オムハヤシを食べながら

 どこまで行くのだろう?

 そんな疑問を抱きつつもヒサゴに着いて行く圭太であったが、何のことはなかった。まだ他に色々と調べる場所でもあるのかと思っていたのだが、ヒサゴが圭太を連れて入った店は、以前、伯乃姉も一緒に「お茶をする」という名目で入った『洋食喫茶パリアカカ』である。


「またオムハヤシか……。よく飽きないなぁ」

「良いでしょ、別に!」


 呆れ気味の圭太にヒサゴは口を尖らせる。

 何だか彼女はオムハヤシか芋ようかんしか食べてないイメージがある。というか、彼女がそれ以外の物を食べている姿を圭太は見た事がなかった。


「体はオムハヤシで出来ている……とか、芋ようかんで出来ているなんて言うんじゃないだろうな?」

「バカにし過ぎ」


 席に着いた圭太の顔にヒサゴは手から水を飛ばす。入店早々からテーブルがビチャビチャになってしまった。


 まあ、昼も近いし、ここで先ほどの話を続けながら昼食を……という事なのだろう。

 ヒサゴはもちろん例のオムハヤシを注文する。


「ここのオムハヤシ、そんなに美味いのか?」

「うん。絶品!」


 迷う事なく断言する。オムハヤシ好きのヒサゴが気に入っているくらいなのだから、よほどの物なのかもしれない。

 だったら……という事で圭太もオムハヤシを注文した。そして注文してから、ふと圭太は思う。


「男女二人で同じオムハヤシを食べるって、バカップルみたいだな……」

「なっ――!」


 圭太としては別に他意はなく、ただ何となく思った事を言っただけだったのだが、ヒサゴはそんなひと言に過剰な反応を示した。みるみる顔を真っ赤にして、側頭部からもツノが勢いよく飛び出している。


「カ、カカ、カップルって……な、何言ってんのよ!」

「頭に『バ』が付くけどな。てか、おまえ……大丈夫か? 最近、なんか変だぞ?」


 圭太が身を乗り出してヒサゴの顔を覗き込もうとした。が、彼女は慌てた様子で上体を反らす。


「へ、変って……別に……あ、あたしは、い、い、いつも通りよ!」


 などと言いつつも、やはり激しく動揺しているのは明らかだ。だから圭太は余計に心配になる。

 それでもヒサゴは圭太が心配する素振りを見せれば見せるほど動揺するようで、


「あ、あんたが変なこと言うからじゃない……」


 などと、終いには俯いてしまい、語気が尻すぼみになっていった。

 圭太としては、ちょっとした冗談のつもりだったから、そんなヒサゴの反応に首を傾げるばかりである。


 やがて二人分のオムハヤシが運ばれて来ると、二人してパクつき始めた。

 なるほど。あまり圭太はあちこちでオムハヤシなど食べ比べた事はないが、それでもヒサゴが絶賛するように、確かにこの店のオムハヤシはなかなかのものだと思えた。


「デミグラスソースが濃厚で、それでいてしつこくないのよねぇ。どういうレシピなのか気になるわ」


 そんなグルメリポーターのような感想を述べているヒサゴは、先ほどまでの困り切った様子などどこへやら。至福のひと時にご満悦といった顔である。


 しかし、いつまでもオムハヤシを堪能している時ではない。


「それで……? さっき大地に含まれる水分量がどうとか言ってたけど」

「ああ、それね」


 ようやく思い出したかのようにヒサゴは食べる手を止めた。

 多分、圭太が切り出さなければオムハヤシに満足して話の途中だった事すら忘れていたかもしれない。


「あの公園内の土に含まれる水分量って、場所によって多少の差はあるんだけど丁度一カ所――土地神の殺されてた場所ね……。あそこって床タイルが敷いてあるけど、その下の土に含まれる水分量が他よりも極端に多かったの。何て言ったら良いかなぁ……。水を抜いて半日くらい経った田んぼみたいな感じ?」

「んん? 床タイルの下? それもあそこだけ?」


 確か、あの日は雨降りだった筈だから床タイルの下にまで雨水が浸透しているというのであれば決しておかしな話ではない。けれど、公園内の他の場所と明らかに異なる――それも二日も経ってまだそれだけの水分が土に含まれているというのは妙な話だ。


