公園での現場検証
圭太とヒサゴはバス停のある国道まで二十分ほどの道のりを歩き、そこからはバスに乗った。
バスの中で彼女は「どうよ? これ」と何やら自慢げに腰の辺りに着けられたストラップを圭太に見せる。
それも例によって『泥酔河童のガタロー』グッズであった。
「好きだなぁ、おまえ……」
「へへ~ん。ワフオクで落札したのが、やっと届いたのよ! 結構、レア物なんだから!」
「はあ……」
どう返して良いものやら、圭太は微妙な顔を浮かべている。大体、未だにこのキャラクターの魅力が理解できない。
ちなみにワフオクというのは『
「反応薄いわねぇ。もっとこう……『可愛いぃぃ!』とか、『良いなぁ~』とか褒め称えようとは思わないわけ?」
「おまえ……オレにどんなキャラ期待してんだ?」
圭太もヒサゴがあまりにこのキャラクターを気に入っていた事から、ネットで少し調べてみた事がある。
確かにヒサゴのような熱狂的なマニアが一部にはいるらしいのだが、如何せん、ごく少数のマニアにしか需要がなく、当然のようにグッズの売れ行きは鳴かず飛ばずでメーカーは赤字続きなのだという。
それでも何故かメーカーはこのキャラクターに拘っているようで、定期的に新商品を出し続けているのだとか。
そんな実状もあって非常に限られた店舗でしか販売されておらず、グッズは軒並みレアアイテムと化しており、ワフオクのようなサイトで目が飛び出すような高値がついている事も珍しくないらしい。
「中にはパチモンもあるみたいでね。本物とニセモノを見分けるには……」
圭太が興味無いことなどお構いなしにヒサゴは懇切丁寧に語り続けている。きっと、バスが到着することなく、ずっとこのまま走り続けていたら、ヒサゴの語りが止まる事はなかったに違いない。
お気に入りのキャラクターグッズについて語っている彼女は本当に楽しそうで活き活きしている。
(まるで自分が殺されそうになった事や土地神が消された事なんて忘れちまってるみたいだな……)
話には全くついて行けないが、それでも無邪気にはしゃぐヒサゴを見ていると圭太も何となくホッとする。一緒になって嫌な事など忘れられそうな気がした。
***
やがて二人は『みどりホール前』というバス停で降りた。
志摩丹百貨店に併設された立体駐車場一階部分はロータリーになっており、『みどりホール前』というバス停もそこにある。
みどりホールと呼ばれる多目的ホールが直ぐ近くにある為にその名が付けられているのだが、例の公園は志摩丹百貨店の直ぐ裏手にあるので、終点である相良大野駅バスターミナルの一つ手前である、ここで降りた方が今の圭太たちには都合が良いのだ。
まだ昼前という事もあり、また日曜日でもあるためか買い物客が非常に多い。圭太たちが百貨店の中を通って裏手の公園へ出ると、やはりそこも家族連れの姿が多く見られた。
夜間と違って、丁寧に手入れされた芝と公園を取り囲む木々の緑が穏やかな気分にさせてくれる。あんな惨殺体があった事など、まるで嘘のようだ。
無論、ここへ遊びに来ている人々は、そんな事実を知るよしもないだろう。
「で? ここへ来て何か分かるのか?」
「さあ……」
何とも曖昧な返事である。
まあ、土地神が殺害された事に関してはヒサゴも、ただ「土地神が消された」という事実しか知らない。
もはやヒサゴとは関係ないのかもしれないし、そうでないかもしれない。しかし、土地神に殺されかけたヒサゴとしては、やはり知っておく必要があるのだろう。
「この辺りよね……」
ヒサゴは公園の中央で足を止める。
丁度、そこは床タイルが一面に敷かれている場所で、その周囲を円を描くように芝生が囲っている。
だが、やはり惨殺体の痕跡など微塵もなく、いつもの公園そのものと言って良かった。
「確か……土地神の死体は下半身が埋められてたって言ってたよな? こんなとこにか?」
「そうよ。それもまるで床タイルが溶けたように歪んでて、そこに体半分が沈められてたって言う感じかなぁ……」
俄には信じ難い。
それが事実だとするのなら、どうして床タイルは元通りになっているのか。いや、そもそも本当にそんな事があったのかすら圭太は疑わしいと思えて来た。
