第5話白い機体

 五菱では小型とはいえロードの母艦足り得る強襲揚陸艦、ファランクスを所有しているので通常ならそれに戦力を搭載して仕事に向かうのだが、今回は初めての宇宙空間での仕事を終えたばかりということや、目的地がふねを使うまでもない距離であるという理由から縁刀の所有するロード移送用のヘリを借りて目的地を進んでいた。ヘリは普通の大きさよりやや大きく、ロードの移送に耐えうる設計をされており、専用のワイヤーでロードを吊り下げる形で飛行している。

 

 目的地である縁刀の川崎支部まであと数分と言ったところでそれは起きた。最後尾であるセレン・ベンディクス機を移送していたヘリが小爆発を起こした後に煙を上げて墜落し始めたのだ。しかし、機体自体には損傷がなかったのと狙われたセレン機、つまりカッシーニが空戦用のオプションを装備していたことが幸いして大した損傷なく墜落前に脱出に成功した。


「各機降下して迎撃!行動開始!」


≪了解≫


 事態を察した鮫島の判断に全パイロットが了解の意を示してヘリとの接続を切り、降下を開始した。セレン機と同型の空戦仕様のカッシーニに乗ったテミスはセレン機をカバーするように動き、機体単独で飛行が可能なヴォイジャーは"炉"をフル稼働させて飛行を開始した。常盤機は2機のカッシーニと合流し、逆に東条機は完全な陸戦機であるスケアクロウを援護するように高度を下げた。

 一方鮫島の駆るスケアクロウは少ない炉の余剰エネルギーを巧みに使って、ノーダメージで着地に成功した。とはいえ着地した道路はスケアクロウの質量でひび割れ、沈む。幸い通行していた車などはなかったが、「始末書や取り調べじゃ済まないぞ」と鮫島は舌打ちをする。


「工業地帯とはいえ一般人がいるところで戦闘を始めるとは……!」


 悪態をつきつつ部隊の状況を確認する。全機損傷なく部隊を展開出来てはいるが、敵についての情報がなさすぎる。敵はヘリを落としたきり攻撃を仕掛けてこないし、位置も分からない。それに一般人への被害も気になるところだ。


「セレン、敵の攻撃してきた場所は分かるか?」


≪ええ、恐らくもっと高い高度からの狙撃だと思いますけど≫


 鮫島の質問に女性の声が答える。ヘリが飛行する高度よりも高い高度からの狙撃など聞いたことがない。母艦があってそこから狙撃しているか、単純に飛行能力が高い機体が単独で狙撃しているか。そのどちらにしても気流の流れを計算したうえでの狙撃が必要になってくる。人間業ではない。


「狙撃ならこちらに狙いをつける前に遮蔽物へ隠れろ。部隊はこのまま私と東条で1班。常盤、セレン、テミスで2班だ。上空への警戒、怠るなよ」


 鮫島の指示にまた全員が了解の意を示すが、そこでレーダーが反応した。味方機以外の反応だ。しかし、次の瞬間には機体に備え付けられているほとんどの電子機器が使い物にならなくなるほどのノイズが走り、レーダーや通信機器は使い物にならなくなった。このノイズの走り方は"炉"による通信障害に酷似している。とはいえここまでひどいのは初めてだ。

 ふと上空を見上げると何かが降下してくる。


「上だ!」


 通信機器がまともに使えないにも関わらず、つい癖で叫ぶ。上空の黒い影は徐々に大きくなっていき、30mほどの高度で動きを止めた。咄嗟にスケアクロウの右腕のガトリング砲をそれに向ける。


「一体何なんだ……?」


 数々の戦場を経験してきた鮫島でさえ、形容しがたい不安を感じていた。



***



 スケアクロウのベース機はカッシーニの初期生産タイプである。鮫島はこの機体を十数年にわたって愛用しており、戦場を経るたびに機体の形状は徐々に変わっていった。

 現在では頭部のほとんどが市販のパーツを組み合わせて作ったオリジナルのものになっており、その直方体の頭部のセンサーはサイコロの6の目のような六つのモノアイになっている。肩部の装甲は分厚いものになっており、多少の被弾はモノともしない。脚部はより陸戦を想定したものに改造され、平地ならばホバー移動が可能なものに換装されていた。

 そして両腕。これは肘関節部分から別物に換装されている。右腕はガトリング砲だ。こちらは背部に背負われている弾倉から給弾される弾薬を高速で撃ち尽くす威力、弾速ともに優秀な飛び道具だ。一方左腕はガトリング砲よりも若干長い実体刃だ。大きなナタのようにも見える。これをそのまま振るえば並のロードはひとたまりもないだろうが、この武器は赤熱させて相手を溶断することさえ可能な凶悪な武器だ。バランスも汎用性もあったものではないが、これが今の鮫島にとって最も信頼できる愛機の姿であった。


