昔、拾った物

 圭太の自宅である三峯家の屋敷は二階建ての日本家屋だが、とにかく大きい。最も広い和室でも二十畳はあるし、部屋も一階だけで十はある。

 さらには二百坪もある広い庭に古い蔵があり、目的の物がその蔵の中にしまわれていたとしたら見つけ出すのに丸一日かけても足りないかもしれない。


「自分の部屋にあってくれりゃあ助かるんだけどなぁ」


 二階の自室は八畳ほどの広さで、机やベッド、洋服箪笥に本棚などが置いてあるが、それらは普段からよく使っているため、神聖な力を持つ物などといった胡散臭い物がしまってあるのなら直ぐに思い当たっても不思議はない。

 だが、圭太にはそんな怪しげな物を持っているなど、まるで記憶になかった。


「って事は、押し入れか?」


 今はあまり使わなくなったが、ベッドを買うまではここから布団を出し入れしていたものだ。その下段は普段、使わないような様々な物を収納しており物置と化している。

 自分の所持品であるとすれば、そこかもしれない。


 押し入れの襖を開けると、埃とカビの匂いが辺りに漂った。古いラジカセやら、いつになったら捨てるのかと訊きたくなるようなブラウン管のテレビなど処分に困って、とりあえずしまって置いた物が多い。

 また、圭太が昔使っていた野球のバットやら壊れた虫取り網などといった物も押し込められている。

 その中に、いくつか薄汚れた段ボール箱もあった。黒いマジックで「けいた おもちゃ」などと書かれてある。


「そういや、こんなのもあったっけ」


 最後に開けたのはいつだったろう? そんな懐かしさを覚える。同時にまるでタイムカプセルを開くようで何だかワクワクした。

 丁寧に目張りされたガムテープを剥がすと蓋の隙間からゴムやら錆びた鉄の混じった妙な匂いが鼻腔を刺激する。けれど嫌な匂いではなく、どこか懐かしい匂いだ。


「うっわぁ! 懐かしいなぁ……」


 特撮ヒーローの塩ビ人形や塗料が剥げてところどころ茶色くミニカー。プラスチック製の刀やら今となっては化石のようなゲーム機のコントローラー。ありとあらゆる自分の足跡がこの段ボール箱の中に詰まっている。あたかもその中だけ時間が止まったままのようであった。


「へぇ……。こんなのまだ取っておいたんだな」


 こうなると懐かしさのあまり、オモチャをひとつひとつ取り出しては幼い頃の記憶に思いを馳せてしまい本来の目的をつい忘れてしまう。が、その中にひとつだけ……オモチャとは思えない妙な物が紛れ込んでいた。


「何だ? こりゃ」


 初めはロープか何かかとも思った。だが、引っ張り出してみると、それは藁を束ねた輪っか状のシロモノ。その中程には白い長方形が連なる紙垂しでがぶら下がっている。


「しめ……縄……?」


 何でこんな物が……と首を捻る。そして思い出した。


「あ……あんときのか!」


 もう十年も前の事だ。

 近所の仲間と野球をしていた時に森の中へ飛んで行ったボールを探していて、何かの祠を壊してしまった事があった。


「祠の下に転がってたボールが取りづらくて、掴んだ拍子に頭ぶつけて倒しちゃったんだっけか」


 高校生になった今であれば、それが神様なり何なりを祀っているものだという事くらいは想像がつく。

 が、あの頃は自分の壊したものが何かを祀った祠だという事すら知らなかった。だから何かも分からない物を壊したところで、少しくらい「いけない」とは感じたものの、罪の意識は実に薄く、直ぐに興味の対象がこの注連縄に移ってしまい「面白い飾りを見つけた」と持ってきてしまったのだ。

 今思えばマズイことをしたものだと思う。


「あのときは大人に見つからなかったから問い質される事もなかったけどな……。あれって何の祠だったんだろ?」


 あれからあの森には足を踏み入れていない。正確には夏休みにカブトムシやクワガタを探しに入った事はあったが、あの一件の事はあの場限りの事ですっかり忘れていたため、その後、祠の残骸がどうなったかなど確かめた事もなかったのだ。


「伯乃姉の言ってた神聖な力を持つ物って、これの事か? 確か……注連縄って神様の領域を護る結界の役目を果たしてるとか何とか聞いた事あるけど……」


 伯乃姉曰く、それは過去に手に入れた物だとの事だった。

 となれば、この注連縄こそいかにもなシロモノである。


「とはいえ、まさかこれを首に掛けてろってんじゃないだろうなぁ……」


 今でもあの頃と変わらず、注連縄は丁度首から下げられるようなサイズで輪っか状を保っている。

 圭太はそんな注連縄を自分の首から下げて学校生活を送っている姿を想像してみた。

 思い描いた自分はどこへ行っても好奇の目にさらされ、陰で指を差されてクスクスと笑われていた。


「いやいやいや! んなアホな格好できるか!」


 情けない自分のイメージを振り払うかのようにブンブンと首を振った。

 そんな事にでもなれば始まったばかりの高校生活はお先真っ暗だ。


「も、持ち歩いてれば、それでオッケーだよな! うん!」


 そう自分に言い聞かせ、注連縄をそっと鞄の中にしまう。とりあえずはこれで良い……筈だ。

 そんな最中さなかである。


――デデデ~ン! デッデッデッデ~ン! 


