独特なヒサゴの部屋にて

 圭太は二階奥にあるヒサゴの部屋へ通された。

 さすがは神さまの部屋。質素な造りながら厳かであり、肌で感じられるほど神聖な空気に包まれている……と言いたいところだが、実際は全くそんな事はなく、圭太が思わず唖然とするような部屋であった。


 入っていきなり目に飛び込んで来たのは、部屋のそこかしこにある赤ら顔の河童のキャラクターグッズ。ヒサゴのヘアピンについている物と同じキャラクターで、ぬいぐるみだけでも大小二十はあるし、クッションやらベッドの布団カバーに抱き枕、壁に貼られたポスターや目覚まし時計、果ては部屋の隅っこに等身大パネルなんて物まで置かれている。まさに河童づくし。


「ま、前から気になってたんだけど……このキャラ、何?」


 するとヒサゴはさも意外という顔をした。


「はぁぁぁ⁉ 何って、『泥酔河童のガタロー』じゃない! 知らないのぉ⁉」

「え? いや、初めて聞いた……」


 圭太とて、少なくとも流行りのキャラクターに疎いわけじゃない。むしろ、アニメや漫画、ゲームなどが好きな方で、そういった似たような趣味の仲間もたくさんいるから、それらの情報網から得た知識で人気のあるキャラクターであれば詳しくないにせよ名前くらいは知っている。


「てか、おまえと会ったオレのダチも知らないって言ってたんだけど……。かなりマイナーなキャラなんじゃ……」

「え? うそ……」


 マイナーと言われてヒサゴは心外だと言わんばかりにぬいぐるみの一体を抱き上げ、愛おしげに見つめる。


「こ、こんなに可愛いのに……。人間たちの流行の基準って、なんか間違ってない?」

「い、いやぁ、オレに言われてもなぁ……」


 そもそもヒサゴが大いに気に入っている『泥酔河童のガタロー』だって人間が生み出したキャラクターの筈なのだが、可愛いかと訊かれると、お義理にも可愛いとは思えないし、それだから流行っていないのだろうと思う。

 圭太に言わせれば「神さまのおまえの方がズレてんだろ?」という思いだ。無論、そんな事を言って、またぞろ怒らせても面倒なので胸の中にしまっておいたが……。

 ともかくも、圭太がここへ来たのは何もヒサゴの趣味に関して論じるためではない。


「んで? 説明してくれるんだよなぁ? 正直、オレとしちゃあ分からない事だらけなんだが」

「そうね……。どこから話したもんかなぁ……」


 ヒサゴは思案しながら圭太に向かってポイッとクッションを投げる。これも『泥酔河童のガタロー』の顔がデカデカとプリントされた物だが、どうやらそれに座れという事らしい。

 ヒサゴはベッドに腰掛けると「寧ろ何が知りたいの?」と問いかける。


(自分で考えるのが面倒だから丸投げかよ……)


 説明しなきゃいけないからと自分の方から無理矢理連れて来たくせに無責任なものだ。


「とりあえず、オレに祠を壊されたから、その仕返しのために人間になりすましてたという事までは分かった」

「仕返しって……随分とあたしが安っぽいヤツみたいな言い方するわね」


 ヒサゴは口を尖らせる。

 でも、事実なのだから仕方ない。


「話からすると、それが本来の姿じゃないんだろ? 誰かに用意してもらったような言い方だったし」

「そうね。じゃあ、あたしがあんたに神罰を与えると決めたところから話す事にするかぁ」


 話が長くなりそうだからか、ヒサゴは机の引き出しから片手で握り締められるほどの細長い箱を取り出し、中から黄色がかった棒状のものを抜き出した。そしてそれを口へと運ぶ。

 箱には『ふなひろの芋ようかん』と書かれてある。これから夕飯だと言うのに芋ようかんをモシャモシャと食べ始めたのだった。


「まず、神が人間に直接罰を与えるには人間の肉体が必要なの。本来、神っていうのは実体のない存在だからね。でも、あたしには人間の体を作り出すすべを持ってなかったから、高天原にいる様々な神に事情を説明して協力を求めたわけ。高天原って……さすがのあんたでも分かるわよね?」

「確か神々の住む世界だろ?」


 詳しい事は知らないが、日本神話を記した『古事記』にその名が出て来た事だけは圭太も記憶していた。

 ちなみに同じ日本神話を記した『日本書紀』には、この名が殆ど登場しないが、これは余談。


「そう。でも、なかなか協力してくれる神が見つからなくて、一度、地上に戻ったところで話を聞いたこの地の土地神が力を貸してくれる事になったわけ」

「じゃあ、その体は土地神に作ってもらったって事か。でも、作り物には見えないなぁ。質感とか匂いとか――」


 そこまで言って圭太は慌てて口を噤んだ。

 ヒサゴの顔がゆでだこのように真っ赤に染まってゆく。


「あ、あんた……やっぱりさっき……」

「わ、わ! ち、違う! そうじゃなくて、自転車に乗ってた時に密着してたからさぁ!」


 もちろん、風を切って走る自転車の後ろにヒサゴを乗せていたのだがら匂いが圭太に届く筈もなく、これは嘘。だが、これはこれで妙にいやらしさがあった。


「まあ、いいわ。話が先に進まないし。あんたの言う作り物には見えないっていうのは当然よ。神によって造られた体は人間の体そのものだもの。血も通ってるしお腹も減る。怪我をすれば痛いと感じるし繁殖だってできる。あんたたち人間の尺度で考えないでもらいたいわね」


 ヒサゴは「ふんっ」と鼻息を漏らして圧倒的なドヤ顔をする。自分で造り出したわけじゃないくせにだ。


「とはいえ、人間の体を持った以上は、この体が滅びるまで人間として生活しなきゃならないのが欠点ね。つまり、あんたたち人間でいう寿命ってやつ?」

「自由に体から出たり入ったり出来ないって事か?」

「そういうこと。それに土地神のヤツが、この体は欠陥があるって言ってたし。さっきみたいにあたしが水神としての力を行使するとツノが生えてきちゃうっていうね」


 言い換えれば力を行使しなければ、またツノは消えるようで、それは飽くまで発動中にという事なのだろう。

 それにしても、あの茶色っぽい枝分かれしたツノは何だったのだろう? 圭太はどこかで見た事があるような気がしていたが、どうにも思い出せずにいた。


「なんか木の枝みたいなツノだったけど、神さまってツノが生えてるもんなのか?」

「んなわけないでしょ」


 小馬鹿にしたような目で真っ向否定。

 やはり神さまだからなのか、それともヒサゴの性格上の問題なのか「自分の知っている事が常識で、それを知らない者は非常識」といった具合に自分の尺度で簡単に人を見下すような事が多い。


「あのツノは竜のツノ。水神と竜が同一視される事が多いでしょ?」

「ああ、そう言われてみれば、そんな話も聞いた事ある気がする」


 地域によって様々だが、竜神と水神を同一のものとしている事もあるし、竜が水神の象徴、或いは水神の使いとされる事もある。

 竜の棲む淵で雨乞いなどという民話も社会科の課外授業か何かで聞いた事があった。

 けれど、圭太はそのヒサゴの話にどこか違和感を覚えた。

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