洋食喫茶パリアカカ

 相良大野駅――

 一日の平均乗降客数が約十三万人ほどのターミナル駅である。シティホテルの入った二棟の駅ビルから南北に出口があり、北口側はペデストリアンデッキとなっている。

 駅からペデストリアンデッキに出て右手には数棟のテナントビルが集中しており、左手は下のバスターミナルへ下りずとも、そのままデッキの上を歩いて大きなショッピングモールへと入れるようになっていた。

 圭太たちは学校から『志摩しまたん百貨店』という大手百貨店の前を通り、アーケードをくぐってこの北口ターミナルへと出る形となる。


 どうもヒサゴには既に目当ての店があったようで、圭太と伯乃姉は迷うことなくどんどん歩いて行ってしまうヒサゴのあとに黙って着いて行った。


 アーケードを出て駅前に着くとヒサゴはエスカレーターに乗ってデッキの上へと進んで行く。

 日中でもかなりの人が歩いているが、夕方という事もあって早々仕事を終えて帰宅してきた社会人や他校の学生などがぞろぞろと改札から出てくるところで、ロータリーのバスターミナルはあっという間に長蛇の列が出来ていた。


 彼女の目当てのお店は改札の手前にある『洋食喫茶パリアカカ』という、洋食と銘打ってある割にはアンデス風な装飾の目立つお店であった。


「なるほど……パリアカカとはな……。彼女らしいチョイスだ」


 伯乃姉は喉の奥で笑う。

 圭太は来た事のない店だ。


「彼女らしいって?」

「パリアカカとはインカ神話に登場する水の力を持った神だよ。日本の水神さまがなかなかマニアックな神を知っていると思ってね……」


 なるほど、それで圭太も合点が行った。だから店の装飾もアンデス風なのだろう。


 店内は比較的落ち着いた雰囲気で、カウンター席の他にテーブル席が八つほどある。テーブル席は背もたれの部分が高くなっており、通路から一段下がった形で配置されているため、ちょっとした個室気分である。

 話をしていても他の客からは、あまり聞こえないような造りにはなっているが、そもそもこの日は……なのか、いつもそうなのか、圭太たちの他に客はカウンターに二人くらい腰掛けているだけであった。


 圭太たちは入り口から見て一番奥の窓際にあるテーブル席に腰を下ろす。

 メニューに目を通してみたが、店の装飾とは裏腹に料理や飲み物はアンデスの欠片も無かった。

 圭太はホットココア。伯乃姉はカプチーノ。そしてヒサゴはというと……。


「オムハヤシ!」

「ええぇぇ……」


 ヒサゴが言い出したくせに「お茶でもしながら」とはよく言ったものだ。軽食どころかヒサゴ一人は完全に普通の食事である。


「おまえ、またオムハヤシかよ! てか、こんな時間にもう夕飯か?」


 時間はまだ五時を回ったばかりだ。圭太もさすがにまだ夕食という気分ではない。


「良いでしょ、別に! この間、ここのお店見つけたんだけど、ここのオムハヤシがサイコーなのよ!」


 以前に食べた記憶がそうさせているのか、彼女は半分怒ったような口調になりながらも、まだ食べてもいないうちから相好がだらしなく緩んでいた。


「え? 店の名前に誘われて入ったとかじゃなく?」

「ん? 店の名前? なんか変わった名前だけど、これって何語?」


 ヒサゴはメニューの表紙に書かれている店名を指差して首を傾げている。


「……」 


 しばらくの間があった。


「えっと……知らないらしいですよ?」

「そのようだな……」


 半ば呆れている圭太と伯乃姉にヒサゴは一人、不思議そうに眉を八の字にして「んん?」と二度、三度首を捻っている。

 何の事はない。つまりヒサゴがこの店に入ったのは、単にオムハヤシが食べたかっただけ。

 偶然にも自分と同じ水の力を持つ神の名が店名になっていたというだけで、彼女はインカ神話の神さまなど全く知らなかったのだ。


 やがて各々が注文した品物が運ばれて来る。

 ヒサゴはこれから話の本題に入るのだという事など、すっかり忘れてしまったかのようにオムハヤシを前に目をキラキラと輝かせていた。


「よっぽど好きなんだな……オムハヤシ……」


 オムハヤシの大好きな神さまというのも、なかなかシュールだ……と思わずにはいられない。


「さて、ヒサゴ君が堪能しているところ申し訳ないが、先ほどの続きと行こう」

「あ、気にしないで良いわ。あたしは食べながら聞いてるから」


 真顔でそう答えるヒサゴだが、口のまわりにデミグラスソースがベッタリ着いている辺り、どうも締まらない。

 他方、伯乃姉はカプチーノを静かに啜ってカップをテーブルの上に戻す際にも音一つ立てない。優雅であり、ヒサゴに比べて断然大人びている。

 人間よりも遙かに長い時を見て来ている筈なのに、やはり人間の体を持った時間の長さが影響しているのだろうか?

 圭太も話の続きより、そんな事の方が気になってしまった

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