不穏な影
「何やら嗅ぎ回っているようだけど……今のところ、あなたが憂慮する事でもなさそうよ?」
「何の話だね?」
日が暮れて薄暗くなった路地に二人の人影が対峙していた。
一人は男だが、雑居ビルの
もう一人は女性。褐色の肌を持つ二十代くらいの可愛らしい女である。
先ほど、圭太たちの前に店で会計をしていた女性だった。
「知ってるのよ? 何もかもね」
褐色の女は薄く笑う。何か策謀めいたその瞳は鎌首をもたげる蛇のようでもあった。
「貴様は……何者だ?」
「そうねぇ……。貴方と同類……とでも言っておこうかしら?」
「同類? バカな事を……。あり得んな」
男は鼻で笑う。構ってられないとばかりに彼女の脇を通り抜けようとした。が、彼女のひと言で再び足を止める。
「貴方が感知できないのも無理はないわ。だって、そういう細工を施してあるんだもの」
「細工だと?」
「ふふ……。食いついたわね」
女は長い髪を指でクルクルと弄んでいる。まるで焦らす事を楽しんでいるふうであった。
「でも、そんな事はどうでも良いの。わたしは貴方に助言をしに来ただけだから」
男はふっと鼻息を漏らすと腕組みをして雑居ビルの壁にもたれ掛かった。彼女が何を言いたいのか分からない以上、話だけでも聞いてやろうと思ったのだ。
「何が目的だ?」
「目的? そうねぇ……。貴方のやろうとしている事はわたしにとっても都合が良いからって事で納得してもらえるかしら?」
男はかぶりを振る。無論、そんな曖昧な言葉で納得できよう筈もない。
「先にも言ったけど、わたしの事なんてどうでも良いのよ。貴方は慎重に機会を見極めようとしてるみたいだけど、早いうちに行動に移した方が良いと思うわ。時間をかければ、その分、貴方の企ても水泡に帰すだけよ?」
「知ったふうな口を……。おまえが何者で何を企んでいるかは知らん。が、私には私のやり方がある。余計な口出しは無用に願おう」
すると女は面白くなさそうに顔を顰めた。
「そう……? 人の助言はありがたく聞いておくものよ? まあ、好きにすると良いわ」
少しばかり失望したような口振りで、彼女は男の耳元に口を近づけると、
「じゃあね……」
それだけ言って夕闇の中に消えて行った。
「女狐が……」
男は彼女の去って行く姿には目もくれず、ただジッと壁にもたれ掛かったまま呟くのだった。
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