第4話記憶の断片
「滝沢さん、どういうことなんですか!?」
五菱の所有する強襲揚陸艦ファランクスのブリッジでミハイルは滝沢を問い詰めていた。ブリッジにいるクルーたちはミハイルと滝沢のやり取りに釘付けになっている。それほどにミハイルの剣幕は凄まじかった。
突然包囲されたかと思えば、確保しかけた所属不明機とそのパイロットは持って行かれてしまったのだ。その癖持っていた連中、
「焦るなミハイル君。君の気持ちは分かっているつもりだ」
滝沢は艦長用の椅子に腰を下ろすとミハイルをなだめる。しかしミハイルにとっては唯一の記憶の手がかりかもしれなかったものが持って行かれたのだ。焦るのも無理はない。
「先刻、大気圏に入る前に縁刀のデータベースを使って機体の照合をしたんだ。それで、君たちが回収しにいった数分後に縁刀から通信が入ってね。部隊を向かわせているから所属不明機とパイロットはこちらで回収する、ってな」
滝沢の話を要約すると、「例の所属不明機は縁刀傘下のPMSCに引き取りに行かせるのでそのまま引き渡せ。抵抗するならば撃ち落とす」という内容だった。一体何が起きているのかさっぱりであったが、ミハイルは自身の勘は間違いではなかったと確信する。あの機体とコンテナには何かがあるのだ。そしてそれは自分に関係している。納得は出来なかったが、今は待つしかできないのが現状であった。
「後日説明をすると約束を取り付けている。可能なら回収した機体の見学もだ。俺も指ををくわえて見ていたわけじゃない。連絡があるまで待っていてくれ」
「……分かりました。当たってしまってすみません」
「この仕事をしてればイラつくことなんて山ほどあるさ。気にするなよ」
頭を冷やしたミハイルは滝沢に謝ると、艦の自室へと戻っていった。
***
ミハイルたちが仕事から帰ってから数日。次の仕事が決まった者たちが五菱のブリーフィングルームへ集まっていた。ブリーフィングルームは一般的なPMSCのものと大差ない大学の教室のような机と椅子が複数あり、正面には資料を表示する黒板ほどの大きさのモニターが設置されているだけの部屋だ。
そこには現在五菱のロードオペレーター全員が招集されており、そのほかには社長の滝沢、縁刀からの客人がいた。
「そろったな、諸君」
モニターの前に立つ滝沢が皆に着席を促し、全員が着席をしたのを見ると口を開く。
「先日は初の宇宙空間での任務、ご苦労だった。多少のアクシデントもあったがとにかく皆が無事でよかった」
滝沢はそこでちらりとミハイルを見るが、何事もなかったかのように続けた。
「さて、次の仕事が入ったので機体の割り当てと仕事の内容について話すために君たちを招集した。仕事については皆も多少馴染みがあるだろう縁刀の開発部門から、ドクター・クレストに話してもらう。ドクター、よろしく」
滝沢が正面に座っていた男に目配せするとその男は立ち上がり、滝沢と入れ替わるようにして彼のいた場所に立った。
男は白衣を着た20代後半から30代前半。サングラスのようなバイザーをかけており、首元まで伸びた髪をオールバックにしている。痩せこけている上に少々面長な顔立ちをしているので、意地悪く笑おうものならまさにマッドサイエンティストと言う印象を受けるだろう。
「久しぶりだね、五菱のパイロット諸君。元気そうでなによりだ。さて、仕事の話をしよう」
ドクターが内ポケットにしまっていた端末を取り出し、操作するとモニターにいくつかの画像が映し出された。そのうちの数枚はミハイルが見覚えのあるものが映っていた。
「これは先日こちらが回収した……いや、失礼。そちらから受け取った機体だ。調べてみたんだが、基本的な性能はヴォイジャーよりも上。1個の機体としてみれば非常に優秀だ。しかし部品が高級すぎて量産には向かないし、そもそも機体がパイロットを受け付けないんだ。はっきり言って置いておくだけ邪魔。機体に乗っていた女性も協力的ではないし、いったんデータを取り終わったら君たちに預けようと思ってね。ウチの演習場まで来てほしい。ついでに模擬戦もやってもらう」
「と、いうわけだ」
滝沢がドクターの言葉に続ける。
「機体割り当てだが、鮫島さんはスケアクロウ。東条君と常盤君はヴォイジャー、テミスとセレンはカッシーニだ。カッシーニに関してはオプションを好きにしていい。機体は3時間後に来る輸送ヘリで持って行くから各員準備しろ。それとファランクスは初めての大気圏降下で色々とデータを取って整備も念入りにしないとだから、しばらくはデカい仕事は取らない予定だ。それじゃあ解散。ミハイル君は残ってくれ」
