降り続く雨の駅前で
雨はまだ降り続いている。けれど、それはずぶ濡れになるような強い降りになる気配は一向になく、何となく空が不機嫌になっているような……上がりそうで上がらない嫌な空模様であった。
それでも殆どの人はコンビニなどでビニール傘でも購入したのだろう。皆一様に傘を差して少し先の地面を見るようにして歩いている。
そんな様子であるからなのか、圭太とヒサゴが駅前までやって来ても殆どの人がヒサゴの足から滴り落ちる血に気づいていない。
この頃になると、さすがに圭太もいつまでもヒサゴをお姫様抱っこの状態で走っているのはキツイため、背中に負ぶってやっていた。
学校を離れてからというもの、土地神の襲撃を警戒してはいたが、ここへ来るまで一度も土地神は姿を見せなかった。無論、遠距離からの攻撃なども一切ない。
すっかり暗くなってはいたが、駅前は大勢の人が行き交っている。恐らくはそれが功を奏しているのだろう。
とはいえ、土地神がこれで諦めたとは思えない。これからどうするかを考える必要があった。
「とりあえず……ここでしばらく様子を見よう」
圭太は駅前のペデストリアンデッキへ上がるエスカレーターの裏手でヒサゴを下ろした。
丁度、エスカレーターの陰に隠れるような形にはなっているが、正面がバスターミナルになっているため、全く人目につかないわけではない。
さらに言えば、この場所はかつて噴水として使われていた名残りで、人が腰掛けるのに丁度良い高さの御影石で作られた縁が残されている。頭上のデッキが屋根代わりになって雨避けにもなるし、足を負傷しているヒサゴを休ませるのにお
「こんなとこへ逃げて来ても、あいつは自分の司る土地の中なら、こちらの位置を把握できるよ。今は人がいなくなるのを待ってるだけだと思う」
ヒサゴは噴水跡の縁に腰を下ろすと、半分諦めた様子でそんな事を口にした。
まあ、そうだろうとは圭太も薄々わかってはいた。
ヒサゴの行動は一部始終監視されていたようだったし、逃げて来る際に圭太の自転車が僅かな時間で使えないようにされていた事でも察しはつく。
土地神のテリトリーがどれほどのものか知らないが、現状では敵の手のひらの上にいるも同然なのだ。
「でも、幸いここは駅だ。電車でもバスでも使って、ヤツのテリトリーの外まで逃げれば……」
「そんなの……あいつが黙って見過ごすと思う? 言ったでしょ? あいつはあたしたちの行動を常に把握してるって」
言われてみれば、そうかもしれない。
公共の交通機関を使って逃げようとしたところで、相手は人間には想像もつかないような力を持った神だ。第三者に不審を抱かせる事なく、いかようにも妨害はできるだろう。
それにどれだけ遠くへ逃げたところで根本的な解決にはなっていない。高校生と中学生の二人がどこまで逃げて、どれだけの期間、この土地を離れていられるものか……。
闇雲に行動したところで、直ぐに詰んでしまうのがオチだろう。
「足の具合……どうだ?」
圭太はヒサゴの前に屈むと血に濡れた彼女の右足をソッと両手で持ち上げる。声には出さなかったが、ヒサゴは苦痛に歯を食いしばり、ギュッと目を閉じた。
かなりの激痛があるのだろう。
傷口は刃物で切られたというよりは、えぐられているに近く、骨にまで達しているようだった。
(出血が止まらないな……)
圭太の顔が無意識のうちに暗く陰っていたからなのだろう。ヒサゴは少し笑って、
「このくらい大丈夫よ……」
と、力無い声で言った。無論、それが虚勢である事は一目瞭然である。
けれど、圭太を危険に晒してしまった事に対する、せめてもの罪滅ぼしなのか、努めて心配をかけさせまいとしていた。
そんな彼女がいじらしい。
「無理すんなよ。その怪我で平気な筈ないだろ?」
「あたしを誰だと思ってんの? これでも水神さまなんだからね。こんな傷のひとつやふたつ……あぐっ!」
ポケットから取り出したハンカチで傷口をあてがってやると、強がりを見せていたヒサゴはやはりというか、当然というか……苦悶に喘いだ。
「水神さまだろうが何だろうが、今のおまえは人の体だろ? 人は普通、そんな怪我で平然としてられません。ったく……少しは素直になったらどうなんだ」
そう言われてしまうとヒサゴはぐうの音も出ないといった様子で押し黙ってしまう。圭太に正論で返されてしまった事が悔しいのはもちろんなのだろうが、同時にそれとは別の複雑な思いが交錯しているようで、圭太には今の自分の顔を見せたくないとばかりにプイッと横を向いてしまった。
(手当てはしとかなきゃな。とはいえ……)
病院ともなればとてもヒサゴを背負って歩いて行ける距離にはない。となれば、せめて応急処置に必要な物くらいは必要だ。
幸い、圭太たちのいる場所の目と鼻の先にドラッグストアがある。視界に入るところであるし、そこであれば、しばらくヒサゴをここに一人残しておいても問題は無さそうだ。
が、ここで別の問題が発生した。
(百十六円……)
よりによってこんな時に財布には、たったそれだけしか入っていなかった。
どうもピンチに強い筈の圭太の特性は、今回に限っては働いてくれなかったようだ。
(いや、でもまだ手はある!)
ポケットからスマホを取り出した。
ヒサゴの正体を知っている数少ない理解者。伯乃姉に事情を説明すれば、何とかしてくれるかもしれない。
「頼むから、まだ近くに居てくれよ……?」
懇願するように呟いて伯乃姉の携帯にかける。
ワンコール。ツーコール。スリーコール……。そして……。
『圭太君か。どうした?』
スリーコール目の途中で伯乃姉の声が聞こえて来た。スリーコール以内に出るとは、事務職をさせても文句なしだ。
圭太は彼女に事情を説明する。
本音を言えば伯乃姉まで巻き込みたくはなかった。が、状況が状況だ。ヒサゴの窮地を救うには他に頼る手立てがない。
『状況は理解した。私が帰る前で良かったよ』
どうやら伯乃姉は、まだ学校に残っているようであった。
『彼女の治療に必要そうな物は保健室から失敬して行くとしよう。あと十分ほど待っていてくれたまえ』
「助かるよ……。くれぐれも気をつけて。多分、相手は伯乃姉の動きも監視してるかもしれないからさ」
すると伯乃姉は電話の向こうで「ふふ……」と小さく笑った。
『なぁに、心配は無用さ。キミの話が事実なら、私の動向を監視していようと手出しはできまい? 私も人間なのだからな。同時に神だからこそ、土地に古くからある寺の娘に対して不用意に危害を加える事はできないものだよ』
なるほど、確かにそれも一理ある。今でこそ神仏習合の思想は殆ど失われてしまったが、寺は依然として信仰の要とも言える。当然、人々の信仰心を力の源としている神々にとって信仰の要である寺の一族に危害を加えるという事は、その神にとっても大きなリスクになり得るのだ。
「やっぱり頼りになる……」
この非常事態に伯乃姉の協力は実に心強い。
圭太は少しだけ希望を持てた気がした。
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