「床タイルもあの部分だけは他と異なって……例えるのが難しいんだけど、生乾きだったセメントの水分が短時間で一気に抜けたような痕跡があった……って、言っても分かりづらいと思うけど、そう例える以外にないのよねぇ……」

「まあ、要するに土地神の死んでた場所だけ目に見えないおかしな痕跡はあるって事か……」


 ヒサゴは周囲を気にしながら軽く頷く。

 正直、圭太にはヒサゴの言っている意味は半分も理解できていない。けれど、他の神が土地神を殺害するのに行使したであろう気の痕跡は無いが、事件の痕跡と思われるものは確かにあったという事なのだろうとは理解できた。


「でも、それって結局どういう事なんだ?」

「さあ……」


 ヒサゴはお手上げといったふうに肩の辺りで両手を上へ向ける。


「さあって……」

「仕方ないでしょ? それが分かってたら、あたしだってこんなに眉間に皺寄せてないわよ」


 そう言って自分の顔を指差した。

 確かに彼女の眉間には、このままだと元に戻らなくなってしまうのではないかというくらい深い皺が刻まれている。

 自分の顔を確認できるわけでもないのに自覚はあるようだ。


「ただ可能性として考えられる事は、ひとつには土地神の体をあの場所に埋めたんじゃないかって事ね。どんな方法を使ったのかまでは分からないけど」

「放っておけば大騒ぎだもんなぁ」


 現状では椋梨秀郷を名乗っていた土地神が殺されたという事実を知る者は圭太とヒサゴくらいのものだろう。となれば犯人は少なくともその事実を世間には隠しておこうという意思があったと思って良い。


「じゃあ、ヒサゴが目撃するまで放置してたのは、ヒサゴに見せつけるつもりがあったという事なのかもな」

「そうねぇ……。どういうつもりなのかは知らないけど、そう考えるのが妥当だと思う」


 ヒサゴはうんざりした様子でクルクルとスプーンの先で虚空に円を描いている。


「もうひとつの可能性は、あたしと同じ水の力を使う神かもしれないってこと」

「え? 水神って、おまえだけじゃないのか?」


 ひとつのものを司る神は単一のものだとばかり思っていた圭太は、それが複数いるなどと考えもしなかった。


「まあ、当たらずといえども遠からずって感じかなぁ。たまたま、あたしの司るものが高座川ってだけの話で、この土地における水神は確かにあたしだけなんだけど、全国で見ればあたし以外にも多くの水神さまがいるからね。だから、あたしの正式名がタカクラノヒサゴヒメノミコトっていうように、それぞれ固有の名前を持ってるし。でもまあ、今回の件に関しては他の土地の水神による犯行とは思えないよ」

「水を使うのに水神じゃないのか?」

「うん。そんな神さまは他にもたくさんいるわよ? 水を操る力に関しては水神ほどの力を持ってないけど、単純に川の神だったり池の神だったり湖の神だったりね。田んぼの神さまなんていうのも可能性としてあるかなぁ」


 言われてみれば、どれも水が関係している神だ。それにそういったものに纏わる神を「水神さま」と呼ばないケースも地方などへ行くとあったような覚えは圭太にもある。


「八百万の神とは言っても一応は格付けみたいなのがあってね……それらの神々は水神の下位にあたる神なの。仮に他の水神が土地神を亡き者にしたんだったら、かなり大きな力を使ってる筈。ちょっとやそっとじゃ隠しきれないほどの力だから、小細工を労しても土地神の殺害現場で力の残滓を感知できた筈なのよ……あたしだったら」


 ヒサゴは殊更に「あたしだったら」の部分を強調する。今はこんな少女の姿をしているが、「本来ならあたしはもっと凄いんだから!」とでも言いたげであった。


「つまり容疑者はたくさんいるって事か……」

「普通に考えたらね。でも、それだったら土地神のような格上の相手を消すのに、どうやって力の残滓を消したのか――」


 と、途中まで言ってヒサゴは急に言葉を切る。目を細め、何か忘れている事を思い出そうとするかのように自分の手元を見つめていた。

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