機体の割り当てを言い終わったあたりから、東条が自身のお気に入りである試作機に乗れないことに文句を言い始めたが、滝沢は抗議の声よりも大きな声で業務連絡を言い切って解散を宣言した。それでも抗議をやめない東条に向かってため息をつくが、何かを思いだ出したようにニヤリと笑うと東条に告げた。
「君がテストパイロットしている試作機は返還が決定している」
それを聞いた東条の顔はみるみる青くなっていった。
***
ミハイルは1人残され自身は何をするのか全く見当もつかなかったが、滝沢は先にドクターとともに例の機体が保管されている縁刀の支社へ行くよう指示された。特に持って行くものもなかったミハイルはブリーフィング終わりにそのまま縁刀の社用車の停まっている駐車場へ向かった。
ドクターが運転する乗用車の車内で詳しい話を聞くと、どうやら自身は回収された機体の検分に立ち会うとのことらしかった。縁刀のメカニックたちが何をどうやっても動かなかった機体らしいが、もしミハイルが動かすことができるならラッキー程度に思っているのだろう。
「ミーシャ君、あの機体に執着しているらしいけど何か理由でも?」
「大した理由じゃないですよ。何となく知っている機体の気がしたんです」
ドクター・クレストはミハイルの名付け親のキールと仲の良い人間だ。星降り以前は同じ職場で働いていたという。とはいえミハイル自身のことをよく知る人間ではないし、彼自身不明機の正体を知っているわけでもなさそうなのでミハイルははぐらかす。
ふと社外を見ると縁刀の所有する大きなロード格納庫が見えて来ていた。時折恐らくカッシーニであろう機体の駆動音が敷地内から響いてくる。
「ま、とにかく例の機体が動く、動かないに関係なく五菱に引き取ってもらう予定だし、もし今日何も分からなくても後日そっちで色々試してくれればいいよ」
ミハイルが本当のことを話す気がないと察したのか、ドクターは話を無難に話をまとめるとそれ以降口を開くことはなかった。
***
格納庫を歩く。左右にはハンガーに収められたカッシーニやヴォイジャー、縁刀の試作機など様々な機体があり、それぞれにはパイロットや整備士が付いて整備や機体の改修を行っている。ふと見れば東条が愛用していた"軽量可変型試作機"の面影がある機体が目に入った。それは東条の乗機とくらべて異なるシルエットをしており、機体の形状からも性能が上がっていることがわかる。東条のデータをもとに設計をし直したのだろう。
「ああ、気になるか。そいつはお察しの通り東条君のデータで再設計された可変機だよ。名前もついた。確か名前は……ヴィルヘルム・プローント、だったかな。今度から売り出すウチの目玉商品さ。まあそれは置いておいて、だ。着いたよ」
ドクターの言葉に視線を前方に向けるとそこには先日の不明機があった。否、不明機と同型の機体と言ったほうが正しい。狙撃用のオプションはついていないし、カラーリングも微妙に違う。この機体はところどころ黒や白の入っている狙撃機と違い全身が灰色で統一されており、ロールアウトされてから間もないという印象を受ける。コックピットハッチは開きっぱなしになっており、微かに光が漏れている。
「こいつが……」
ミハイルは思わず駆け寄って装甲に触れた。しかし何も思い出すことはない。いや、思い出せないのだ。何かが喉元まで上がってくるような感覚があるのだが、それ以上の感覚はない。思わずため息をつく。また空振りか、と。
「名前はレグルス。機体の装甲に刻印があったから分かった。でもそれ以外はさっぱりだ。コックピットも見てみるか?」
「ええ、お願いします。気になりますんで」
「はいよ。昇降ワイヤーで登ってくれ。私は外から機体の状態をモニターするから動きそうなら言ってくれ」
ドクターの言葉に頷いて、ミハイルは丁度コックピットの真下まで垂れ下がっていた昇降用ワイヤーに片脚をひっかけた。ワイヤの先端にはつり革のような三角形の部品がついておりそこに足をかけ、体重をかけることでコックピットまで自動で上がっていくのだ。
コックピットまで上がっていくと、コックピットハッチを足場代わりに中へと入る。シートに腰かけて中を見渡すと、その操縦系統には驚いた。
現在運用されているロードの多くは前後左右と頭上に大きなモニターが設置されていて、そのモニターの間を埋めるように小さな補助モニターがいくつか設置されている。もともと狭いコックピットがモニターのおかげでさらに狭くなっているのだ。そのため体格が良すぎるとコックピットが狭すぎてまともに操縦できないという欠点があった。一般的な体格であるミハイルには関係ない話だが。
その他にも空調が効きづらいとか耐衝撃用のエアバッグが搭載されていないなどパイロットに対する配慮は二の次といった設計をされているものがほとんどだ。