その理由は神ならではのチートとも言うべき力である。
「もしかしてオレたちの記憶を改ざんしてる……とかじゃないのか? ほら、神さまって記憶の改ざんが出来るんだろ?」
ヒサゴの父親役をやらされている砥部淳一郎がまさにその代表例だ。彼もまたヒサゴが人間社会に紛れ込むために記憶を改ざんされて「ヒサゴの父親」と思い込まされている。
ならば、圭太やヒサゴの目を欺くために「土地神が殺害された」という偽りの記憶をいつの間にか植え付けられていたとしてもおかしくはない。
だが、ヒサゴはかぶりを振る。
「その可能性はゼロよ。人間の圭太だけならともかく、神であるあたしの記憶なんて、どれだけ高位の神であっても干渉は不可能だもん」
「そうなのか……。って事はヒサゴの記憶にある以上、事実は事実ってことか……」
「そう。それにね……多分、この場にいる人間たちは誰も気づいてないと思うけど、僅かに殺された土地神の気が残されてる。まあ、言ってみれば残滓みたいなものね。ここで力を使ったっていう証拠」
そう言ってヒサゴはその場にしゃがむと地面に手を当てて目を閉じる。
圭太には分からないが、そこから気配を探っているようであった。
「そういうので何か分かるもんなのか?」
「分かることもある……って感じかなぁ……。あたしたちみたいな神じゃなくても、例えばハクノみたいに特殊な力を持った人間でも感じ取れる事はあるわよ? もっとも、そんな力を持った人間なんて希有だろうけど……ケータも訓練次第では感知できるようにはなるんじゃない? 『神性封じ』なんて忌々しい力持ってんだし」
ヒサゴの言葉にはどこかトゲがあった。圭太に対して一定の理解は示しているものの、やはり『神性封じ』によって力を封じられている事には燻っているものがあるようだ。
「でも、ダメみたい。もう少し何か分かると思ったんだけどなぁ……」
ヒサゴは再び立ち上がる軽くため息をついた。
「例えば?」
「うん……。土地神ほどのヤツがああもあっさり殺されてる以上、相手もそれ相応の力を使ってる筈なのよねぇ。なのに、ここにはそんな残滓が全く感じられない。ある意味、これも不可解なのよねぇ」
「神を消すだけの力を使ってると、しばらくその気配みたいなのは残ってるもんなのか?」
「普通に考えれば数日はね……。微弱ではあるけど」
それが残されていないという事はどういう事なのだろう?
神をその存在から抹消するには神の力を使うしかない。しかし、その力を使った痕跡がないという。
圭太は何だか頭が痛くなってきた。
まあ、それ故にヒサゴも難しい顔をしているのだろうが。
「って事は、いつまでもここに居たって分からないんじゃないか?」
「まあ、そうなんだけどね……」
ヒサゴは何か後ろ髪を引かれるように、その場から動こうとしない。一度は立ち去ろうと背を向けたのだが、今一度振り返って土地神殺害現場となったその場所をジッと見下ろしている。
「もう一つだけ引っかかる事がある……と言えば、あるかなぁ……」
「何が?」
「う~ん……。一帯の大地に含まれる水分量?」
自分で言っておいてヒサゴは首を傾げている。
当然、圭太には何の事やらさっぱりだ。
「水分量? 何でそんなこと分かるんだ?」
「あのねぇ……。あたしが何を司る神かってこと忘れてない?」
ヒサゴはぷっと膨れっ面になると上目遣いに圭太を睨みつける。
さすがに圭太も「あっ」となった。
「いやぁ……おじいちゃんのオシッコみたいなのしか出せないから、すっかり忘れてた」
「だから、それ止めろっての!」
真っ赤になってヒサゴは怒り出す。沸騰したお湯の入った薬缶のように今にも「ピーッ!」と音がしそうだ。
興奮して、またツノが生えて来てしまったので圭太は慌てて彼女をなだめるのだった。
「まあ、良いわ。その事については場所を変えて話しましょ?」
そう言うとヒサゴは公園から、もと来た百貨店の方へと歩いて行く。圭太もその後に続いた。
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