注連縄の効果

 食事がひと段落すると、ヒサゴは再びベッドの上に腰掛け、口を開いた。


「さて……あたしに関する事は理解できたと思うけど、現状、一番に考えなきゃならないのはコレ」


 ヒサゴは自分の首に着けられた注連縄の隙間に指を引っ掛けるとクイッと浮かせて示した。

 圭太が持っていた段階では胴回りほどの大きさだった注連縄だが、今、彼女の首に装着されている注連縄は、完全に隙間なく彼女の首に巻き付いているわけではなく、ある程度のゆとりはあるものの、頭からは抜けないくらいの大きさにまで縮んでいた。


「さっきも言ったと思うけど、本来、この注連縄は神域によこしまな気が入って来ないように結界の役割を果たす物であって、神性を封じる物じゃないのよ。それなのに今はこうしてあたしの首から外れなくなってるし、あたしの力もその殆どが封じられた状態になってる」


 彼女は注連縄をグッと握り、無理矢理にでも外そうかという素振りを見せたが、少し持ち上げただけで直ぐに手を離した。

 先ほど、注連縄を無理に外そうとして何やら放電するような音を立てると同時に彼女が痛がっていた事を思い出す。


「それって無理に外そうとすると、どうなんだ?」

「全身がビリビリってするのよ。濡れた手でソケットに指を突っ込んだ時みたいにね」


 思い出すのも嫌だとばかりにヒサゴは顔を顰めた。ようは感電するという事だ。実に分かりやすい。


「注連縄の効果って、そんなふうに変質する事があるもんなのか?」

「知らないわよ! こんなのあたしだって聞いた事ない! だから困ってんじゃない! あんた分かってて言ってるの⁉ 嫌がらせ⁉」

「いやいや……」


 金切り声でまくし立てるヒサゴに思わず圭太はたじろぐ。完全に圭太が原因だと決めて架かっているようだ。


「オレだって知らないって言ったろ? さっきヒサゴが飛びかかって来たあと、気づいたら注連縄がおまえの首に掛かってたんだからさ」

「どうだか……」


 ヒサゴはまだ信じられないと言った様子でジッと疑いの目を圭太に向けている。

 まあ、俄には信用できないというのも分かる。封印が解けてヒサゴがまた力を取り戻せば約束を反故にして襲いかかって来るのではないか……という懸念が圭太にあれば、知ってて知らないふりをしていると捉えるのは至極当然のことだろう。

 でも、圭太は本当に何が何だかさっぱりであった。そもそも目の前にいるヒサゴの事だって、あのような不思議な力を見せつけられなければ神さまなどと到底信じる事ができなかったし、科学では立証できない現象がある事を認めていたとは言え、八百万の神なんてものの存在だって信じていたわけでもない。

 今だって何か悪い夢でも見ているような気分だ。


「でもさ……オレに神罰を与えないって約束したろ? だったら、もう人として暮らす必要もないじゃんか」

「正しくは、あんたがこの注連縄を外す事が出来たらっていう前提条件があっての話だけどね。それにあたしのパンツを見て匂いまで嗅いだ事に関しては、まだ許すと言ったつもりはないけど?」

「だから嗅いでねぇ!」


 さっきから何度否定したことだろう? が、うっかり認めるような発言もしてしまったし、今となってはその否定も虚しいばかりだった。


「ともかく! 人の姿で暮らす必要がないんだったら自分でその肉体を滅ぼしちゃえば、もとの神に戻れるんじゃないのか?」

「あんたねぇ……バカなの?」


 ヒサゴの顔に露骨な不快感が表れていた。

 圭太も少し考えて、自分の考えが早計だったと気づく。

 仮にヒサゴ自身の手で肉体を滅ぼしたとしても、彼女を縛っている注連縄の力が何であるのか判明しない以上、本当にもとの神に戻る事ができるという保証もないのだ。もしかしたら、神としてのヒサゴをそのまま肉体に縛り付けたままであるかもしれないし、そうではないかもしれない。

 不確定要素が多過ぎてイチかバチかで実行に移すのは危険と言える。

 しかし、ヒサゴの怒っている理由は、どうやらそういった事ではなかったらしい。


「言ったでしょ? この体は人間の体そのものだから痛みだって感じるって。自分で肉体を滅ぼすなんて、メチャクチャ痛そうじゃない! よくそんな残酷な事が言えるわね!」

「あ、そういう事ですか……」 


 何だか拍子抜けした。彼女は圭太が深読みするほど考えてはいないようだ。それよりももっと目先の単純な問題の方が彼女にとっては重大であるらしい。


「神さまだって言われると、そんなこと気にしないんじゃないかって思ったからさ」

「神さまだって痛いのは嫌なの!」

「ですよねぇ……」


 言われてみれば確かに惨い手段だと圭太も反省する。


(それにしても神さまって思いの外、俗っぽいんだな……)


 キャラクターグッズにうつつを抜かし、美味しそうにオムハヤシにパクつき、パンツを見られれば真っ赤になって怒る。人々がイメージする神さまらしい威厳はそこに無く、ごく普通の女の子と変わらない。そこは多少の幻滅もあったが、親近感を覚えるところでもあった。

 

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