しかしそれと比べてこのレグルスのコックピットはどうだ。まずモニターは360度対応の所謂全天周モニターになっており、操縦の邪魔にはならないつくりとなっている。シートも対Gが想定されたものになっており、急な加速にもある程度は対応できる。メインモニターを邪魔しないように、手元にサブモニターがいくつか設置されておりそこには現在の機体の状態や残弾が表示されている。
シートに座るとサブモニターがわずかに光るが、特に変わった様子はない。左右にある操縦桿に手を添えて目を閉じる。しかし、何かを思い出すようなことはなかった。しばらくそのままでいたが、「無駄足だったか」とため息をついて目を開いた。
「……?」
眼前にはどこか懐かしさを感じる真っ白な無機質な部屋が広がっていた。自分はいまコックピットにいたはずだと思い、周りを見渡すが景色が変わることはない。いつの間にか握っていた操縦桿はなくなっており、衣服は病院で患者が着るような簡易なものへと変わっている。
「ミハイル、行きましょう」
突然背後から声を掛けられ身構えるが、振り向くとそこに居たのはミハイルの名付け親であるキールが彼の肩に手をかけていた。彼は何か焦っているようでしきりに周りを警戒している。
「でもセラとノアは?」
ミハイルの口から発せられたのは「ここがどこなのか」や「なぜここにキールがいるのか」などの疑問ではなかった。セラとは?ノアとは?自分で言って置きながら誰のことかさっぱりわからない。が、そんなことはお構いなしにキールは答える。
「あの子たちは私が何とかしますから今は君だけでも脱出を。これに入っているポイントまで行ければ絶対に助かります」
彼は白衣のポケットから小さな記憶媒体を取り出してミハイルに握らせた。キールの言葉はなぜか安心できるもので、ミハイルは思わず頷いた。
「ありがとう。さ、早く行きなさい。ここの構造は分かっているでしょう?」
キールは部屋の扉を自らのカードキーと思われるもので開くとミハイルの背を押した。
***
ミハイルは衝撃とともに我に返った。あたりを見渡すが、先ほどの妙な施設ではなくレグルスのコックピットの中だ。安堵したのもつかの間、立て続けに轟音が鳴り響く。恐らくロードの携行火器の射撃音だろう。
「ミーシャ君!外で戦闘だ!今すぐ降りてくれ!避難するぞ!」
開きっぱなしのコックピットハッチからドクターの声が聞こえてくる。もし戦闘がこちらまで来てしまえば、いくら性能の良いロードとはいえただの棺桶だ。早々に避難したほうがいい。
「分かりました」と言いつつシートから腰を上げる。が、ミハイルの意思を無視するようにハッチは閉じた。それと同時にコックピット内に音声が流れる。
「パイロット認証成功。システム、通常モードで起動します」
メインモニターが起動し、外の状況が映し出された。縁刀のパイロットたちが慌ただしく機体に乗り込み、武装をして格納庫からでていっているのがまず見えた。整備士たちも慌ただしく駆け回っている。ふと足元に視線をやるとドクターが何か叫んでいる。
「早く降りろ!遊んでる場合じゃない!」
「ドクター、こいつ動きますよ!このまま迎撃しに行きます。データほしいでしょ?
」
「それはそうだが、慣熟訓練もなしでは!」
ドクターの言うことはもっともだ。レグルスの操縦系統は従来のものと全く違う。初めて動かすパイロットがまともに扱えるはずはないのだ。並のパイロットなら数週間は慣熟訓練の時間が必要だろう。しかし、ミハイルは降りようとはしない。何故なら――
「何となくですけど、操縦は分かるんですよ。たぶん行けます」
ハンガー側面に懸架されていた武装を適当に装備すると足を踏み出す。操縦はヴォイジャーと違うものの、機体の動きなどはこの機体のほうが上だ。頭にイメージをした通りの動きをしてくれる。機体とミハイル自身の相性がいいと言ってもいい。
「ドクターは避難を!俺は迎撃にでます!」
「ええい、分かった!こちらの部隊にもレグルスのことは周知しておく!気をつけろよ!」
避難ルートへ走り出したドクターは小さな通信端末を取り出してどこかと連絡しつつ格納庫を後にする。
「識別信号、解析。縁刀の機体を一時味方として設定。装備へのエネルギー供給を開始。システム、戦闘モード」
恐らくレグルスに搭載された補助AIであろう音声が現在の機体の状態を伝えてくれる。通常ならば手動で敵味方の設定をするのだが、どうやら機体のほうで戦闘の準備はしてくれたようだった。有能なAIに感謝しつつ、機体を動かす。
「行くぞ、レグルス」
レグルスは頭部のツインアイを仄かに光らせると、開きっぱなしの格納庫の出入り口へ向かってスラスターを吹かして飛び出していった。
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