第2話大気圏再突入
ミハイルのヴォイジャーが発進したころ、彼らの母艦ファランクスのブリッジは慌ただしくなっていた。
「総員戦闘配備!降下準備も急がせろ!」
艦長兼社長の滝沢という男の檄が飛ぶ。彼はクルーが動き出したのを見てモニターで拡大された所属不明機同士の戦闘を凝視する。
輸送船とその上に乗って大きなライフルを構えている機体とそれを追う10機ほどの宇宙用装備をした機体とその母艦が映し出されていた。
追われている方は輸送艦の上の機体が、恐らく狙撃用ライフルで追手を狙い撃っており、追手側は回避しつつじわじわと距離を詰めているようであった。とはいっても何発かに1発は被弾しているが。
「あの狙撃機、速度出て不安定なのに中々やりますね」
「それは今はどうでもいい」
クルーの一人の言葉を滝沢は否定する。確かにデブリを避けながら高速移動している艦の上で狙撃ができているのは中々の腕であるが、いまはそれ以上に気に掛けるべきことがある。
「対空防御準備!こちらに撃ってきた奴らにだけ反撃しろ。まとめて相手するのは御免だからな」
艦のクルーへの指示を一旦そこまでにすると、自身の目の前にあるコンソールでロードのパイロットたちへ通信回線を開いた。
「鮫島さん、常盤君。固定作業は?」
≪ああ、滝沢君。こっちはもうすぐ終わるよ≫
彼の質問に答えたのはこの会社一番の古株、鮫島であった。彼は初老の男性でロードが戦場に投入され始めた時期から数々の戦場を生き抜いてきた手練れのパイロットだ。
「分かりました。んじゃしばらくは静観しますか。東条、ミーシャ君。悪いけど艦の付近で待機だ」
こちらの有効射程距離にはまだ少しある。まだ補足した所属不明機たちの有効射程距離にも入っていないだろう。それにあちらもこちらを認識してはいるだろうが、宇宙空間で所属も明らかでない機体同士が戦闘を行っているというのは明らかに怪しい
。積極的に関わっては来ないだろう。目撃者を消すつもりなら攻撃されるかもしれないが。
「とりあえず俺は例の提携先に問い合わせしておく。パイロット諸君は警戒を緩めないように」
パイロット達との通信を終えると、艦長の席から立って1人のブリッジクルーの座る場所へと移動する。こういう時に無重力というのは歩かないで済むので楽だ。
「あの機体の所属は分かるか?」
「やってますが……。追手はアーリアに宇宙用の特別装備を装着したタイプです。母艦の方はデータ照会をしましたが、該当するものなし。外観の造りや年季の入り具合からして、ああ私の直感も込みですけど新造艦でしょうね」
滝沢は眉をひそめた。アーリアはロードのカラシニコフ《AK》と言われるほど安価で頑丈な造りの機体だ。とはいえその分性能も落ちてしまっているが。特徴的なのは頭部のYの字型のバイザーの奥にある3つの目だ。それが今回は"星降り"の際の資源衛星破砕作戦の時にのみ生産された、プロペラントタンクなど性能を強化する宇宙用の特別装備を装備している。
加えて新造艦と目される母艦はそのアーリアを20機以上は格納できそうな見た目をしている。しかも宇宙での運用を考えた見た目だ。"星降り"以来宇宙開発は止まっているというのに不自然な話だ。
「もう片方の機体は一切データに引っかかりませんでした。見た目からカッシーニベースの狙撃仕様なのではないかとも思いましたが、狙撃に頭部の光学センサーを直接ではなくオプションの狙撃用バイザーを使っていることから、あの射撃は基本性能そのものとパイロットの技術によるものです。輸送艦のほうは"星降り"以前から使われている高速輸送艦ですね」
「つまりどちらも所属が分からんということだな?ありがとう。全くこの手の話題になると饒舌だな、君は」
「恐縮です」
皮肉を言ったにもかかわらず笑って返したクルーにため息をつくと、滝沢はゆっくりと自身の席に着いた。
***
≪さて、もうすぐ交戦距離にはなるが……≫
徐々に近づいてくる戦闘の光を見つつ東条が呟いた。彼の乗る機体をはじめカッシーニやヴォイジャーはそれに銃口を向けていた。
≪アーリアどもの母艦は既にこちらを射程に収めている。気を抜くなよ≫
カッシーニに乗る鮫島が東条をたしなめる。
「皆さん、向こうに動きが!」
ミハイルの声に反応したかのように謎の狙撃機を追っていたアーリアの一部が動きを変え、こちらに向かってきていた。母艦から新たな機体が発進する光も確認できた。
