知的で子供っぽい乱暴者
「でもさ。神さまって本来は実体がないんだろ? それなのに竜のツノなのか? 水神が竜って人間が想像で作った姿っぽいし」
「まあね。本来、神というのは実体がない。そもそも創造神である
ヒサゴは家の前を流れる川の方を指差す。
「あたしが人々の思いを受けられなくなれば、その川も消滅する。逆に守るべき川が無くなれば、あたしも自分を象徴するものがなくなるから神の資格を失うって事ね」
何だか難しい話になってきた。
しかしまあ、ヒサゴをはじめとした八百万の神と人間は持ちつ持たれつの関係であるという事だけは何となくニュアンスで理解できた。
「本当はあんたがあたしの祠を壊したあと、直ぐに人間の体を手に入れて神罰を下してやりたかったんだけどね……。土地神の協力を得て、色々と手続きをしてたら十年もかかっちゃったわ」
「手続き?」
圭太は見当のつかない顔で首を傾げる。
また哲学的な話から一変。今度は急に事務的な話になった。
「手続きって言っても、あんたが考えるようなお役所でやってる事じゃないわよ。まあ、それも一部……無いとも言えないけど」
ヒサゴは芋ようかんを食べ終えると空箱をポイッとくずかごへ放る。が、弧を描いて飛んで行った空箱はくずかごの縁に当たって床に転がる。同時に彼女は「チッ」と忌々しげに舌打ちした。
「例えば、下にいるあたしの父親役の記憶もそう。さすがにあたしも人間の社会に紛れて生活して行く以上、保護者も必要でしょ? だから、あの男の記憶を改ざんして、あたしを娘として面倒見させる必要があったし、学校だとか自治体に必要な戸籍や何やらっていったものも弄くる必要がある。それも土地神にやってもらったんだけど……」
うんざりした様子でため息をつく。
先ほどの淳一郎の態度がそうさせている事は明らかだった。
「ホント、何であんな設定に書き換えちゃったかなぁ……」
他人である圭太から見れば微笑ましい父娘のやり取りではあったが、娘役のヒサゴにとっては、ただただうっとうしいだけの娘溺愛属性に大いに不満というわけだ。
それにしても聞けば聞くほど神さまの力というのはチートそのものだ。やりたい放題と言って良い。
「にしても、オレの事を狙ってウチの学校に編入したんだろ? だったら、何でオレと同じ学年にしなかったんだ? わざわざ一学年下の中三って事なんかにしてさ。校舎も違うから効率悪そうなんだけど……」
するとヒサゴは痛いところを突かれたと言わんばかり、途端にばつが悪そうに俯き加減でそっぽを向いた。
「ミスよ……」
「はぁ? ミス?」
「う、うるさいわね! あたしがケータの学年を間違えて土地神に伝えちゃったからよ! 悪い⁉」
照れを隠そうとヒサゴは圭太に向かって枕を投げつけた。
なんの事はない。ヒサゴも何だかんだで抜けたところがあるという事だ。
「うわぁ……ダッセ……」
さすがにこれには圭太も空虚な含み笑いを浮かべる。
ヒサゴはぐうの音も出ないといった様子で唇を噛みしめていた。
「でも、それだったらやり直しゃ良かったんじゃねぇか? 実際に人の記憶だとか書類だとか改ざん出来るんだろ?」
「そんなこと何度も出来ると思う? あんまり人間の記憶を弄くり過ぎると至るところで矛盾が生じるし、そんな事になれば秩序の破綻を招くもの。あたしも土地神も高天原から処分されるわ。ただでさえ今やってる事もギリギリのラインなんだから!」
自分でマズイことをしてると明言している辺り、神さまとしてはどうなのかとも思える。
なんというか……ヒサゴが特別なのかもしれないが、圭太がこれまでイメージしていた神さまとは随分違うようだ。
「だからウチの学校の編入に関してだって『そこは自力でなんとかするのだな』って土地神に冷たく突っぱねられたから、ちゃんと編入試験受けて入学したんだからね!」
「へえ……」
これは意外だった。
てっきり、編入に関する手続きも記憶と書類の改ざんで無理矢理入り込んだものだとばかり思っていたから、圭太もこれには感心したように口が半開きになる。
「ウチの編入試験って難易度高いって聞いたけど、ひょっとしてヒサゴって優秀なのか?」
「ふふぅん! 当然!」
得意げに鼻息を荒くしているヒサゴだが、変なところで詰めが甘いのは学年を間違えた事でも察する事ができるし、意外と持ち上げられると調子に乗るタイプなのだという事も圭太は分かってきた気がする。
しかし、そんな少しばかり上機嫌になっているヒサゴの表情は次の瞬間、どん底に突き落とされたかの如くムスッとした目に変わった。
「ヒサゴちゃぁぁん! ごはんだよ~」
ドアの向こうで淳一郎さんが近所中に聞こえそうな大声を張り上げている。
「適当に取りに行くからドアの前に置いといて!」
やはり、父親に対する言い方は実にトゲトゲしい。
(四六時中あんなんじゃ確かにうんざりだろうな……)
圭太は口に出す事はなかったが、同情するような苦笑を浮かべる。何となくヒサゴの気持ちが分かった気がした。
「覗かないであげるけど、ちゃんと避妊はするんだよぉ~」
その言葉にヒサゴはすっくと立ち上がり無言でドアを開ける。目の前には朗らかな笑顔の淳一郎さんが立っていた。
そして彼女は淳一郎さんに目を合わせる事なく両足を開いて腰を落とす。
「あ、何? もう済ん――」
言い終える間も与えず、ヒサゴは左手のひらを固く握られた右の拳に添えると彼のみぞおちに強烈な肘打ちを沈めた。
淳一郎さんはその場にうずくまるように倒れる。それっきりピクリとも動かなくなってしまった。
「うわぁ! なんてことするんだぁ!」
慌てふためく圭太を尻目にヒサゴは、
「死んじゃいないから放っておきなさい」
と、冷ややかに言い放ち、二人分のオムハヤシが乗せられたトレイを手にすると、何事もなかったかのようにドアを閉めた。そして当たり前のように部屋の真ん中に置かれたミニテーブルにトレイを置いて座る。
「どうせ目を覚ました頃には自分が何をされたかなんて覚えてないんだから」
「だからってなぁ……。自分の親を気絶させる娘がどこにいるんだよ」
「形だけの親だし」
素っ気なく吐き捨ててスプーンを手にすると、黙々とオムハヤシを食べ始めた。
「乱暴な神さまだな……」
と言いつつ、圭太も気絶した淳一郎さんを介抱してやるでもなくオムハヤシを頂く。
(神さまって言っても精神年齢は低そうな感じだな……。スプーンの握り方も小さい子みたいだし)
一見するとスプーンを使って上品に食べているようにも見えるが、その手元を見ると、彼女は手をグーにしてスプーンを握っていた。
そんな圭太の視線が気になったのだろう。
「なに?」
と、ヒサゴはジトッとした目で睨みつける。
「いえ……美味しそうに食べるなぁ……と」
そう言って圭太は適当にごまかした。もっとも、よっぽどオムハヤシが好きなのか、この上なく美味しそうに食べているのは事実だが……。
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