロウへ向けていた。殴られ、体勢を崩した瞬間盾とそれを保持する腕の間から弾丸が飛び出し、スケアクロウの右側頭部と右肩に着弾する。


≪タダではやられんよォ!≫


「隠し武装とは小賢しいことを!」


 トリガーを引き、残りの弾丸を撃ち尽くす。セカンド・アリアの胸部に接触したガトリングの銃口は火花を散らしながら頭部し接触し、発射された弾丸が頭部を跡形もなく破壊した。

 しかし、スケアクロウも頭部が半壊し、右側の3つの光学センサーが機能を失う。加えて右腕が根元から破壊され片腕を失った。


≪老いたな、スケアクロウ!≫


「ちぃっ!」


 互いに距離を取り、残った武装を構えなおす。メインセンサーの半分が死に、ロングブレードしか武装の残っていないスケアクロウと、頭部を破壊されながらも武装に損害の少ないセカンド・アリア。一見するとセンサーの潰されたセカンド・アリアが不利に見えるが、機体の各所に設置されたサブカメラで辛うじて戦闘は行える。対してスケアクロウは度重なる改修に伴う不要な装備のオミットでサブカメラはほとんど外されており、実質右側が死角になっていた。これを悟られれば戦闘はかなり不利になるだろう。


≪あぁッ!?……。了解。気に入らないが、勝負は預けるぞ、スケアクロウ≫


 撤退の通信が来たらしく、頭部を失ったセカンド・アリアのパイロットはスケアクロウに言い残すと炉を稼働させ、空へと消えていった。機体から漏れ出た粒子が尾を引いていくのが見える。


「認めたくはないが命拾いした、か」


 新型とはいえ1機にここまでいいようにやられた自身に嫌悪感を抱きつつも、周辺状況を再確認する。とりあえずは味方機と合流したいところだが、粒子の影響も薄れ始めていることから敵は去ったと考えてもよさそうだった。


「右腕は……この機体じゃあ回収できないな」


 刃こぼれしながらも残った左腕を見て鮫島は苦笑した。



***



 ガシャリ、という音とともにコックピットハッチが開く。それと同時に外へ出やすいように、シートが前へと動いた。コックピット内が手狭でなくなった第3世代機ならではの機能といえる。

コックピットから飛び出すと、そのまま胸近くに差し出されているレグルスの右手に飛び乗った。パイロットが手のひらに乗ったことを検知したレグルスはゆっくりとその手を地面へと動かした。


「随分とひどい顔ね」


レグルスの手から降りた彼女は対面しているもう1機のレグルスとその足元で座り込んでいる彼、ミハイル・エメリヤノフに声をかけた。ミハイルはパイロットスーツを着用しなかったために機体にかかる衝撃やGをもろに受けてしまい、体力の消耗が著しく機体を降りてそのまま座り込んでいたのだ。体中から汗が吹き出し、呼吸も荒い。いくらコックピット周りがよくなっているとはいえロードはロード。よほど慣れていなければ正規のパイロットでもスーツなしでの戦闘は無理といえる。意識が保てているだけマシな方だ。


「あんな得体のしれない機体と戦えばだれでもこうなりますよ」


 よろよろと立ち上がりながら汗をぬぐうと、汗でべっとりとくっついた髪をかきあげるミハイル。彼がもう1機のレグルスのパイロットに視線を向けると、ちょうどヘルメットを脱ぐところであった。

 彼女は目元が少々キツいものの、しっとりとした長い黒髪とそれに対比されるかのような青い瞳が印象深かった。一言でいうなら美人。ヘルメットを脱いだ拍子に、そこにしまわれていた長髪がはらりと舞う。

 

「何をそんなにジロジロ見てんのよ」


「あ、いや、そんなつもりじゃ……」


 気の強い女性はどうにも苦手だ。そんなことを考えながら思わず目をそらしてしまうミハイル。そんな彼を見て女性は何か小さく呟くが、ミハイルには聞こえなかった。


「そういえば、まだ名前を聞いてなかったですね。俺はミハイル。五菱でパイロットをやってます」


「ああ、この前のヴォイジャーのパイロット。スーツもなしでよくあんな動きが出来たものね。そこは感心するわ。私は……、私の名前はライサ。訳あってこの子たちを運んでいたのだけど」


 ライサと名乗った女性はレグルスを見上げる。


「あなたは何故この機体を起動出来たのかしらね?ミハイル君」


 彼女はミハイルに意地悪く笑って見せた。明らかに何かを知っている雰囲気だ。それにレグルスに乗った時にヴィジョンを見てからは"彼女を知っている"気がするのだ。直ちに問いただしたいところだが、今はそれどころではない。

 あの白い機体は腕の立つ縁刀のパイロットたちのことごとくを倒していった。損傷して動かなかくなった機体から生存者の救出が行われ始めているが、急な戦闘で人手不足は火を見るより明らかだ。同業者としても見過ごせない。


「あなたのことはすっごい気になりますけど、今は救出作業の手伝いを優先させてください。最初からあの白いヤツを俺が相手をしていれば、あの人たちは怪我しなくて済んだんだ」


 若干後ろ髪を引かれる思いをしながらも停止した機体のパイロット救出の手伝いをしに向かうミハイル。そんな彼を見てライサは小さく呟いた。


「そういうところは昔から変わってないのね」

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