神殺しの方法

「それにしても……人外に襲撃されるって穏やかじゃないな。何か心当たりとか無いのか?」

「全然……。でも、ひとつ言える事は……あれは確実にあたしを殺そうとしてた。それもこの肉体を滅ぼすという事じゃなくて、神としてのあたしの存在そのものをね」

「神としての……?」


 確か肉体が滅びても神としての存在そのものは失われないというような話は以前に聞いた気がする。しかし、彼女が以前話していた限りでは、自分の司る物なり事象なりに対して信仰の力が失われると神としての資格を失うという、ただそれだけのものだった。

 存在そのものが殺されるという話は今まで話には出て来なかった筈だ。


「言ってなかったっけ? 確かにあたしの人としての肉体なら、人間にでも滅ぼす事は出来る。けど、もともとあたしのような神は実体を持たない存在だからね。人間に神の存在までは抹消出来ない。でも、それが神性を持った相手となれば別よ」

「つまり、神の力を使えば神そのものを滅ぼせるって事?」


 するとヒサゴはコツコツと圭太の頭を小突いて、何やら嬉しそうに鼻を鳴らした。


「へぇ~。察しが良くなってくれて助かるわ。少しは状況に慣れて来た?」

「お褒めに与り恐悦至極」


 圭太は気の抜けた声で返した。

 自分の存在の危機であるのに話の腰を折る辺り、イマイチ緊張感に欠ける。


「でもまあ、ケータの言ったことは半分正解ってとこかな」

「半分って、どういう事さ? ……と!」


 圭太が思わず後ろを振り返ってしまったために自転車がふらつく。

 危うく転倒してしまうところだったから、ヒサゴがムッとした顔を見せ両手で圭太の頭を強引に前へ向けた。わざわざ口には出さなかったが、「よそ見をするな」という事だ。


「例えば前にも言ったと思うけど、人に直接神罰を与えるには神も人の体を持つ必要があるって言ったわよね?」

「ああ。だからヒサゴはオレに神罰を与える目的で人の体を手に入れたって言ってたな」

「そう。それってつまり直接的な攻撃をするには、いくら神とは言っても人間の体が必要になるって事。攻撃対象が人であれ動物であれ神であれね。だから神を滅ぼすには攻撃する側の神も肉体を持つ必要があるって事。話を整理すると、神を完全に抹消するには大まかに三つの条件が揃う必要があって、一つは抹消対称となる神が肉体を持ち、命ある存在となってる事。二つ目は殺害する側が神性を持っている事。三つ目は殺害する側の神もまた肉体を持ち、命ある存在となっている事」


 淡々と語っていたが、ヒサゴの説明は一般的な人間である圭太にも非常に分かりやすいものだった。


 今のヒサゴの説明通りであれば、つまりヒサゴを襲った敵もまた人に成りすました神という事になる。


「オレみたいな普通の人間には、そいつを見ただけで判別する事はできないだろうな……。ヒサゴはそういった人に成りすました神って感知できるもんなのか?」

「まあ、ある程度はね……。でも、よっぽど接近してる時じゃないと感じ取るのは難しいし、相手から発せられてる神性で何者かを判別する事までは出来ないからね……。例えるなら……これみたいなもの」


 そう言ってヒサゴは、いきなり圭太の後頭部めがけて指先から水を飛ばす。ピチャピチャと音を立ててブレザーやワイシャツの襟まで濡らした。


「つ、冷てっ! 何すんだ!」

「今のはあたしが作り出した水だけど、そうとは知らずにこれを肌で触れただけで、どこの水だかって分かる?」

「はぁっ⁉ んなもん、分かるわけねぇだろ!」


 圭太は一度、自転車を止めて慌てて頭を拭った。

 ヒサゴが顔色ひとつ変えず、全く悪びれた様子も見せずにハンカチを渡してくれたが、さすがに肌に直に触れているワイシャツの襟まではどうしようもない。濡れて気持ちが悪いが、乾くまでそのまま我慢するしかなかった。


「つまりはそういう事よ。他の神から発せられる神性の気配なんて、感じる事は出来ても判別までは出来ないって事」

「はあ……なるほどね。どうでも良いけど、他に例える方法無かったんですかねぇ? お陰でこっちはビショビショなんですが……」


 するとヒサゴは白い歯を見せて意地悪く「うひひ……」と笑う。


「それはほら……ねぇ……? 後ろに乗ってる者の役得ってやつ?」

「……ここに置き去りにするぞ、テメェ……」


 ともかくも、これから当分はヒサゴを一人きりにするわけには行かない。今まで通り、行き帰りは圭太がついている必要がありそうだ。

 しかし、それでは根本的な解決にはないらない。

 相手が何者で、何が目的なのかも突き止める必要があるし、ヒサゴにかけられた戒めも早急に解かねばならないだろう。


 ただ、後者だけは解決手段が見つかっている筈なのに、その内容について彼女は頑なに圭太に話そうとしない。それどころか訊いてもはぐらかそうとする。

 圭太にはその理由が分からず困惑していた。


(相手が神ならヒサゴが力を取り戻すのが一番手っ取り早いのになぁ……)


 水芸程度の水流しか出せない今のヒサゴでは、普通の人間の女の子と大差ない。それではジリ貧だ。仮に敵が判明したところで対抗手段がないのでは話にならない。


(せめてヒサゴから聞き出す事が出来れば良いんだけど……)


 と、思い悩んではいるが、ある意味、知らぬが仏でもあるかもしれないだろう。

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