 そんな武骨な機体に比べ、目の前に浮かんでいる白い機体はスリムで余計なものを一切装備していないといった印象を受ける。

 頭は縦長で、カッシーニならばモノアイがあるだろう部分には一本の溝が横に走っており、その奥から光が漏れている。胸部はパイロットを守るためなのだろう、やや前にせり出した形になっており、正面または頭上からの攻撃に少しでも耐えれるようなフォルムになっている。

 脚部には姿勢制御のアポジモーター程度しかなく、やや装甲の継ぎ目が多いものの"細めのロードの脚部"という印象を受ける。背部には大きめのバインダーが2枚あり、その大きさから姿勢制御用の部品かプロペラントタンクではないかと推測できる。

 右手には見慣れないが恐らくライフルであろう銃身の長い銃を持っており、先ほどの狙撃はそれによるものだと思われた。


「何が目的だ……?」


 動きを見せない不明機に、やや気圧されているものの、ガトリング砲を発射するトリガーには指をかけたままの鮫島は相手の出方を窺った。もしライフルで攻撃してきても先に構えているこちらの方が先手を打てるし、舗装された工業地帯ならばホバー移動を駆使した戦闘でどうにか戦えるはずと考えたからだ。


≪―――≫


 不明機のパイロットが何か言ったように聞こえたがひどい通信障害で聞き取れない。

 それから数秒か、はたまた数分か鮫島には分からなかったが、とにかく時間が経過した後に不明機はスケアクロウはおろか、ヴォイジャーやカッシーニまでも眼中にないといった様子で高度を上げながら去っていった。


≪―島さん。い――はいったい……?≫


 通信障害が回復していく中、近くで同じくライフルを構えていた東条機が話しかけてくる。


「わからん。何かを探しているようではあったが、それを抜きにしてもあの機体は異常だ。……2班、応答しろ。無事か?」


≪こちら常盤機。2班は全員無事です。でも鮫島さん。あの機体が飛んでいった方向って縁刀の川崎支部のほうですよね?≫


 2班の無事に一度は安堵した鮫島だったが、常盤の言葉に直感が働いた。先の機体の狙いは先日回収した機体なのでは、と。


「悪い予感がする。全機このまま川崎支部へ急行だ。もしヤツがそこに向かっているならミハイル君が危ないぞ」


 

***




 格納庫を飛び出したレグルスは右腕に装備されたシールドでコックピットを防御しつつ左手でライフルを構えた。あれほどの機体が出撃したのだ。外は乱戦になっているに違いないと考えての行動だった。


「何だアイツは!?」


 格納庫に隣接する第1演習場では縁刀のロードたちと奇妙なロードが激しい戦闘を繰り広げていた。と言っても必死に戦っているのは縁刀のロード達だけであるが。奇妙な白いロードは連携して攻撃を仕掛けてくるカッシーニやヴォイジャーを軽々といなし、隙をついて蹴りを入れたり手にもったライフルでコックピットに穴を開けたりとやりたい放題だ。

 ミハイルは自身の見間違いかと思いサブモニターのレーダーを確認するが、レーダーは障害で何も表示されていない。しかし、もう一度目視で確認すると戦っていたはずの縁刀の機体はすべて無力化されており、白いロードはこちらを見ていた。

 ガチャリと音をたてて頭部の溝の上側がせりあがると、レグルスと同じタイプの顔が露わになる。


「同型!?いや、そんなことどうでもいい!」


 躊躇なく出力が最大の状態でライフルの引き金を引いた。相手は国内で有数のPMSCのパイロットたちをいともたやすく無力化したのだ。殺す気で行かなければあっという間にこちらが殺されてしまうだろう。

 撃ちだされた光の塊は白い機体を貫通するかに見えたが、尋常ならざるスピードで回避された。ミハイルは思わず目を見開く。


 ビームは亜光速で撃ちだされる。なので回避するには一瞬の敵の動きを察知するだけの洞察力、すぐに回避行動をとるための反射神経が必要となる。大抵はビームライフルを向けられた時点で回避運動を行いつつ戦闘をするので簡単には当たらないが、止まっている場合は別だ。もし動けたとしても防御体勢をとるのが関の山だ。