 机の上に置いてあったスマホから突然、某有名時代劇の主題曲が流れ出したものだから、圭太は思わずビクッとしてしまった。


「この曲の出だし……いきなりだと心臓に悪いな。選曲考え直した方が良いか……」


 そうぼやきつつスマホを手に取る。

 画面には「伯乃姉」と表示されていた。


「あ、伯乃姉? どうしたの?」

『うむ。そろそろ見つけ出せた頃かと思ってな』


 電話の向こうで伯乃姉はさも自信ありげに答える。

 このタイミングでかけて来る辺り、どこかで見張っているのではないかと圭太はうそ寒いものを感じずにはいられなかった。


「あ~、多分、これかなぁって物は……。注連縄なんだけどさ……」

『ふむ……注連縄か。まあ、十中八九それだろうな。明日からは必ずそれを持って出歩く事だ。どのような形でキミに災厄が降りかかるのであれ、そのアイテムがキミの身を守る鍵となる……と私の占いには出ている』

「はあ……」


 圭太は何とも言えないような顔で気のない返事をする。正直なところ伯乃姉の言うことには未だ半信半疑であった。

 そんな圭太の反応に対し、伯乃姉は「信じていないな?」と殆ど断言といっても良い鋭い口調で返してきた。

 完全に見透かされている以上、伯乃姉を相手に下手に誤魔化すのは無駄であろう。


「い、いや……まあ……確かに頭っから信じろって言われてもさ……」


 圭太は正直に答えるしかなかった。


『気持ちはわかる。もしかしたら当たらない事もあるかもしれない。昔から当たるも八卦当たらぬも八卦というのが占いというものだからな。だが、用心に越した事はない。保険とでも思っておくのだな』

「保険ねぇ……」


 そうは言っても、いつ何が起こるのか分からない以上、不安は拭いきれない。


「そう言えばさ……」


 圭太は思い切って今日、自分の身に起こった事を伯乃姉に打ち明けてみた。出来る事なら今日の二回だけで災厄は通り過ぎたと伯乃姉に言ってもらいたいという一縷の願望も含まれている。


『ふむ……。蛇口が二度も……な……』


 伯乃姉は何か物思いに耽るかのように、それっきり黙ってしまった。


「偶然にしては出来過ぎてると思うんだ。なんかこう……科学では説明できない力とか……馬鹿げてると思うかもしれないけどさ」


 自分でもおかしな事を言ってると圭太は思っていた。けれど、嫌でもそういう方向に考えが及んでしまう。信じられないが信じてしまわざるを得ない程に今日の出来事は圭太に恐怖を与えていたのだ。

 しかし、伯乃姉は決して圭太の推測を否定する事はなかった。


『非科学的な事をあまり信用しないキミがそんなふうに言うのは珍しいな。しかし、別におかしな考え方だと私は思わないよ。この世には人の領分では説明不可能な事柄がまだまだあるものだ。私の占いとてそうさ。的中率は高いが、私自身、どうして当たるのかなどという事は説明できない。理由も分からずに何故か当たるのだからな』

「つまり何が起こっても不思議じゃないってこと?」

『不思議ではあるが……そうだな。可能性がゼロではない以上、不思議ではないとも言える。禅問答のような話だがな』


 伯乃姉は電話の向こうで「フフッ」と隙間風のような笑い声を漏らす。


 何だか哲学的な話になってきて圭太は頭が痛くなってきた。まあ、圭太の望んだ回答が得られなかったという事は、要するにまだまだ用心は必要という事なのだろう。


『今日、キミの身に起こった事が私の占い結果と関係のあるものなのかどうかはさておき、いずれにせよ時間の許す限り、私もそれらの件に関しては調べておこう。個人的に気になる事もあるしな』

「そうして貰えると助かるよ」


 圭太の最後に言った言葉を聞いていたかどうか分からないが、それだけ言うと伯乃姉は挨拶も無しにプツリと電話を切ってしまった。


 スマホをもとの机に置くと圭太は疲れ果てたようにため息をひとつつく。

 どこか伯乃姉は忙しそうな話し方でもあったし、ひょっとして邪魔をしてしまったかと圭太は少し申し訳ない気持ちになった。

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