小悪魔を後ろに乗せて
結局、この日はこれ以上話し合ったところで何の手がかりも無い以上、妙案が浮かぶ筈もなく、明日から調べて行こうという事になった。
無論、手探りにはなるだろう。が、過去の事故がきっかけとは言っても圭太にも多少、後ろめたさがあったし、出来る限りの事はしてやろうと決めた。
そして迎えた翌朝の事――
「え? なに……?」
圭太がいつも通りに登校しようと自宅の玄関を出たところ、門の直ぐ外で待ち構えていたようにヒサゴが仁王立ちしていた。
「自転車で行くのよね?」
ヒサゴは無愛想にチョイチョイと圭太の引っ張っている自転車を指差す。
「そうですが……?」
「乗せて行きなさい」
顔色ひとつ変える事なく、ヒサゴは当たり前のような命令口調。とても人にお願いするヤツの態度とは思えない。
「何でだよ」
「だぁかぁらぁ! 昨日言ったでしょ⁉ 力を殆ど封じられてるから水の力でひとっ飛びってわけに行かなくなっちゃったの!」
「あ……そういうチート使ってたのか……」
体力に自信があるだとか何とか言っていたが、自転車でもかなり時間のかかる距離を徒歩で通学していたわけではなく、実はそういうカラクリだったらしい。
「人にお願いするんなら偉そうに言うんじゃありませんよ。てか、自転車買えよ」
「そのうちね」
素っ気なく答えると、圭太が許可してもいないうちからヒサゴは勝手に自転車の後ろに跨がってポンポンとサドルを叩き、「早くしろ」と言いたげな顔で急かすのだった。
(こいつ……ぜってぇ買う気ねぇな……)
勝手に乗ってしまった以上、圭太は渋々自転車を発進させるしかなかった。
***
学校の正門が見えて来ると、圭太は自転車を降りて押す。一方のヒサゴは圭太が歩いていても依然として自転車の後ろに乗ったままだ。
ここまで来ると、さすがに圭太も息を切らせている。
帰りは急な坂を下るだけだから楽なものだが、行きは急勾配の坂を上らなければならず、普段なら圭太もそこだけは自転車を降りて上っている。が、この日はヒサゴが全く降りて歩こうという素振りも見せず、急坂をヒサゴだけ後ろに乗せたまま引っ張るのは安定感に欠けて危なっかしいため、仕方なく圭太はヒサゴの乗せたまま急坂をこいで上った。
だから学校に着く頃にはドッと疲れ切ってしまったという次第である。
一方のヒサゴはそんな圭太の苦労もまるで気にせず、ここへ来るまで圭太の後ろで昨日と同じ『舟洋の芋ようかん』を数回に渡って開封し、圭太が把握している限りでも四本は食べていた。
例によって、いつも篠原と顔を合わせる場所を通り過ぎるのだが、この日はヒサゴを乗せていた事もあって、いつもより少し遅めの時間であった。それ故、今日はさすがに同じタイミングで会う事はないだろうと圭太も思っていたのだが、予想に反して篠原は直ぐ目の前を歩いていた。
(マズイな……。こんなとこ篠原に見られたら、また何言われるか……)
ただでさえ圭太がヒサゴと話しているだけで、篠原はジェラシーを剥き出しにする。ましてヒサゴが圭太の自転車に乗っている状況を目にしたら……。こればかりは想像するに難くない。
今朝だけは挨拶しない方が良いかもしれないと思った。
と、細心の注意を払っていたにも拘わらず篠原は何かを察知したように、こちらを振り返った。
「お~、みつみ――ヒ……サゴさん? 何で三峯のチャリに……?」
圭太の自転車にちょこんと乗っかっているヒサゴの姿を認めるなり、まるで死んだ筈の人間に出会いでもしたかのような顔をしていた。
圭太は思わず片手を額に当ててうな垂れる。
そんな状況でも屈託無い笑みを浮かべているのはヒサゴただ一人であった。
「ああ、昨日ちょっと足を挫いちゃって……。だから今朝はケータ先輩に乗せて来てもらったんですよぉ~」
「ケータ……先輩……?」
呻くような声で繰り返す篠原の目は、即座に圭太に向けられる。その目は、そのうち血の涙を流すんじゃないかというくらいに血走っていた。
「み~つ~み~ね~くぅぅん。キミたちはいつからそういう関係になっていたのかねぇ」
「今、本人が足を挫いたからって言ってたろ! 本当は二人乗りなんてマズイんだけど、仕方なくだよ!」
しかし、篠原はまるで聞く耳持たず……いや、もう言葉すら届いていないといった様子でゆらゆらと迫って来る。
(ダメだ。こいつ、嫉妬が限界を超えて、とうとうゾンビみたいになっちまった)
些か気の毒な気もしないでもなかったが、これ以上、絡まれても堪らない……と圭太は逃げるようにして校門へと走り去った。
それでもヒサゴは相変わらず自転車から降りようとはしない。それどころか「ぐふふ……」と下品に笑った。
「ああしてケータの外堀を埋めてくのも手かもしれないわねぇ~」
とても神さまの台詞とは思えない。
「おまえなぁ……。ホントは神さまじゃなくて悪魔なんじゃないか?」
「失礼ね! 人聞きの悪いこと言わないでくれる?」
「人聞きが悪いも何も、誰も聞いてないけどな」
他人が聞いているような場所で神さまだ何だなどという話なんて出来る筈もない。ヒサゴだって圭太以外の者の前では猫を被っているくせに、誰も聞いてないと分かっているから、こうして平気で口が悪くなっているのだ。
(いっそのこと、篠原にヒサゴの本性を見せてやりたいもんだ)
などとも思ったが、恋愛に飢えに飢えた篠原であれば、そんなこと全く気にしなさそうでもあった。
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