追い詰められた、その先で……

 いつしか圭太とヒサゴは学校の前まで来ていた。

 二人とも、ここまで走り通しで肩で息をしている。心臓が張り裂けそうだ。


 大沼神が圭太たちを執拗に追って来る様子は今のところ無かった。しかし、寧ろその事が不可解であるし、不気味でならない。


「そう言えば、土地神って自分のテリトリーなら相手がどこに居ても分かってたんだよな。って事は、土地神の力を手にしたあいつもオレたちがどこに居たって分かってるって事なのか?」

「それは……無いと思う。力を制御しきれてないから、無関係な人たちを身動きできないようにしてる分、あたちたちの足止めが出来なかったでしょ? だとすると、まだ今の大沼神にはこの広い土地全域にアンテナを張るだけの力も使いこなせない……と思う」

「……と思う……か……」


 ヒサゴも確証が持てているわけでは無さそうだ。あくまで推測の域を出ない以上は油断もできない。


「それだったら隠れる場所が多いとこのが良いな……」


 圭太は学校の中に目をやる。

 この日は日曜という事もあって学校は休み。おまけに学校側の都合で、今日ばかりは学校敷地内での部活動や委員会なども全面休止となっている。

 つまり、珍しく校内には誰一人としていない状況なのだ。


「ここならヤツが来ても誰も巻き込まずに済むかもな」


 当然、門は固く閉ざされているし、防犯用の警報装置もセットされているから、やたらな場所へ足を踏み入れてしまうと面倒な事になってしまう。

 それでも圭太は一部、入り込んでも警報装置が発報しない場所を知っていた。


「ウチの学校って窓やドアを開けた時に警報装置が侵入者を感知するようになってるからな。もともと開けっ放しになってりゃ校舎に忍び込む事もできるんだよ」


 そう言って門をよじ登ると敷地内へと下りる。ヒサゴも圭太に続いて門をよじ登って来た。


 が、よりによってこんな時に圭太は思わず、ある一点に目を奪われてしまった。


「ど、どこ見てんのよ! あたしは大丈夫だから、あっち向いてて!」


 と、圭太の視線に気づいたヒサゴが顔を赤くしてヒステリックに声を荒らげる。


「す、すんません……」


 すぐさま謝ってヒサゴに背を向けるものの、既に見てしまったなどとは言えない。

 ヒサゴが門に足を掛けた際、例によって水色と白の縞パンが思いっ切り圭太の視界に入ってしまっていたのである。


(緊張感に欠ける……)


 無防備なヒサゴもヒサゴだが、考えてみれば命を狙われている状況下では形振り構っていられないというもので仕方がない。寧ろ、そんな状況でも本能に忠実に目線がそっちに行ってしまう自分が情けなくなった。


「それで? 開けっ放しになってるっていうのは?」


 門扉から飛び降りるなり尋ねるヒサゴではあったが、言い方に少々トゲがある。まだ少しムッとしているようだった。


「あ、ああ……。一階の図書室だよ。教師陣は誰も気づいてないけど、忘れ物した時に忍び込めるよう、一カ所だけサッシに小石を噛ませておいて開けっ放しにしてる窓があるんだ。誰がやり出したのか知らないけど、ウチの生徒なら殆どのヤツが知ってる」


 高等部一階の校舎であれば、そこから侵入できるようになっている。大抵の施設は窓やドアの開閉時に感知する警報装置と動くものに反応する動体センサーの両方を設置しているものだが、大野谷口学院は何故か前者しか設置されていない。そこに目を付けた学生が過去に居たのだろう。随分と昔から学生たちの間で密かに受け継がれている手口のようであった。


