別れは唐突に

「な、なぜ、貴方様がこちらへ?」


 相手は最高神の分身と言っても良い存在。自分などとは次元の違う神を前にして、さすがにヒサゴも緊張のあまり声が震える。


「悪神と化した大沼神を放置しておくわけには参りませんでしたからね。さりとて、創造神という立場上、無闇に場末の神々の所業に対して干渉するわけにも参りません。それぞれの土地に住まう神に解決してもらう必要があったのです。此度、ここへ参ったのは、其方たちが封じてくれた、この大沼神を与るため。そして後始末のためです」


 そう言って創造神の遣いは手にした光球を袖の下にしまい込んだ。あの光球が大沼神の核ともいうべきものなのだろう。


「我々もよほど事が収拾つかない状態にでもならない限りは手出し出来ませんからね。ただ、此度は不本意ながら多くの人目に触れてしまい、人の世に混乱を招きました。故に私が来ざるを得なかったのです」

「も、申し訳ありません! 土地神の計画や大沼神の暗躍に、もっと早く気づいてさえいれば……」


 ヒサゴは地べたに頭をこすりつける。

 今までヒサゴが他者に対してここまでへりくだった事があったであろうか? 圭太が見ていたら驚きのあまり開いた口が塞がらなくなっていたに違いない。

 しかし、ヒサゴにとって創造神の遣いとは、それほどの相手なのだ。


「ふむ……。確かに此度の騒動は土地神たるムクノベの浅はかな謀略に端を発した事。其方は寧ろ被害者と言えるかもしれません。それに、この地の土地神が居なくなってしまった以上、暫定的に其方にこの土地を任せる必要もあるでしょう」

「で、では……」


 被害者と認定して貰えた事でヒサゴの瞳は希望にキラキラと輝く。が、それだけで済まされる筈もなかった。


「しかしながら、其方が怒りに任せて事を大きくしてしまったのも事実。三峯圭太に報復をしようなどと考えさえしなければ、事はこれほど大きくはならなかったでしょう。故に、其方とて全くお咎め無しというわけには参りませんよ?」

「え……? あ、うう……」


 許されるかと思っていただけにヒサゴはガックリと肩を落とす。

 そのヒサゴの首には、いつの間にか注連縄が巻かれていた。折角外し、それで圭太が大沼神の力を封じた筈の、あの注連縄である。


「こ、こ、これ……は……?」

「其方はこれからも肉体が滅びるまで人の世界で生きて行く事になるのです。それなのに無闇に強大な神の力を行使されては困りますからね。其方には引き続き三峯圭太による『神性封じ』を受けてもらいましょう」

「あうう……」


 圭太が意識を失っていた時の事とはいえ、あれだけの恥を忍んでようやく解けた戒めが再びヒサゴのもとへ戻ってしまったのである。かと言って、反論できる相手でもなく、ヒサゴは泣く泣く処分を受け入れるしかなかった。


「それと……今回の騒動に僅かでも関わった人間たちですが……当然、これまでの記憶を抹消する以外にありません」

「え……? そ、それって……ケータの記憶も消すって事ですか?」

「当然です。人の世にこれだけ神が干渉し、混乱を招いてしまったのですからね。彼とて例外ではありません。其方との記憶も消す必要があります」


 これはヒサゴにとって青天の霹靂であった。

 確かに自分たち神が絡む事で圭太をはじめとした多くの人々に異常とも言うべき日常を送らせてしまった。それでも、ヒサゴの中ではいつまでも圭太との日常が続くものだとばかり思っていた。


「ま、待ってください! せ、せめて……せめてケータの記憶だけは……!」


 ヒサゴは創造神の遣いの袴にすがりつく。その瞳には涙が浮かんでいた。

 しかし、創造神の遣いの返答は実に冷ややかで無情なものであった。


「なりません。本来であれば人と神は一定の距離を保ち、互いに干渉してはならないのです。その均衡が崩れてしまった以上、もとの在るべき姿に戻す事こそが我々の勤め。なればこそ彼だけ例外を認めるわけには行かないのですよ?」

「そ、それは……そうかもしれませんが……」


 圭太の体を抱き起こし、ヒサゴは自分の膝の上に彼の頭を乗せる。目を閉じたままの彼の顔を覗き込むと、自然と涙が溢れた。

 危険を冒し、傷ついてもここまで付き合ってくれた圭太。

 初めのうちは彼に対する怒りしか湧かなかったし、ヒサゴの方が無理矢理付き合わせているだけだったかもしれない。けれど、今となっては彼に対して今までに抱いた事のない特別な感情を持っている。

 それなのに……これまでの圭太との関係は、彼の記憶が消されるとともに無かったこと同然となるのだ。

 それを思うとヒサゴは涙が止まらなくなった。


「まだ……ちゃんとお礼だって言えてないのに……」


 きっと、また明日から同じ学校で顔を合わせる事もあるだろう。けれど、その時には圭太の心にヒサゴという人に成り済ました水神さまの存在は失われている。

 胸が張り裂けそうだった。


「また一緒に……駅前のオムハヤシ食べに行きたいね……ケータ……」


 腕の中で眠り続ける圭太をヒサゴはギュッと抱きしめ、いつまでも肩を震わせているのだった。

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