容疑者

 圭太とヒサゴは帰りも学校の駐輪場で待ち合わせる事となった。

 学校内であれば人も大勢いるし、危険は無いだろうという事で、警戒すべきは主に行き帰りとの意見で一致した。


「それにしても……ヒサゴが一人になったところを見計らったように襲って来るって事は、あいつ……常に監視されてるって事なのか?」


 いくら相手が神とはいえ、ヒサゴを攻撃して来る以上は彼女の言うように、相手もまた肉体を持って人間に成りすましていると考えるのが妥当だ。しかし、そうなれば常にヒサゴの身近に居なければ監視も行き届かなくなるのではないか? 

 少なくとも、ヒサゴに関しては自分の視界に入っている相手しか感知できていないし、神性の気配もあまり離れた場所では感じられないと言っていた。


「場合によっては学校に紛れ込んでる可能性だってあるのか……」


 圭太は昇降口から廊下を行きながら独り言つ。

 そこへ突然、背後から腕が伸びたかと思うと、圭太は抵抗する間もなく羽交い締めにされた。


「何だぁ? ヒサゴちゃんを襲うだとか何とか……。不謹慎な発言が聞こえたぞぉ?」


 後ろを振り向く事が出来ないため、相手の顔は見えないが……声でそれが篠原だと直ぐに分かった。


「そんなことひと言も言ってねぇ! 歪曲にも程があるだろぉ! てか、放せ!」


 圭太が力任せにもがくと、篠原は意外にもあっさり圭太を解放した。

 振り向くと篠原はヘラヘラといやらしい笑みを浮かべている。


「まあ、おまえとヒサゴちゃんの仲を今さら引き裂こうなんて野暮な真似は俺だってしねぇよ? でもなあ……学校の中で彼女を襲う算段はいただけないなぁ……三峯くぅん?」

「だから! どこをどう聞いたら、そういう解釈になるんだよ!」


 何というか……篠原の嫉妬はとうとう幻聴を招くレベルにまで達してしまったようだ。それも圭太とヒサゴが恋仲になっているという、とんでもない勘違い……いや、妄想と言っても良い。

 ただでさえリア充を目の敵にしている篠原であるから、親友がヒサゴという学院内でも抜きん出た美少女とつき合っているという思い込みが、彼の人格を崩壊寸前にまで追いやっているようだった。


「おまえの病的なまでの妄想には、さすがに……」


 そう言いかけて圭太の中に、ふと、ひとつの疑念が湧いた。


(まさか……篠原がヒサゴの命を狙ってる神なんて事……無いよなぁ……)


 ヒサゴの命を狙う神は人に成りすましているのだ。それに圭太の推測が正しければ、敵は意外と身近にいる可能性が高い。となれば、篠原もまた容疑者の一人として数えられるだろう。


 しかし、考えてみれば篠原は単に圭太とヒサゴの仲に嫉妬しているだけで、どうも圭太を目の敵にしている。それならばヒサゴの命を狙う理由は無いように思われた。


(いや、でも待て……。ストーカー犯罪でよくありがちな、相手が自分の物にならなければ殺してしまえってパターンも無いとは言えないよな。もしも、篠原が人に成りすました神で、病的なまでにヒサゴの事が好きなんだとしたら……)


 以前、ヒサゴが圭太に対して神罰を下そうとしていた時だって、神が祠を壊された程度の理由で人間を殺すなどとは考えないと言っていた。もっとも、強大な力の微調整が難しいために殆ど殺そうとしていたのだが、それは置いておく。


 神々の世界である高天原の規律もそれなりに厳格であるようだし、神が恋敵であるというだけで人間を殺める事が許されないのであれば、圭太に危害を加えようとはせず、ストーカー的思考でヒサゴを抹殺しようと企む事は十分にあり得る話だ。


「なあ、篠原……。確認したい事がある」

「え? な、何だよ? 急にあらたまって……」


 圭太が真剣な眼差しを向けると、篠原の顔が急に強ばった。今まで逃げるように躱していた分、突然、態度を変えた事に戸惑っている……というだけなら良いのだが……。


「とにかく、ここじゃマズイ。こっちに来い」


 圭太は篠原の腕を掴んで男子トイレの中へと引っ張り込む。

 さすがにこれには篠原も怯えた様子で、


「え? いや、怒ってるのか? じ、冗談じゃん。なあ、え……? マジで待って! 悪かったって!」


 と、半分パニック状態。

 もちろん、篠原の執拗な絡みに怒るような圭太ではない。が、ヒサゴの命がかかっている以上、ある事を確認するために嫌がる親友を問答無用に引きずり込む。

 幸い、トイレには圭太と篠原の他に誰も居なかった。


「し、しつこく絡んだ事は謝るって! ちょ、ちょっとしたジェラシーなんですよ。ほら、おまえなら分かるだろ? 俺の性分」


 篠原は懸命に弁解する。

 さすがに親友をここまで怯えさせてしまっている事は心苦しいが、この際、やむを得ない。


「そういう事じゃねぇ。ただ、別件で確認したい事があるだけだ……」


 圭太は篠原に背を向けたまま、そう告げる。

 背中越しではあったが、圭太の言葉に僅かながら篠原が安堵した様子が伝わって来た。

 だが、篠原の安堵も束の間。圭太はおもむろに振り返ると篠原の股間めがけて右足を振り上げる。


(もし……こいつが人に成りすました神なら、咄嗟に急所を守ろうとする筈だ。この虚を突かれた状況じゃ、人間だったら対処できねぇ)


 神とは言っても人間と同様の肉体を持っているのだ。当然、急所を蹴られれば人間と同様に苦痛を味わう事になるし、場合によっては危険でもある。ならば、特別な力を咄嗟に使ってしまう……と圭太は考えたのだ。


 その結果は……。


「はふぅん!」


 見事なまでに圭太の蹴りが篠原の股間に入り、彼は甲高く短い悲鳴をあげると、その場にうずくまった。


「……ごめん……。やっぱり、おまえは関係なかったみたい……」


 うずくまったまま呻いている篠原に悪い事をしたなぁと平謝り。同時に、これから更に因縁をつけられる事になりそうだ……と、圭太はやってしまった事を後悔した。


(ともあれ、篠原は容疑者から除外だな)


 もっとも、神である事を知られないようにするために、敢えて急所への一撃を食らったという可能性もあるにはある。が、そもそもヒサゴの一部始終を監視しているのであれば、圭太に対して嫉妬する筈もない。

 まあ、それすらも圭太とヒサゴを欺く為の演技だとすれば圭太もお手上げであるが、しかし、何となく篠原は全く無関係のように思われた。 


 それよりも……考えてみれば万が一、篠原が敵であったのなら、どうしていたのだろう? 

 と、圭太は自分のした事に疑問を抱く。

 

 相手が神であるのなら、今のヒサゴはもちろん圭太にも対抗手段はないのだ。

 

 もしも神である事が知られて襲いかかって来たら?

 きっと為す術もなく殺されていたかもしれない。

 気になって試してみたとはいえ、まるで後先を考えていなかった。


(やっぱりヒサゴの戒めを解かなきゃ話にならないんだよな……)


 ヒサゴは解決するための願い事を話そうとはしなかったが、もう一度あらためて訊いてみる必要があると思った。

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