水を司る神だからこそ
大沼神は校舎の角を曲がると、ゆっくりとした歩調で中庭の中へと足を踏み入れた。
しかし、大沼神にしてみれば意外だったであろう。
「あら? 三峯……まさか、あんたが相手しようって言うの?」
もう逃げ隠れする事もなく、大沼神の行く手を圭太が遮っていたのだ。
「まあ、そうなるかな……」
「ふふぅん……。わたしとじゃ最悪の相性だから、代わりに三峯が相手? おかしなこと言うのねぇ~」
「おかしなことでもないさ。確かにおまえとヒサゴじゃ相性は最悪だろうな。けど、それはおまえにとっての話であって、水の力を使いこなせるヒサゴが相手じゃ、おまえに勝ち目は無いって事だよ」
圭太の手には少し前までヒサゴの首に掛けられていた注連縄が握られていた。
「何を……」
怪訝に眉を顰める大沼神であったが、次の瞬間には驚愕に目の色を変える。
「な……か、体が……!」
大沼神はまるで彫刻か何かのようになってしまったかのように、その場から一歩も動けなくなっていた。それどころか指ひとつ動かす事が出来ずにいる。
「い、いったい……何……を……?」
「分からないか? 水神さまの力ってのは、水を自在に操る事ができるんだろ?」
圭太の直ぐ後ろにヒサゴが立っていた。彼女は傷だらけになりながらも、大沼神に向けて右手を広げて突き出している。
「だったら水分という水分を全て吸収しちまえば良いだけの話だ。テメェの体が泥で出来てるって事がテメェにとって命取りだったって事だよ!」
泥で構成された大沼神の体は水分さえ抜け切ってしまえば泥ではなくなる。干上がった大地同然にカラカラにひび割れ、そのような状態で身動きなど出来よう筈もない。
また同時にヒサゴが水を吸い尽くしてしまう以上、泥を使った攻撃も出来なくなるわけだ。
ヒサゴは頭に血が上っていた事で、こんな簡単な道理にも気づかず、ただ闇雲に力押ししようとしていたのだが、当然、それでは大沼神の思うつぼなのである。
熱くなると周りが見えなくなる。そういったところがヒサゴの欠点だと圭太はつくづく思った。
「これで終わりだよ……玉井」
圭太は固まったままの大沼神の首にスッと注連縄を掛ける。
「あ、ああ、ああああぁぁぁ!」
力が失われて行く事を感じ取っているのだろう。大沼神はひび割れた体のまま悲鳴をあげる。
その姿を圭太は少し悲しげな見つめていた。
「おまえに掛けられた『神性封じ』な……。他の誰にも危害を加えないと心に誓わない限り外れる事はない。もちろん、口約束だけじゃ解かれる事はないって事くらい、おまえにも分かるだろ? 偽りの友達を演じてたとは言え、これまで仲良くしてくれたおまえへ、オレからのせめてもの情けだよ……玉井……」
「ケータ……」
そんな圭太にヒサゴは何か言葉をかけようとするが……それ以上、何も言うことが出来なかった。
どのみち、神性を封じられた大沼神はこのまま形を維持している事も難しいだろう。泥で作られた肉体が滅び、それでもなお力が封じられたまま概念として存在し続ける事になるかもしれない。
それでも圭太は大沼神の存在そのものまで消す気にはなれなかった。
しかし、ごく限られた範囲であるとはいえ、世間に混乱を招いた事は確かで、このままにしておいて良いものか……という迷いもある。
そんな時であった。
――人の子よ。ご苦労でした。あとは私にお任せください。
声……というには、あまりに異質なもの。聴覚を介してではなく、脳に直接語りかけて来るような言葉であった。
同時に圭太たちは目も眩みそうな目映い光に包まれる。
「な、何だ……?」
圭太もヒサゴもその光の中で目を開けている事が出来ず、顔を手で覆う。
やがて、その光も徐々に消えてゆくと二人の目の前には白い水干に立烏帽子といった白拍子のような出で立ちをした女性が立っていた。
それまで大沼神が立ち尽くしていた場所には崩れ去った土塊が残され、何やら白い光球がその女性の手に収められている。
「お初にお目にかかります。私は創造神たる
創造神の遣いを名乗る女性はやや弱ったような微笑を浮かべていた。
それもその筈。彼女の姿を認めるなり、圭太はその場に崩れ、昏倒してしまったのだ。
「ケ、ケータ!」
ヒサゴが血相を変えて、うつ伏せに倒れている圭太に駆け寄る。
「心配には及びませんよ、タカクラノヒサゴヒメ。神性を持たない人間の脳では、私の姿を目にしただけで、その膨大な情報を処理し切れずに意識を失ってしまったのでしょう。私が姿を消せば、そのうち目を覚ますでしょう」
「は、はあ……」
心配は心配であったが、命に別状はないようで、とりあえずヒサゴは胸をなで下ろした。
そしてうやうやしく創造神の遣いに対して跪く。
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