「まさか、こんな時の為に使う事になるとは思わなかったけどな……」


 圭太とヒサゴは誰もいないグラウンドを横切り、出来る限り静かに歩みを進める。

 誰もいないと分かっているのに物音を立てないようにしようとしてしまうのは、やはりどこかで「悪い事をしている」という心理が働いているからなのだろう。


「あとはここで何とか打開策を見出すことが出来れば――」

「あらぁ? わたしがそんな猶予を与えてあげると思ってんのぉ?」


 ケタケタと嘲笑う大沼神の姿が眼前にあった。

 何の気配もなかったのに。誰もいないと思っていたのに。完全に先回りされていた。


「クソッ……! いつの間に……」

「あんたの考えそうな事なんてお見通しよ? 律儀に無関係の人間を巻き込まないようにしようと考えるあんたたちなら、当然、誰も居ない場所を出来るだけ近場で見つけようとするでしょ? だったら、ここしか無いじゃない? ほぉんと単純なんだからぁ~! アハハ!」


 考えてみれば相手は玉井という人間を装って、ずっと同じ学校に通っていたのだ。同じクラスで仲も良かったし、圭太の性格もそれなりに理解している。


(読まれて当然だよな……)


 圭太は舌打ちする。

 こうなっては、あとは学校内での追いかけっこしかない。が、それもどこまで保つか……。


「もう良いわ……ケータ……」

「え?」


 ヒサゴがスッと圭太の前に出る。そして首に巻き付いている注連縄をグッと握り締めた。


「こんな戒めくらい……力尽くで外してやる!」


 そう言うと力任せに注連縄を引っ張った。

 が、そんな事をすれば当然……。


「がっ……ぐぅぅぅっ!」


 バリバリと激しい放電音に大気すら震える。ヒサゴの顔が苦痛に歪んだ。


「あらあらぁ? とうとう狂ったかしらぁ?」

「う、うる……さい……。あん……た……を倒すには……ぐっ……! これしか方法が……無いのよ……ハァハァ……!」


 今までも何度か無理に注連縄を外そうとした事があった。が、感電の激痛に耐えきれず、直ぐに諦めてしまっていたから、ヒサゴが苦痛を味わった時間もほんの一瞬の事でしかなかった。

 しかし今、ヒサゴは悪あがきのように強引にでも注連縄を引き千切ろうとしている。

 彼女の体に走るその電流は今までのものとは比較にならないほどに激しく、ヒサゴが引っ張れば引っ張るほど、その激しさは増して行く。

 無謀と言って良かった。


「ああぁぁぁぁぁっ!」


 やがてヒサゴの体から煙が立ち上り始めた。


「バカ野郎!」


 見るに見かねて圭太は注連縄を引っ張り続けるヒサゴの手を剥がそうと彼女の華奢な手首を握る。

 その途端、圭太の全身にまで強烈な電流が走った。


「がっ……!」


 これほどの電流をヒサゴは一身に受け続け、よく耐えていたものだと思う。

 朦朧とする意識の中、圭太はその場に崩れながらもヒサゴの手首を握り続けた。


「ケータ!」


 さすがに圭太が先に倒れかかっている事にヒサゴも動揺を抑え切れず、咄嗟に注連縄を握っていた手を放した。


「短絡……的なんだよ……おまえは……。頭を……」


 圭太は「冷やせ」と言おうとするが、そこで意識を失い、グニャリと体を折ると前のめりに倒れた。

 ヒサゴはグッと歯を食いしばると圭太の弛緩した体を背負う。さすがに自分よりも体の大きな男を背負うとなると重くてバランスを崩しそうだ。

 それでも……だ。


「ここであんたの相手はしてられない。ケータもあんたの傍に置いとくわけには行かない」


 片手を突き出し、今のヒサゴにできる精一杯の水を大沼神の顔めがけて飛ばした。

 量にすれば水鉄砲も良いところである。けれど、それでも大沼神は反射的に腕で顔を庇う。逃げるには、それで十分だった。

 ヒサゴはその隙に圭太を背負ったまま図書室の窓から校舎内部へと飛び込んだ。


「ふ~ん……。鬼ごっこの次はかくれんぼ? 良いわ。面白そうだからつき合ってあげる。こっちには時間もたっぷりあるんだからぁ。アハハハッ!」


 大沼神は高らかに笑いながらヒサゴの後を追うように、ゆっくりと図書館の窓から中へと入って行った。

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