さらに母艦から光の塊がこちらに向かって飛んでくる。牽制ではない。本気で当てに来ていると誰もが直感した。
≪戦闘準備!カッシーニ2機は艦の護衛。試作機とヴォイジャーは突っ込んでくる敵を攪乱、然る後に防衛せよ!≫
追手の一団を敵といち早く判断した鮫島は各機に指示を下す。それを了解した東条は機体を変形させた。敵の数がはっきりしない中こういった指示を出すのは間違っているはずであるが、五菱のパイロットは皆それなりの腕の持ち主だ。殲滅をさせないまでも生き残ることは容易であると彼は判断したのだろう。
≪ミーシャ君こちらに乗れ。グライダーに乗る要領でな。前はそっちの盾で防御してくれると助かる≫
宇宙空間には空気抵抗というのはほとんどないので航空機形態の試作機を守るようにシールドを展開したとしても大した問題にはならない。それにヴォイジャーの肩部シールドにはミサイルが装備されている。相手の動き次第ではすぐ使えたほうがいいのだ。
「振り落とさないでくださいよ」
≪そこまでバカじゃあないさ≫
冗談交じりの会話をしつつヴォイジャーの手を試作機の翼の付け根付近にある手すりのような形状の突起に掴ませた。その後、シールドを前面へと移動させる。
「よぉし。そんじゃあ行くぜ。Gに気をつけろよ!」
東条が警告するや否や、試作機のすべてのスラスター、ブースターなどが点火されて敵陣へと飛んでいった。
***
「うっ……くっ!」
ミハイルはものすごい加速によるGを歯を食いしばって耐えていた。これ以上早くなれば目玉がつぶれてしまいそうだ。
≪歯ぁ食いしばっても目まで閉じるんじゃあねぇぞ!敵機正面に8機!ライフル構えて撃ちまくれ!突っ切ったら人型に戻るからそっからは連携して撃破だ!≫
「多くないですか!僕そこまで強くないんですけど!」
東条の指示に文句を言いながらもビームを撃ちまくるミハイル。が、大して狙ってもいない銃撃は容易に躱されてしまう。それでも通り抜けるだけの隙間は出来たので、そこを突っ切って敵の一団の後ろに付く。その後にヴォイジャーは試作機から手を離す。すると試作機は一瞬で人型へと変形し、敵陣へと飛び込んでいった。
試作機は実弾のライフルとプラズマソードを持ち、敵の射撃を器用に避けながら接近していく。
東条は地上戦よりも空間戦闘のほうが得意だ。2次元的な動きしかできない地上戦よりも3次元的な自由な動きができる空間のほうが性に合っているといったほうがいい。
「そこ!」
完全に動きを止めて迎撃しているアーリアの1機に狙いを定めてプラズマソードをコックピットに突き立てる。動きを止めたそれを蹴りながらプラズマソードを引き抜くと一旦そこから離れる。なぜならば――
≪撃ちますよ!≫
ミハイルからの援護が来るからだ。
試作機が先ほどまでいた場所にはビームとミサイルの雨が降り注いだ。
***
視線の先では東条が常人ではありえないような動きをしながら敵機へと接近している。
「連携……か」
その言葉の意味を分かっていないかのような口ぶりで呟く。
彼、ミハイル・エメリヤノフには記憶がない。正確には名前と名付け親以外の記憶がない。
ミハイルの名前はキール・エメリヤノフという大学教授に名付けられた。名の意味は分からないが、キールはこの名とともにミハイルを五菱へと託した。この会社とキールとの間に何があるのかは分からないが、それは少なくとも今のミハイルには好都合だった。彼はなぜか、ロードやナイトワーカーの操縦を知識や記憶で知っているではなく体が"覚えていた"のだ。
考えなくても体が動く。
「相手のほうが数が多いなら……!」
シールドを前に移動させるとミサイルの使用準備に入る。シールドの表面が縦に開き、そこからマイクロミサイルが顔を出す。
「撃ちますよ!」
東条に呼びかけるように言うと、ミサイルを全弾発射した。2つのシールドから発射されたミサイル群は左右に放物線を描いて敵機に向かって飛んでいく。シールドを元の状態へと戻すと、そのままライフルを構えて撃つ。今度はよく狙ってだ。
「まずは1つ」
ミサイルを避けていた1機の隙を狙って引き金を引く。銃口から飛び出した光の塊は寸分の狂いもなくアーリアのコックピットを貫いた。
≪2機抜けた!これ以上逃すなよ!≫