 しかし、目の前の敵は人間離れした反射神経でそれを回避した。


「そっちがその気なら!」


 白い機体を中心として円を描くように移動しつつ、ライフルの出力を落としてフルオートでビームをばらまく。”数撃ちゃ当たる”戦法だ。

 弾幕を張りつつ武装の確認を行う。手持ちの武装で敵機の意表を突く作戦を考えるのだ。正面からやり合って勝てる相手ではない。


「両腕のワイヤーロッドと腰のロングソード。あとはビームサーベルだけか……。やるしかない」


 意を決して徐々に距離を詰めていく。相手はまるで曲芸飛行のような動きでビームのほとんどを回避しており、当たった個所も戦闘に差し障りが出るほどのダメージを受けていないようであった。

 ミハイルはライフルを投げ捨て、腰のロングソードを引き抜いた。銃では倒せないと判断したのだ。シールドは機体の行動を制限するほど大きくないのでそのままだ。


≪―――!≫


 白い機体はミハイルの接近を喜ぶかのようにライフルを背部のバインダーのラックにマウントすると、腕に内蔵されていたサーベルの柄を取り出し、握り、ビームの刃を形成した。そして初めて両脚を地につける。

 一見実体の剣であるロングソードはビームで形成されたサーベルに不利に見える。しかし、ソードには炉からのエネルギーが供給され、ビームを弾くフィールドを剣全体に形成しているため、出力の低いビームライフルやサーベルならば少しの間は鍔迫り合いや弾き返しは出来る。決して分の悪い戦いではない。


「やってやる」


 両手でロングソードを握り、刃を下に向けた状態でゆっくりと差を詰める。十分に近づいたところで地を蹴り、間合いを詰めつつ斬り上げた。相手はまるで分っていたかのように上半身をのけぞらせてそれを避けると、そのまま片脚で剣を蹴り上げた。レグルスの手を離れたロングソードは白い機体の後方へ飛んでいき、その刃が地に刺さる。


「想定済みッ!」


 レグルスは少し距離を取り、片膝立ちになりながら左腕のワイヤーロッドを白い機体へと射出した。ワイヤーの先端には磁力を発生させる機能を備えた錘があり、元々機体が落下した際や崖や建造物を登る際に使われるものだが当たれば相手の体勢を崩すことぐらいは可能だ。

 しかし距離が近いとはいえワイヤーの動きは直線的だ。体勢を立て直した敵機はいとも簡単に避けてしまう。が、それこそがミハイルの狙いだ。

 かわされたワイヤーの先端は先ほど弾かれたロングソードの柄にぶつかり、そこで磁力を発生させる。ワイヤーとぴったりくっついたそれを思いっきり引っ張ると、剣は地面から引き抜かれ、白い機体の背部にぶつかる。レグルスが引っ張った力に加え、腕部のワイヤーを巻き取る力が相まってそれなりの速度になっていたそれは敵機をよろめかせるには十分だった。


≪―――≫


 白い機体はよろめきながらもビームの刃をレグルスに向けて振り上げる。


「遅い!」


 巻き取ったロングソードを左手で掴むと同時に右腕のワイヤーロッドを伸ばし、鞭の要領で敵機にぶつける。ワイヤーは先端に錘があるせいか、敵機に巻き付き拘束する形をとった。これを逃す手はないと、レグルスはロングソードを突き出す。予備動作の少ない攻撃だ。この状況では適切な攻撃方法である。


「ッ!」


 取った!そう思った。そのはずだった。

 

 白い機体の腰部から細長い"何か"が伸び、その先端に短いビームの刃が形成される。それはワイヤーをカットすると、ロングソードの突きを受け止めた。


「サブアーム!」


 サブアームはその名の通り"サブ"だ。まともな腕が振るった一撃を耐えられるほどのつくりはしていない。が、狙いをそらすには十分だ。ギギッと軋む音とともにロングソードを弾いた。

 コックピットを狙った一撃は上へ逸れ、背中のバインダーを破壊した。使い物にならなかった機体の計器たちがジジジと音をたてて正常に戻っていく。


「クソッ!」


 拘束が解かれた敵機はお返しとばかりにもう1つのサブアームとサーベルでレグルスに斬りかかる。ミハイルは右腕のシールドでサブアームを抑え、ロングソードでサーベルを食い止めた。


「このままじゃまずい……」


 ロングソードがビームの刃とやり合えると言ってもそれは瞬間的な話だ。鍔迫り合いが何秒も続けばロングソードの対ビームフィールドは貫通され、徐々にビームの刃が金属の刃を溶断していく。

 徐々にロングソードのビームとの接点は溶かされていき、終には真っ二つに切断されてしまった。光の刃はコックピットに向かって進んでくる。


「こんなところで終われるかぁぁぁッ!」


 ミハイルが叫ぶ。そして次の瞬間。




 白い機体の腕が吹き飛んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る