第3話接触

 大気圏をもうすぐ抜けるといったころ、パイロットたちは休憩を取った後先ほど襲ってきた所属不明機の追撃を危惧してコックピットでの待機命令が下っていた。


≪例の機体を捕捉した。映像を回す≫


 ブリッジからの通信だった。コックピットのモニターに映像が移される。

 所属不明の狙撃機は相変わらず輸送艦らしきの上に張り付いていた。が、その輸送艦は大気圏突入の段階でひどく損傷していたらしく、ほとんどが空中分解によってなくなってしまっており、内部に格納していたのだろうロード2機ほどの大きさのコンテナとわずかな骨組みしか残っていなかった。狙撃機にも動きはない。


「俺に調査させてください。気になることがあるんです」


 ミハイルは先ほどから気にかかっているあの機体の調査を提案する。記憶の霧を晴らす機会かもしれない。自身がロードの操縦を直感的に行えるのには何か理由があるはず。それの手がかりが手に入ることを期待してロードのパイロットとして生活しているのだ。逃す手はない。


≪1人じゃだめだ。あのコンテナの中身も分からん状況だ。私も出る。構わんな?≫


 逸るミハイルを抑える鮫島が彼に同行することを告げるとハッチを開くように指示する。その片手間にコンテナに取り付けるパラシュートを肩の大楯の裏に収納しておいた。


「すみません鮫島さん」


≪君の気持ちもわかるが、今は安全第一だ。君以外のスタッフもいるのだから、そこを考えた行動を心がけてくれ。では行こう≫


 鮫島は社長の滝沢と合わせてミハイルの事情を知る数少ない人間だ。それに加えてミハイルの記憶を呼び起こすという目的に協力的だ。ミハイルの名付け親であるキールと何らかの関係があるらしいが、恐らくはそのせいだろう。


「はい。ミハイル、先行します」


 整備兵が退避したのを確認すると、カタパルトから発進する。艦を飛び出すと眼下には真っ青な海が広がっていた。宇宙ほどではないが恐怖を覚えた。が、海の波と太陽の光の反射が地表に降りてきたことを実感させてくれた。

 降下途中での出撃なので機体が流されないよう気を付けつつ機体を制御する。


≪目標地点への到達まであと30分だ。それまでに調査を終わらせろよ≫


 発進の直後、滝沢からの通信が入る。それに了解した旨を伝えると一旦通信回線を切った。久々の重力下では多少のけだるさを覚えたが、目標のコンテナと所属不明機に集中する。

 すこしして後続の鮫島の搭乗するカッシーニが近づいてヴォイジャーの肩付近に指に格納されていた糸のようなものを射出した。これは通信による意思疎通が困難な場合に使用するために装備された簡易通信ワイヤーではあるが、通信回線を介さないため、現場でのパイロット同士の会話によく使われている。


≪君があの機体にこだわる理由を教えてくれるか?≫


「あの機体、どこかで見た気がするんです。あれに接触すれば何か思い出せるんじゃないかって」


 何もないかもしれませんけど、と呟くように付け加えるミハイル。


≪そうか。時間は限られている。カッシーニは飛行が不得手だからな。急ごう≫



***



 第2世代の代表格であるカッシーニは地上での高いポテンシャルと引き換えに、機体本体の拡張性がない。砂漠なら砂漠用の装備を、寒冷地ならば寒冷地用の装備を装備するのだが、その装備を動かすための動力は機体の"炉"に依存する。そのための余分なエネルギーがカッシーニの炉にはないのだ。

 特に空中での作戦活動は炉を酷使する。カッシーニが空戦をするならば専用のバッテリー付き装備を着用しなければまともな戦闘は出来ないだろう。実際、鮫島のカッシーニはエネルギーを食うビーム系の武装を全て外し、武装は汎用ライフルとカッターナイフのみだ。そういうこともあって鮫島は急いでいる。

 

「分かりました。とりあえずは俺に任せてください」


 十分に接近した2機は手分けをしてコンテナにパラシュートを取り付け始める。機能を停止している機体に呼びかけをすることも考えたが、時間は限られている。落下による損傷を考慮してそれは後回しにした。


 取り付けが完了したところですぐさまパラシュートを展開させた。足元には太陽光を反射する海面が先ほどよりもすぐそこに迫ってきている。

 空気を受け止めた布は急速に広がり、その影響で大きな鉄の塊は徐々に落下速度を緩めていく。パラシュートが開いた瞬間、自機の炉を使って重力を軽減しつつ滞空しているヴォイジャーとカッシーニはそれに速度を合わせていたが、コンテナに乗る狙撃機はガタンと大きく揺れた。その衝撃でパイロットは目が覚めたらしい。機体の頭部のセンサーが光り、機体は覚醒した。

 起動したその機体の頭部にある狙撃用バイザーを額部分に上がるとその顔が露わになる。センサーは現在主流であるモノアイ型光学センサーではなく、値は張るがその分性能が格段に良いツインアイの所謂人間の目を模した光学センサーを採用している。側面にはヘッドホンをしているようにも見える突起があり、そこにある程度の可動域を持った狙撃用バイザーが装着されている。

 体や手足はカッシーニと同じような角ばってはいるがシンプルなデザインであり、全体的な印象としては"性能向上型カッシーニ"だ。


≪動かないで≫


 狙撃機は無駄のない動作でコンテナの落下速度と同期して降下しているカッシーニに対物ライフルを、ヴォイジャーにハンドガンを突き付けてきた。声色から女性であることがわかる。気の強い女性ではないか、などと予想しつつもここで事を荒立てる必要もないのでミハイルは慎重に言葉を選んで話す。


「こちらは五菱軍事所属のミハイルです。デブリ回収任務の帰還途中にそちらを確認、保護を行おうとしていました」


≪ふうん……。そう≫


 狙撃機のパイロットはミハイル達に敵意がないと判断したのか、武器を下ろした。


「必要ならばこちらの母艦で陸まで送りますが、どうされますか?」


 高度は大分下がってきており、数分もしないうちに海上へと着水するだろうことが予想できた。軌道上で襲ってきた部隊がまた襲ってくるとも限らない。出来るだけ早く引き上げたいところだ。


≪ミハイル君、あまり余裕はないみたいだぞ。滝沢君と通信ができない≫


 それは通信障害が発生している、ということだった。

 ロードの動力源であるセプト反応炉は、稼働中わずかに通信障害を引き起こす特性を持っている。1機だと大した障害にはならないが、大隊規模にもなれば1つの戦場が通信不可能になる程度に通信障害が発生する。そのため、大規模戦闘の際には通信には機体に装備されている簡易通信装備か信号弾、光通信、動きを止める必要があるが確実に通信が行えるレーザー通信がメインになる。


「通信障害ですか。……レーダーにも感ありです。結構な数がこちらに向かってきてますね」


≪動きからしていきなり仕掛けてくることはなさそうだ。母艦も攻撃されていない。慎重にいこう≫


 鮫島の言葉にミハイルは頷くと、手持ちのライフルをセミオートモードに切り替えて万一の事態に備えた。

 

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る