被弾した機体を確実に潰して回っている東条からの警告にミハイルは文句を言いつつも次の機体を狙う。下手な弾丸に当たらないように回避運動をしているが、ビームは実弾と違い、弾が当たるまでにかかる時間がほとんどない。銃口が光るか引き金を引いた瞬間には回避をしなければ間に合わない。
「無茶言わないでくださいよ!」
出力を上げて1発に威力を持たせたセミオートモードから弾幕を張れるフルオートモードに切り替えると接近しながら撃ち続ける。フルオートモードは1発の威力が減ってしまうが、ビームというだけで脅威になる。
残りのアーリアは東条の機動についていこうとしているか、接近するヴォイジャーに向けてライフルを撃っているが、どちらも損傷らしい損傷は与えられていない。
「その程度の弾丸では!」
アーリアの武装は機体と同じく安価で手に入るが大型シールドなどには効果が薄い。事実ヴォイジャーのシールドにほとんどが防がれている。ロードの操縦ができるとはいえ、他のパイロットに比べ腕があるわけではないミハイルはこうして防御に徹したほうがいい。
「食らえ!」
防御体勢を解除したヴォイジャーはビームを連射して近くにいた敵を1機ハチの巣にすると、それを盾にもう1機へと近づき、動かなくなったそれを蹴った。
まだ生きているアーリアは動かなくなった機体にぶつかり体勢を崩す。が、それなりの腕と思い切りがある者のようで、近接武器のロングソードで僚機を両断するとそのままヴォイジャーに近接戦闘を挑んできた。
「望むところ!」
もとより近接戦闘という確実に相手を仕留められる方法を取るために近づいたのだ。腰部にある筒状の物体を取り出すと機体のエネルギーをそれに供給する。すると、そこからライフルから発射されたものと同様の光が刃を形成した。この所謂"ビームサーベル"はエネルギーの消費が激しい代わりに斬られれば致命的なダメージを与えることができる。いわば奥の手というやつだ。
≪⁉≫
「何?」
ミハイルは一瞬アーリアから何か聞こえたような気がした。パイロットの驚きの声のようなものを聞いた気がしたのだ。が、気のせいだと思いなおしロングソードごと斬り抜ける。
アーリアの剣はほんの一瞬ビームの刃を止めることに成功したものの、その次の瞬間には高熱によって機体ごと両断されてしまう。胴から真っ二つにされたそれの断面はまだ仄かに赤熱しており、コックピットとパイロットだったものの残骸が見えた。
「これで俺は人殺しか……。いや、既に人殺しだったのかもしれないな」
人のいた形跡を目の当たりにすることによって自らのしたことを実感するミハイル。が、不思議と恐怖や罪悪感は湧いてこなかった。記憶を失う前もこんなことをやっていたのだろうか、と考える。
≪ミーシャ君、東条。降下の準備が整った。早く戻ってこないと置いていくぞ≫
思案している中、コックピットに滝沢の声が響く。
「分かりましたけど、あの追われていた方は?」
≪アーリアを追い返したっぽいけどありゃあ大気圏で燃え尽きるぞ。それにああいう怪しいやつは関わるとロクなことにならないぞ?放っておけよ≫
滝沢はファランクスのほうで記録した映像をヴォイジャーに送ってきた。
戦闘で輸送艦のエンジンがイカれたらしく、制御を失ったそれは既に重力に捕まって落下を始めていた。因みにファランクスはその数十km先で大気圏への突入を始めている。
≪ミーシャ君、急ぐぞ≫
「でもあの狙撃機は?」
≪それは帰ってから考えればいい。こんなところに放り出されたくはないだろ?≫
東条の機体が変形し、突入した時と同様にヴォイジャーがそれに掴まると一気に加速する。その突然の加速にまた耐えながらミハイル達は母艦へと帰還した。
***
「試作機、ヴォイジャー着艦。収容完了。カッシーニは整備中!」
「試作機は整備に時間がかかりますがヴォイジャーはあと一回ぐらいの戦闘なら行けそうですね。整備は1番最後にしましょう」
「試作機は装甲を外して念入りに整備しろ!変形に使う関節部分は特にだ!」
格納庫でコックピットから出るとメカニック達の声が飛び交っていた。先ほど抜けた2機のアーリアはあっさり鮫島と常盤のカッシーニに撃破されたそうだが、彼らの腕なら造作もないだろうとミハイルは考えていた。それより、先ほどの所属不明機の方が気がかりだった。
「あの機体、どこかで……」
記憶にかかった霧の中にほんの少しだけ、何か見えた気がした。
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